36話「明け方のお風呂は」
36話「明け方のお風呂は」
「お疲れ様でしたっ!」
「響さん、明日もよろしくお願いします!」
「ゆっくり休んでくださいね」
初日の舞台が終わった後、SNS用の写真を撮ったり、控え室で簡単な打ち上げをした後、響は誰よりも早くその場を後にした。
舞台が終わった後はずっとソワソワしてしまった。それに気づいたのは、和歌と春だった。
「あ、もしかして恋人さん来てくれてました?」
「関係者席にはいませんでしたが……なるほど、ちゃんと来てくれたのですね」
「えっと……それはその……」
「早く帰りたいって顔に書いてますよー。いいなー、響さんの恋人は。こんな可愛くて優しい彼女がいるなんて」
「春さん!?」
「私も今日はあなたを食事に誘おうかと思ってたのすが………残念です」
「和歌さんまで………」
響をからかった2人はクスクスと笑っているが、響は自分が必死になっているのがバレてしまい、顔が赤くなってしまった。
先ほど、ステージから千絃を見た瞬間から早く彼の元へ行きたくて仕方がなかったのだ。
きっと、もう自宅に帰ってしまっただろう。ならば、すぐに追いかけたい。そんな事ばかり思ってしまう。
大切な舞台の初日が終わったばかりなのに、浮わついてしまっていいのだろうかとも思ったけれど、自分の気持ちには嘘はつけない。
「明日もありますので、そろそろお開きにしましょうか?」
「そうですねー。僕もヘトヘトなんで眠いです」
原作者の和歌と主演の春がそう言うと、盛り上がっていたキャストやスタッフが「そうですね」「明日も頑張ろうー」と片付けや帰りの準備をし始めた。
「響さんもお疲れ様でした。おうちから遠いですよね。お先にどうぞ」
「そうだよー!響さん、お疲れ様ー!」
「「お疲れ様です!!」」
2人や他の人達から挨拶をされ、響は戸惑いながらも「お疲れ様です!………ありがとうございます」と、挨拶をし和歌と春に小さくお辞儀をして会場から出たのだった。
タクシーを呼んでから彼の家まで行こう。その前に連絡を入れておいた方がいいだろうか。そんな事を考えて外に出る。すると、出入り口に人影が見えた。
「千絃………」
そこに居たのは、こうやって会いたかった彼だった。響が来たのに気づくと、少し気まずそうにしながらも、「久しぶりだな」と、言いこちらに近づいてきた。
「今まで待っててくれたの?」
「あぁ……少し先に出待ちの集団がいる。こっちに車停めてあるから行くぞ」
「………一緒に居てもいいの?」
「………当たり前だろ。そのためにここに来た」
「………うん」
千絃は泣きそうになっている響を見て、苦笑しながら手を取って歩きだした。
久しぶりの温かい感触。そして、彼の声と背中。響はこれが夢なのではないか。そんな風にさえ思ってしまった。
「お疲れ」
「あ、ありがとう………」
いつものように千絃は響にジャスミンティーのペットボトルを手渡した。
それを見た瞬間に、我慢の限界が来てしまった。響は受け取りながら、瞳から涙がこぼれ落ちたのだ。
「………ご、ごめんなさい。緊張の糸が切れちゃったのかな………」
「響…………」
千絃は響の肩を掴み、引き寄せるととても力強く響を抱き寄せた。
「悪かった………俺が意固地になりすぎた。今日の舞台、最高によかったよ。すごくかっこよくて綺麗だった」
「………私、頑張ったよ……緊張したし、不安だったけど………そんなの頑張れた。けど………寂しいのは我慢出来なかった。千絃と会いたかったんだから………」
「俺もだ………。響、泣くなよ。俺は昔からお前の涙に弱いんだ。どうしていいのかわからなくなる」
そういうと、響は親指で響の目元に溢れる涙を拭った。響と千絃の視線が合う。それがキスの合図だと感じ、響は久しぶりの感覚に恥ずかしさとくすぐったさを感じる。
けれど、1度彼とキスをしてしまったら止まらなくなってしまうのだ。
響は短いキスを数回した後に、自ら彼の方へと近づき、唇を近づけた。もっとキスして欲しい。千絃の唇の感触を確かめたい。今抱きしめて、キスをしているのは千絃なのだと深くに感じたかった。
響の欲求が伝わったのか、千絃のキスは深いものにかわり、響の口の中に彼の舌がぬるりと入り込んでくる。ゾクッと背中が震えるけれど、それは喜びからなと響はわかっていた。
2人の水音が静かな車内に響く。
もっと……もっと欲しい………。そう思って響が千絃の体にしがみついた。
が、その瞬間近くに車が近づいてきたのか、ライトがこちらを照らしたのに気づき、響は咄嗟に唇を離した。
「ご、ごめんなさい………こんな所で……私………」
羞恥心で響は顔を赤くしたまま助手席に座り直し、俯いたまま謝罪する。
すると、千絃が優しく微笑んだように感じ、ゆっくりと彼を見ると、千絃は響の頭を優しく撫でた。
「俺のうち来るだろ?夕飯買ってある」
「…………うん。行く」
「じゃあ、決まりな」
そう言うと、千絃はシートベルトをつけて車を発進させた。
響は彼がくれたジャスミンティーのペットボトルを手に持って、熱くなった体が早く冷めるのを祈ったけれど、久しぶりのキスの余韻は落ち着くはずもなかった。
あれだけでは足りない、そう体が求めてしまっているのを感じ、響の肌はまた赤くなるのだった。
「ちょっ………ちょっと待って………!」
「待てないだろ?お前だって同じなはずだ」
「それはそうだけど………汗かいてるからシャワー浴びたい」
「俺は気にしない。おまえの匂いだ」
「………でも……」
「もう黙って。車の中で可愛く求めてきたのは誰だよ。………さっきみたいに、キス、求めろよ……」
千絃の部屋に到着すると、千絃はすぐに響を寝室のベットに押し倒した。
彼の瞳は鋭く光っており、千絃が自分を求めているのがひしひしと伝わってくる。抵抗したものの、響はすぐに彼の言葉に従うことになる。自分も我慢していたのだから。
千絃は数回キスを落とした後に、すぐに首筋を舐め、かぶりつくように唇をつける。同時に響の洋服を脱がせてくる。
そこまで来て、千絃は動きを止めた。
「千絃?」
「………おまえ、ボディソープ使ってないのか?あの薔薇の。違う香りがする」
「……使ってない」
「……そうか………」
響がそう言うと、少しだけ彼の顔が曇ったのがわかった。響はすぐに「ち、違うの!ちゃんと理由はあるよ」と、言葉を付け足した。
「だって………あのボディーソープ使ったら、千絃の事を思い出しちゃう。始めは使ってたけど、あなたの事を思い出して、悲しくなってしまうから……だからやめたの………。でも、今日から使える、よね?」
「…………今日じゃなくて、明日の朝になるだろうな」
「………ん………」
千絃は響の柔らかな肌に唇を這わせ、微笑みながらどんどん下へと下がっていく。
その後は余計な会話などなく、お互いに久しぶりの感触を堪能した。千絃が言ったように、響がお風呂に入れたのは明け方で、「今日も舞台があるのに……」と、少し文句を言いながらも、2人でローズの香りがする風呂場に居られる事がとても嬉しかったのだった。
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