第7話 幻でもいいから
連休。
私は冴に頼まれて別府大学のサークルのキャンプに参加していた。
あまり行きたくなかったのだけど、冴がどうしてもってせがむから。
集合場所に向かうと、案の定あの男がいた。
江口劉生。
私に付きまとう男。
私には彼氏がいると言っても、なお近づこうとする奴。
正直顔も見たくないのだけど仕方ない。
「おはよう瞳子ちゃん」
私をみつけるなり、早速声をかけてきた。
「おはよう」
「2日間盛り上がろうね」
「そうだね」
適度な距離を保ちながら彼に応対する。
「それじゃ皆揃ったな。そろそろ出発しようか」
部長の大原先輩が言うとそれぞれの車に乗って出発する。
行先は九重のリゾートパーク。
遊園地もある広大なレジャー施設。
大体はカップルで来ていたので私は佐々木さんと行動していた。
当たり前のように江口君も一緒だったけど、佐々木さんと話をしていた。
佐々木さんは彼氏を作らないタイプのようだ。
別にいらないってわけじゃなくてめぼしい男がいないからだという。
大学生のノリだ。
大体が体目当てで近づいて来る男が多い。
そんなノリについていけないのだろう。
「でもさ、中山さんは寂しい夜とかないの?」
話題はやはり私になったようだ。
「毎晩、ビデオ通話してるから」
今夜は無理だけど。
「それで我慢できるのがすごいよ」
直接触れて温もりを確かめ合うのが恋人ってやつじゃないの?
佐々木さんはそう主張する。
まあ、言わんとすることはわかるし、間違ってもいないと思う。
実際私だって寂しい夜を何度も過ごしてきた。
「私はまだ18歳だから」
「へ?」
高校生とそんなに大差ない。
高校生だとそんなに頻繁に求めてくる彼氏というのはいないでしょ?
そんな奴と付き合いたいと思わない。
「それに、その分会える時に甘えるって決めてるから」
きっと冬吾君なら受け止めてくれると信じてる。
「なるほどね、でもそんな固い考えで苦しくない?」
まだたった人生18年しか生きていないんだ。
私くらいの年で人生のパートナーを選ぶのは早すぎるんじゃないか?
せめて大学生の間くらい楽しむことに切り替えてはどうだ?
そんなに強い絆ならちょっと他の男と遊ぶくらいで切れるものでもないでしょ。
それは違うと思う。
会えないんだから相手を不安にするような真似はしたくない。
冬吾君も友達付き合いも大事だという。
実際今日の話をしたら「楽しんでおいで」と言ってくれた。
でも冬吾君も異性の友達を作ったという話は聞かない。
男女の友情なんてものは存在しない。
あるのは下心か恋心。
私はそう思ってる。
「真面目なんだね」
佐々木さんはそう言った。
「でも、そんなに信じて大丈夫なの?実際片桐選手が何やってるか分からないでしょ」
会ってないから分からないんじゃないのか?と江口君は言う。
それは違うと否定した。
会ってないから分からない。
だから信じるしかない。
愛すると言う事は信じるという事。
何があっても相手を信じ抜くという事。
それが出来ない人は冷めていくだけ。
私も冬吾君に限ってそれは無いと信じてる。
いつも冬吾君は私の気持ちを覗いて優しく接してくれるから。
愛するという事は覚悟を決める事。
それで裏切られたのなら仕方ない。
自分に何か落ち度があったのかもしれない。
冬吾君を失望させる何かがあったのだろう。
そんな話をしながら、遊園地を回って決められた時間に入場ゲートに集まる。
それからキャンプ場に移動。
女性陣は米を研いで野菜を切る。
男性陣はテントを設置してBBQの準備をする。
夕方頃にはあらかたの準備が終っていた。
皆ドリンクの缶を手にして部長の挨拶を聞いて乾杯する。
肉を焼き始めると、ドリンクを片手に皆騒ぎだす。
私以外は皆同じ別府大学の人。
それでも彼氏のいない佐々木さんが話し相手になってくれた。
他愛もない話題。
「そんなところで固まってないで皆にまざろうよ」
そう言ってくるのは江口君。
あまりこのサークルに参加する気はなかったんだけど、冴もいるし仕方ない。
ドリンクのせいもあるのか陽気になる。
皆で騒いでテンションが上がっていた。
だから自然と江口君の事もそんなに気にならなくなっていた。
「ここの湖を一周するってどうだ?」
部長が言うと皆賛成した。
私は冴と周ろうかなと思ったけど比嘉君と回るらしい。
仕方ないから佐々木さんと回ることにした。
「はいは~い、俺も一緒でいいかな?」
江口君が加わった。
あまり気にも留めなかった。
3人で湖を一周する。
夜の林の中に作られた道を歩くだけ。
別に誰かがドッキリを仕掛けているわけでもない。
だが静まり返った月の明かりと懐中電灯の明かりだけを頼りに進むのは少し不気味だった。
時々目を光らせた猫が飛び出して来ては「きゃっ」と声を上げて江口君に抱きつく佐々木さん。
佐々木さんは江口君に気があるのだろうか?
そんな考えを持っていた私の発想もまだ幼稚なのだろうか?
「中山さんはこういうの平気なの?」
江口君が聞いてきた。
「あまり好きじゃないかな」
相手が冬吾君なら抱き着いていたかもしれない。
だけど、私にとって不気味な夜道以上に気を付けなければならないのは江口君だ。
「どうして片桐選手にそこまでこだわるの?やっぱり玉の輿狙ってる?」
きっと佐々木さんに悪気はないのだろう。
ドリンクのせいで気が緩んでいたのだろう。
そんなに気に留めなかった。
「幼稚園の時から付き合っていたから」
冬吾君から告白してくれたから。
何年も培ってきた絆は強い。
「そんな事無いと思うよ」
佐々木さんが言った。
どういうこと?
「……赤西さんの事聞いてないの?」
冴がどうかしたのだろうか?
「昨夜建人の家に泊まっていたらしいんだけど」
行動に問題はあるけど、本人は遊びだと言ってた。
「それが本気になったみたい」
「え?」
そんな話一言も……。
「その話俺も聞いた。それまでただ泊まっていただけの関係だったのに、昨夜ついに関係を持ったらしいって」
「え?」
冴は私が言うのもなんだけど、そういうのに対しては淡白だと思っていた。
それなのにどういう事?
「まあ、そんなわけでやっぱり遠距離って厳しいんじゃない?」
どうして男子って反省という言葉を知らないんだろう。
だけど折角の雰囲気を台無しにするつもりはない。
黙って話を聞いていた。
テントに戻ると、私は冴に真偽を問いただしていた。
「ああ、その話なら本当だよ」
「誠司君の事はどうするつもりなの?」
「それなんだよね」
どうやって誤魔化すかじゃない。
どうやって別れを切り出すかだ。
彼のプレイが乱れるような真似はしたくない。
傷つかないように別れる方法を考えてるらしい。
「そんなの無理だって分かってるでしょ」
「そこをなんとかならないかなって、例えば冬吾君から伝えてもらうとか」
「冴と誠司君の事なんだから自分で言わないと!」
余計に後味悪い事になることくらい分かるでしょ!
冴だってもう18なんだよ。
「そんなの考える必要ないじゃん」
江口君が言った。
「どういうこと?」
冴が江口君に聞いた。
「ほっとけばいいじゃん、そのうち冷めるって」
「それもそうだね……」
この2人の言う事が理解できない。
理解したくもなかった。
ついていけない。
私は寝る事にした。
「私もう寝る……」
「んじゃ、俺も寝ようかな」
そう言って江口君は私についてくる。
「何でついてくるの?」
「だって一緒のテントだから」
え?
「何で男女一緒なの?」
「一人あぶれちゃうから仕方ないじゃん」
「大丈夫、私も一緒だから」
佐々木さんが言った。
「……私車で寝るからいい」
「それだと疲れ取れないよ?」
「大丈夫」
そう言って私は車に乗るとロックをかける。
こんな事なら来るんじゃなかった。
佐々木さんにとってもその方が都合が良かったんじゃないだろうか?
誠司君が可哀そうだ。
冬吾君の話からしてかなり心配している様だ。
それとも私の考えが間違っているのだろうか?
遠距離恋愛なんて続くはずがない。
続くのは会う事が許される大人だけ。
大人だって仕事があるからそんなに会えるわけじゃない。
国内ならいざ知らず海外だ。
きっと会えた時に幸せが待っている。
そんな幻を夢見て寒い夜を過ごしていく。
それはいつまで続くのだろう?
冬吾君は4年だけ待って欲しいと言った。
その言葉を信じて生きていくしかない。
冴はそれが出来なかった。
私にはできるの?
隣に幻でもいいから冬吾君にいて欲しい。
幻でもいいから抱きしめたかった。
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