第39話 その後

「まったく、この短い期間に二度も入院することになるなんて、君は一体どういう学園生活を送っているんだい? もう少し自分の身体を大事にしなさい」


 お医者様の有り難いお小言を病室で頂いた俺の身体は包帯でグルグル巻きにされていた。あの後、魔導具の爆縮に巻き込まれた俺はとんでもない勢いで校舎に叩きつけられた。その時点で俺の意識は途絶えており、後になって聞いた話しだがたまたま近くにいたフスコが落下する俺をゴーレムで受け止めて病院まで運んでくれたらしい。

これらの事実からフスコは俺の命の恩人ということになる。のだが、ここで話しが終わっていれば俺がフスコに感謝し、友情が生まれる場面だというのに彼は「助けたのはただの気まぐれだ。次は助けない」などという憎まれ口を叩いたらしい。その場にいたアイシャ達にボコボコにされたらしいが、フスコらしいと言えばフスコらしい。少し俺の中で彼の評価が高まった一件だった。


 なんていうモノローグ風な回想を行っている俺だが、これは現実逃避であり、目の前で発生している修羅場をどうやっても乗り越えられないという諦めからきているのだ。


 修羅場とはとどのつまり、


「うぅ……どうしてあんな危ない真似をしたんですか! 一歩間違えれば死んでたかもしれないんですよ!」


 目の前で大粒の涙を流しながらぽかぽかと俺の身体を叩いているリッカをどう慰めるかである。他にも事情を聞いた面々が病室に集まって俺に詰め寄り、病室はシッチャカメッチャカになっていた。


「ま、まあ幸いそこまで大怪我はしなかったわけだし結果オーライだよ」


 見た目に反して俺の怪我そこまで大事ないのだ。相当な衝撃でぶつかっただろうに骨が折れたわけでもなく、全身打撲と擦り傷切り傷程度で済んでいた。これくらいの傷であれば回復魔法でチョチョイのチョイだ。


 現場の状況を聞いた医者曰く奇跡らしいが、意識がなかったのでどういう状況だったのかわからないからイマイチ実感がなかった。


「そういう問題じゃありません! あの時もそうです! どうして貴方は自分を犠牲にするんですか! うぅ……無事でよかったお……」


 言葉使いを取り繕う余裕すらないのか男口調という仮面を外したリッカは情緒不安定気味にそう言う。切れ長の瞳からボロボロと溢れる涙で包帯で濡れる。


「わ、悪かったって。フレッド、なんとかしてくれ……」


「そりゃ無理なお願いだ。今回ばかりは俺も言わせてもらうぞ。お前は無茶し過ぎだ。少しは自分を大事にするってことを覚えろ。お前がくたばったらアイリちゃんどうするつもりなんだ」


 ぐうの音もでない正論になにも言い返せなかった。こんな時いつも助けてくれたフレッドですらこれだ。一縷の望みに賭けて他の面々に目を向けるも返ってくる言葉は辛辣だった。


「無事だったからよかったものの、今回は度が過ぎるわよ。少し反省しなさい」


「エルが無茶ばかりするのは知ってるけど、少しは心配するこっちの身にもなってほしいよ。心臓がいくつあっても足りないよ!」


「人がせっかく忠告してあげたのに無視する人なんて知らないよー」


 俺の味方はどこにもいなかった。だけどまあ、しょうがないか。流石に今回の件はフレッドの言う通り無茶し過ぎた感を否めない。甘んじてこの状況を受け入れよう。


 その後も生徒会の面々や、なにを思ったかグレイやロベッタ姉さんまでもがお見舞いに来てくれた。


 そうして慌ただしい一日を過ごし、後はもう寝るだけだと思った時に病室にノックが響いた。時刻はすでに二十三時を回っており、面会の時間はとうに過ぎているはずだ。不審に思ったが、とりあえず返事をすると、扉を開けて現れたのは俺と同様に包帯でグルグル巻きになったギークさんだった。


「ギークさん! もう大丈夫なんですか?」


「ギークさんだなんて、水臭いな。お前にはさん付けされたくない」


「そうは言っても上級生でしょう。さんくらい付けますよ」


「いいっての。それより、お前の方こそ身体は大丈夫なのか? ずいぶん派手にやったらしいが」


「見た目ほど怪我してないですよ。たぶん、2、3日もしたら全快すると思います」


「そうか。それはよかった」


 ギークさんはそう言って側にあった丸椅子を引きずってそこに腰を下ろした。


「今回のこと、お前だけにはちゃんと話しておこうと思ってな」


「……長くなりそうですね。なにか飲みますか? 見舞いの品が山程ありますよ」


「ああ、お茶を貰えるか」


 ギークさんに見舞い品のお茶を渡し、俺も隣にあったりんごジュースの封を開けた。


 二人して無言で缶を傾けていると、ややあってギークさんがこんこんと話し始めた。


「まず今回の件の黒幕は誓って俺達ロストリグレットじゃあない。俺達は脅されてたんだ」


「脅されてたって、誰に?」


「わからないんだ。ただ、姿は見えないのに確実に誰かはいた。クランメンバーを拐ったり、クランベースに罠が仕掛けられていて、メンバーを怪我させたり、とにかく陰湿な脅迫をされていたんだ」


 一瞬、モテ男ことジョージの顔が脳裏をよぎったが、彼がそんなことをする理由はないと思い直し、黙って続きを聞くことにした。


「そして、俺は一昨日に人質を取られた。返してほしくば所定の期日に生徒会に喧嘩を売れという指示書がクランベースに届いたんだ」


「所定の期日っていうのが昨日の爆弾騒動か……」


「そうだ。指示書にはどこそこの校舎の屋上で何時に爆発が発生する。生徒会がその場に現れるはずだから喧嘩を売って足止めをしろという指示が書いてあった」


「昨日、各地で爆発が発生して、同時に暴動がありましたけど、暴動を行った学生達ってロストリグレットのメンバーなんですよね?」


 俺の質問に、ギークさんは苦虫を噛み潰したような顔をした。


「そうとも言えるし、違うとも言える」


「どういうことですか?」


「脅迫の直前くらいに大量にメンバーが加入してきたんだ。元々いたメンバー達は友達が増えるって喜んでたし、俺もそう思ってハンコを押したんだ。だけど、今になって思うとあれがきっかけだったように思う。俺達は目立たない連中の集まりだったから、学園の規則もしっかり守っていたし、穏やかにやってたんだが、後から加入してきた連中がならず者ばかりだったんだ。陳情が上がってきて、俺も何度か指導したんだが……」


「そもそもの目的が違ったわけですね」


「全部、あの日のために計画されていたことだったんだ……。俺が希望者の経歴をもっとよく確認していれば……」


「自分を責めないでください。悪いのは脅迫した奴であって、ギークさんじゃないですよ」


「いや、俺が悪い。ロストリグレットはこれで終わりだ……せっかくできた友達の輪だったのに……俺がバカなことしちまったから……」


「なんとか俺が会長に掛け合ってみますよ。それに、もしクランがなくなっても友達がいなくなるわけじゃないですし、そんな落ち込まないでください」


 とは言ったものの、事の大きさを考えるとクランの存続は難しいだろう。ギークさんの言ったことが本当だったとして、情状酌量の余地があるとはいえ実行犯であることに間違いはないのだ。他の学生への建前も考えると良くてクランの凍結処分だろう。


 それにしても、こうなってくるといよいよ黒幕の姿が見えない。ロストリグレットに脅迫状を送った敵と、生徒会に脅迫状を送った敵は同一人物なのだろうか。だったとして、なにが目的でそんなことをしたんだ。愉快犯にしては規模が大きすぎる。


 生徒会の面々のおかげで現場にいた犯人達は粗方確保できた。今、夜通しで尋問が行われているはずだ。明後日開かれる審問会で何か明らかになればいいんだが……。


「まあ、俺はたぶん退学になるだろう。虫のいい話だが、もしそうなったらロストリグレットのメンバーのことを気にかけてやってくれないか。頼む!」


 そう言ってギークさんは頭を下げた。俺は慌てて頭を上げるよう頼んだが、ギークさんは頭を上げる様子はなかった。


「まだ退学になるって決まったわけじゃないでしょう。脅されてたっていう大義名分もあるわけですし、大丈夫ですって!」


「いや、これはケジメの問題だ。俺達はただ健全に青春できればよかったのに、俺のせいでこんなことになっちまったんだ。だから、例え退学処分にならなかったとしても自主的に退学する」


「落ち着いてください! なにもそんなヤケになる必要はないでしょう。残された友達の気持ちはどうするつもりなんですか」


「それは……いや、だからこそお前に頼んでいるんだ。俺の代わりにあいつらに青春をさせてやってくれ!」


「……無理です」


「頼む!」


「ギークさん。俺は青春っていうのは、心から信頼できる相手だからこそ成立する事柄だと思ってます。ここで俺が頷いたとして、顔も名前も知らない相手と青春できると思いますか? 俺は無理だと思います。彼らにはギークさんが必要なんです! だから退学なんて言葉取り消してください!」


「エル……」


 ギークさんは俺の言った言葉を噛み砕くようにじっくりと熟考した後「わかった」と言ってくれた。


「さっ! 気分も前向きになったところで、とっとと寝ましょう! 早く怪我を直さなきゃ明後日の審問会に出れなくなっちゃいますからね」


「……お前は、強いな。憧れるよ。それじゃ、俺も寝るとするかな。おやすみ。夜遅くに悪かったな」


「いえいえ。おやすみなさい」


 ギークさんが病室を出て幾ばくもしない内に俺の意識は深い眠りに落ちていった。

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