第39話ですわ!



「はあ、はあ……」

「大丈夫か、キャリー」

「は、はい、このくらい、平気、ですわ……」


 森の奥。

 おそらく一番奥にある、ボスのいるフィールド。

 小丘の上に赤い花の木があるそこは、ここが『花の森』と呼ばれる所以。

 この木の花は、上級ポーションの材料になるのですわ。

 ……さすがに森を探索するに当たりボスは倒されているようですわね。

 その木の根まで来て、ハイル様は私を座らせて傷を見つけるなり顔をしかめられました。


「あいつらにやられたんだな?」

「……は、はい。でもかすり傷です。スモールヒールで治りますわ」

「そういう問題ではない」

「…………」


 ハイル様のお声がいつもより低くて、雰囲気も怖いです。

 黙り込むと、ハイル様がスモールヒールを掛けてくださいました。

 ああ、申し訳ありませんわね。

 けれど、暖かい。

 ホッと致します。


「ハイル様……あの……」

「すまない」

「え?」


 どうしてハイル様がわたくしに謝りますの?

 ハイル様はなんにも悪くありません。

 むしろ、ハイル様についていくと言っておきながら、離れてしまったのはわたくしです。

 ……そういえばあの時、とても暗い気持ちになりました。

 なにもかもがどうでも良く感じて、今すぐ死んでも良いとさえ思えましたわ。

 あの気持ちは一体……。


「やはり手を繋いでおけば良かった」

「……いえ、でも……それではいざという時に戦えませんでしたし」

「君を失う事の方が、俺には耐えられない」

「……ハイル様……?」

「…………もう、たくさんなんだ。俺は何度、君が死ぬのを見てきたと思う! ストーリーに添わなければならないと言われて……新しいプレイヤーが現れる度に、君はどんどんおかしくなって……俺も、争う事を許されず、何度も何度も何度も……!」

「…………!」


 ハイル、様……。


「………………」


 ……ああ、わたくし……わたくし本当に、自分の事ばかり。

 そうですわよね、ハイル様も…………ん?

 あら? でも今……なんだか?


「え? あ、あのぅ、ハイル様……今の言い方ではあの、ハイル様はまるで……」


 まるでわたくしに懸想されておられるように、聞こえてしまいます。

 喉まで出かかって、唇を指先で覆う。

 いえ、そんなはずは……。

 だってハイル様が好きになるのはヒロインとなるプレイヤーさん……。


「キャリー、俺は、もう嫌だ。こんな役割は! だから頼む、もう、君も、抗ってくれ! こんな運命、もう嫌だと言ってくれ! 君だって本当は嫌なんだろう!? 嫌だと言ってくれ! ……俺はっ、俺は……!」

「…………」

「俺は、君が死ぬのをもう見たくない! 君ともっといろんなところに行きたい! 君と二人で自由に、思いのままに生きていきたい! 他の誰かプレイヤーではなく、君だけを愛していたいんだ! もうっ……もう、嫌だ!」


 誰かと……。

 わたくしは誰かと冒険していました。

 覆われた記憶の奥底で。

 それが、二人で行った『小さな洞窟』での採集の時の事と重なります。

 アバターを『女性』、身分を『貴族』にするプレイヤーさんが現れない間は、わたくしとハイル様は……ええ、そうです、冒険に出掛けたりしていたんですわ。

 スキルツリーは解放出来なくても、新しいスキルを覚える事は出来ますから……わたくし、一生懸命頑張って『双剣』を覚えるところまでいった事もあるのですわよ。

 ……そうでした。

 これはわたくしの——……わたくしたちの大切な思い出だったのですわね。


「…………ハイル様……」


 ポロポロ、涙が溢れてきました。

 わたくし、思い出してきました。

 エルミーさんが来るまで、わたくしたち、この国の端の方まで冒険に出掛けていたんです。

 でも、でも……プレイヤーさんが現れたのでストーリーに不要なデータは消されたんですね。

 ストーリーの役を演じる為の処置。

 当たり前の事。

 でも、でも……!


「わ、わたくしも……」


 NPCとしての矜持ですわ。

 わたくしはこの世界の住人としてプレイヤーさんをおもてなしするのです。

 何度も。

 何度でも。

 ……ですが、ですが、わたくしたち、わたくし……わたくしは…………!


「わたくしも、ハイル様と一緒にいたいです……!」


 ゲームのNPCです、わたくしたちは。

 ですが、プレイヤーの皆さんと同じくらいの時間を過ごしてきたのだと思います。

 わたくしたちのAIは、元より特別でしたけれど……わたくしたちはこの世界で生きて、学習して、そしてこうして、誰かを好きになりました。

 この気持ちが恋でないのならなんなのでしょうか。

 この、溢れて溢れて止まる事のない涙は?

 想いは、なんなのでしょうか。

 どなたか答えを教えてください。

 ハイル様がわたくしを涙ながらに抱き締めてくれる。

 この、熱は?

 離れ難く、耐えられるものでもなく、荒々しく、内側からどこまでも高まる。

 離れたくない。

 離れたくないです。

 ハイル様と離れたくないのです。

 一緒にいたいのです。

 お側にいたいのです。

 ハイル様が他のどなたかを好きになるのはわたくしも嫌です。

 だってわたくしはハイル様の婚約者なのです。

 ……例え設定なのだとしても、わたくしはハイル様が大好きです。

 これだけは、これだけは絶対に本当です。

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