…──何か想定と違う流れが進行していないか?


 訝る俺の背中を、常とは違った種類の恐怖が伝っていった。

 視界の中、コクピットのモニターの中で〝謎の軍隊〟のRAが四散している。

 同じ画面フレームの中で、ラウラ少尉の機動兵器RAウォリアーが光線剣を手にポーズを取っていた。


 モニター内に通話の小画面が開き、ラウラ・コンテスティ少尉の興奮した声をレシーバが拾った。


『ちゅっ中尉! やった!やりましたよっ 1機撃破ですっ。あたし、やりましたっ!』


 俺は絶句してしまっていた。


  *


 メインモニタ―にCG合成された情報表示が、くだんの敵性反応が排除されたことを示している。


「…………」


 状況の全てが確認されたこのとき、世界は、まるで終焉のときを迎えたかのような沈黙に包まれた……。


 俺は深い溜息を吐くと、おもむろにシートから立ち上がりコクピットハッチを開く。

 そこにコロニーに浮かぶ雲の風景はない。

 激しい戦闘の場面もなかった。


 ただ不可思議な虹彩に包まれた〝謎空間〟が広がっているだけだ。



 俺はハッチから這い出ると、その〝謎空間〟に降り立った。

 目線を足下から持ち上げると、少し先の正面に浮かぶコクピットハッチ──中にはラウラ少尉が居る──に向かって歩みを進める。

 ハッチまで辿り着くと、俺はそれを外部から強制開放させた。

 中の茫然自失な表情かおのラウラ・コンテスティ少尉と目が合う。

 俺はシートからラウラ・コンテスティの襟首を掴み(実際には、よっこらせ、と中に入って容疑者を護送する刑事の如く両の肩を抱くようにして)〝謎空間〟に連れ出した。


「え? ちょっ……なに? 何です…──何なの?このいかがわしい空間……」


 状況がのみ込めずにコクピットから引き出され狼狽えるラウラ。

 ──まあそうだろうな……。

 ラウラを連れ出した〝謎空間〟には、難しい表情かおをしたリオネル・アズナヴールが待っていた。

 彼もまた、自分の乗機のコクピットからこの〝謎空間〟へと降りてきていた。



「あ、あなた……誰?」

 苦虫を噛んだような表情のリオネルを前に、恐る恐る小首を傾げるラウラ。

 そんなラウラに、リオネル少年は上擦り気味な声のトーンを何とか押さえて言った。

「そんなことはどうでもいい…──それより僕の獲物を横合いから奪うとは、君は素人か?」

「──…はぁっ?」


 少年の抑えた怒りの問いに、状況を理解する前のラウラが反射的に逆ギレする……そんな流れが脳裏に閃く。

 マズい、な。

 その流れが現実となる前に、俺は諸々の説明をするため口を開くことにした。


「──ラウラ少尉……先ずオマエには理解しなければならないことがある。

 ここは〝自分の役割〟を理解してわかっている登場人物だけが入れる場所、ということをだ」

 何を言っているのか全く頭に入ってきません、というラウラの表情に心が折れそうになる。が、ここで怯んではダメだ。いまは勢いで乗り切る場面だと自分に言い聞かせ、先を事継ぐ。


「ま、ぶっちゃけて話ができる〝楽屋〟とでも思えばいい」

「……は?」

 ラウラの目の表情が冷えていく。

 それでも俺は試練に耐え、伝えるべきを伝えた。

「頭は使うな。心で感じて受け入れてしまえばそれでいい」


「…………」

 ラウラの視線が、信じがたいものでも見るかのようなものへと変わっていく。やめて。そんな目で見ないで……。


「──ぜんぜん話が見えないんですけど……」

「…………」

 冷たい表情のラウラに俺が言継ぐ言葉を探していると、横からリオネル少年が苛々とした口調で口をはさんできた。

 助かった。とりあえず一息つける。


「つまり、ここは外界と隔絶された場所。この空間の外側の世界が〝この物語〟の作中世界、ということだよ」


 リオネルの言葉尻をすかさず引き取って、俺はラウラを言い含めに掛かる。


「そして俺たちはその物語世界の住人、つまり〝登場人物〟ということだ。


 彼……リオネル・アズナヴールは主人公の民間人で心ならずも機動兵器に乗り込んで戦う羽目になった心優しくも〝特別なスペシャル〟少年……。


 俺は軍人で、オマエたちの兄貴分──」


 その言葉にラウラが眉根を寄せ、上目遣いな表情になって口を開く。

「──オマエた…ち?」


 え? そこ?

 どうやらリオネルと一緒くたに扱われることに抵抗があるらしい……。半人前のクセに生意気な……てか、随分とズレてるコだな…──。



「それよりっ」

 リオネルの方が辛抱しきれなくなったようだ。両の手でラウラの顔を挿んで顔を向かせかねない勢いで言う。

「君は、〝この状況シチュエーション〟をいったい何だと思ってるんだっ?」


 ──あ……、その言い方は得策じゃーないと思うぞ……。


 その扱いは彼女の癇に間違いなく障ったのだった。

 案の定、噛みつき返された。


「知らないわよ! そもそも民間人が機動兵器に乗ってるのが意味わかんないし、目の前にリニアガン向けて迫ってくるヤツいたら、普通に反撃するでしょ? あたし軍人だよ? そう訓練されてきてるんだから…──」


 そう言って俺の方を向いてくる。


 ──いや、まぁ……お説ごもっとも。

 俺も士官学校の教官にそう言われてきたし、後輩にそんなことをカッコつけながら言っているシーンだって何回もある……フラグになんなきゃいいがと、内心で気にしてるくらいだ。


「…………」「…………」

 とりあえずは絶句するしかない俺とリオネルに、この女はさらに続けた。


「──だいたい、〝謎の軍隊〟に攻撃受けてるんだよね? テンパらない?ふつー

 あと見も知らない民間人のあんたが軍の機動兵器に乗り込んでるのをどうやってわかれっていうの?

 百歩譲ってわかっていても、目の前の敵に狙われてるのに、何で見ず知らずのあんたが助けてくれるって確信持って、あたしがピンチになってあげなきゃなんないの? ねえ?」


 どうやら俺もリオネルも見くびっていた。

 相当に気の強いコらしい……。



 風が吹いた。──何となく生温かい……。

「中尉ぃ……」

 耳元にリオネルの湿った声を聴いた。

 俺は嫌な感じがして彼を向く。リオネルは真っ青な顔をしていた。

「──僕、もう帰ってもいいですか?」

 嫌な感じは見事に具現化した。こいつは元来打たれ弱い……。


  *


 その後、俺は、俺自身が挫けそうになるのを懸命に堪え、こいつがこれ以上拗らせて使い物にならなくなるのを何とかなだめて繋ぎ留め、問題のシーンの改稿リテイクに同意させた。


 さて、次はラウラの方だ……。

 もはや何にでも噛みついてくる〝モンスター部下〟と化した彼女を説得しなければならない。


  *


「ラウラ少尉……」

 俺はこの〝謎空間〟に座り込む部下に声を掛ける。

 彼女は半ば無視を決め込むふうにして胡坐あぐらをかいて座っている。──またなんつーカッコウだ……。

「ともかく……」

 思わずため息の漏れた自分を、俺は可愛そうだと感じている。そんな自分を内心で励ましてラウラに声を掛けた。

「胡坐は止めなさい。年頃の娘が──」

「いーじゃないですかべつにパイロットスーツなんだからー。パンツだって見えてません」

「そういう問題じゃない!」

 完全にヤサグレた感の少女の態度に、思わず声が大きくなった。

 反応して彼女が上げた目線と、俺の目線とがまともにぶつかり合う。

 ──俺はコイツの兄貴か何かか……!


「…………」

 視線を逸らさなかった俺に観念した彼女がノロノロと姿勢を直して座り直す。

「座ってないで立つ!」

 ラウラは仏頂面で立ち上がった。それでいまになって彼女の背の低いのに気付いた。まだ子供ということか……。


 俺は小さく深呼吸すると、彼女に向かって語り始めた。


「オマエはほんとに理解してわかってない。……俺やオマエが不用意に活躍したら、リオネルの見せ場がなくなるだろうが」

「…………」 一向に響いた様子のないラウラが不満そうに訊き返してくる。「──それの何がいけないんですか?」

「俺たち登場人物には決められた〝役割〟がある。その役割に従って行動する使命があるんだ」

 目線を横に逸らせたラウラがおざなりに訊いてきた。

「何ですか、その〝役割〟って」

 俺は、もう一度心の中で深呼吸した。

「リオネルは主人公として次々と降りかかるピンチを、それはそれは見事に切り抜けてこの物語を進めていかなければならない。彼にはそういう使命がある。

 そして俺には、リオネルが主人公らしく戦い、戦争という非日常の中で傷付き、悩みながら成長していく様を、陰ながらサポートする、という使命……」

「なーんかそれじゃーまるきり出来レースじゃないですかー」


 あ、しれっと言いやがったなコイツ……。

 プチっ。──…どこかで何かが切れた。

 無理だわ…… 辛抱堪らんくなった…──


「おう!出来レース大いに結構! それで〝話というもの〟は進むんだろうがっ」


 俺のその剣幕に、少女は2、3歩後退ってしまった。

 まずい……。大人気なかったか。


 自己嫌悪の俺は、自分自身が泣きたいのを堪え、ラウラに謝る。

「…──あーその、悪かった……大きな声を出して」

 ぎこちなく笑ってみせる俺……。

「…………」

 少女が肯いてくれたので、ゆっくりとした口調に努めて先を進める。


「──〝話が進まない〟……ということは、それはつまり、俺たちが〝この世界で存在意義を失くす〟、という意味だ」

「存在……意義……」

 ラウラの目線が、チラとリオネルを向く。彼女の視線の中の主人公は、難しい表情かおして、この〝謎空間〟に佇んでいる。

 俺は、ここぞとばかりに言い募った。

「だからちゃんと自覚を持って、自分の役割に殉じて生きるんだ。わかるか?」

 ラウラの目の表情が少し変わった気がした。

 忍耐の勝利か。どうやら届いてくれたらしい。


「はい……」 不承不承ながら肯くラウラ。「──何となく」

「だったらオマエも、しっかりと自分の役割を果たしてみせろ」

「はぁ…──あの……何ですか、あたしの役割って……?」


 ラウラは目線を向けてきて、自分で何も考えてないふうに訊いてきた。

 答えにくい問いを真正面から投げ掛ける。若者の特権か…──。


「オマエの役割は、俺の部下で、リオネルの守るべき仲間で……

 そしてリオネルに〝ふぉ~りん♡ラヴ♪しちゃうかもしれない〟という、ヒロイン候補」


 ラウラの顔が音を立てて、少し離れた場所で佇むリオネルの方に向いた。

 それから、また音を立てて視線を俺へと戻す。


「そ、そんなの勝手に決めないでください!」

「何回も言わすな。……この件でオマエに選択権はない」

「…………」


 17歳の少女の瞳が揺れていた。

 申し訳ない……。

 申し訳ないが、これは譲れない。譲ることはできないんだ……。

 ほんと同情する……。

 同情はする、が──


「──気の毒だが、それが俺たちの宿命……受入れて諦めてくれ」

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