第5話 警護
駅を出ると、真っすぐ家に帰る。
ただし、礼人も涼子の部屋に上がる。
間取りは礼人の部屋と同じだが、リビングダイニングとキッチンしか見てないとは言え、スッキリとしていた。余分なものはないという感じだ。
キッチンも、鍋などが外に出ているという事もない。油汚れもない。
当然だ。栄養ブロックとパンとコーヒーで生きているのだ。キッチンが汚れるはずもない。
「冷蔵庫はあるんだな」
思わず言ってしまった礼人だったが、真面目な顔で涼子が返した。
「夏はアイスコーヒーになるので、水を冷やさないと」
「何で、栄養ブロックとパンだけなんです?」
「面倒臭いので」
「……ええっと、作るのが?」
「作るのも片付けるのも考えるのも」
「いや、でも、食事と運動と睡眠はキチンとしましょうよ」
「栄養ブロックは、よほどキチンと計算されていますよ」
「でも、消化器が退化しそうですし、食事を楽しむという行為は心にもいいですよ。色んなものを食べた方が」
「ココアとフルーツとブルーベリーとナッツをローテーションしています」
「やっぱり言うのかよ!」
「は?」
「いいから、もう、来い」
礼人はがまんの限界を感じ、涼子の手を引いて自分の家へ移った。
食事は健康の素と信じる礼人は、食事をキチンとしないのは、他人の事でも気になってしかたがないのだ。
「あの?」
「いいから、座って」
言い、礼人は冷凍庫を開けた。暇なときに作っておいた作り置きが並ぶ。ご飯は1膳ずつラップで包んであるし下味を付けた肉類もある。
そこから豚の生姜焼きを出してフライパンに入れると、フタをして火を点ける。ご飯はレンジで解凍だ。その間にキャベツを出して千切りをし、洗って皿2枚に盛る。そして、トマトを切ってその横に添えた。
小鍋には、冷蔵庫のだし汁を移し、玉ねぎを入れ、火にかける。
そして小鉢には、冷蔵庫のタッパーに入っていた切り干し大根の煮物を盛る。
小鍋が湧いたところで、味噌をとき入れ、カットわかめをパラパラと入れて火を止める。
フライパンもいい音がしているので、フタを取ってブタをひっくり返し、もう少ししてから火を止めてキャベツの横に盛った。
ごはんは茶碗に盛り、お茶を急須で淹れ、箸を揃え、テーブルに向かい合わせに並べる。
「……やっぱり自炊」
「さあ、どうぞ」
「いただきます」
涼子は、箸を取って食べ始めた。
「美味しい!それにキャベツの千切りが細い!切り干し大根が自然の甘さで美味しい!」
礼人は内心で、胸を張った。
「どうも。
でも、暇なときにまとめて作り置きしておけば、そんなに手間でもないですよ」
「炊飯器から買いに行かないと」
「え、無いんですか」
「鍋も包丁もボウルも調味料もないし、栄養ブロックとパンなら失敗しないし」
「とことん食事をなめてるな」
「自炊し始めた時、適量とか適宜とか適当な大きさとかで困りまして。それでもレシピ通りにやったら全く別物になってしまい、料理はそれで嫌になったんです」
「何作ったんです?」
「子羊のなんとかと魚介のなんとかスープとサラダ何とか風」
「よくわからんが、自炊初心者のチャレンジするものじゃないな」
「驚いたわあ。クールでセレブ感があるとか皆も言ってるのに、このマメさ。まるでお母さん」
礼人はギクリとした。
「外で言わないように」
向かい合って食べているうちに、警護中というのを危うく忘れる2人だった。
「それにしても、誰かに失礼な事でもしてしまったんでしょうか」
食後のデザートまでしっかり食べてから、ようやく2人は目的を思い出した。
「逆恨みとかストーカーとかありますからね。
何か変わった事とかなかったんですか。仲の悪い人とか」
涼子は少し考えた。
「昔から、仲の良かった人はそういないのですが、特別悪い人もいないような気がします」
「最近知り合った人は?」
「……ドラッグストアの店長さんが変わりました。それと、医務院の清掃業者が変わりましたし、兄の秘書が変わったそうですが、覚えていないのでよくわかりません」
礼人は首を傾けた。
「お兄さんの秘書と、関係あるんですか?」
「いつも留守中に、季節の新作ファッションを届けてくれたりしてます」
「は?服のセンスって、お兄さんのセンスだったんですか?」
「はい。家では常にジャージ、外に行く時の私服は常にジーンズとシャツとかにしていたら、兄が見かねて、自分で買うな、選ぶな、組み合わせるなと。
面倒臭くなくていいですが、ちょっと疑問を感じます」
「ふ、ふうん。いいお兄さんじゃないか?」
言いながら、礼人は涼子に対する見方がどんどん変わって来るのに、笑いがこみ上げて来た。
「それはともかく、トラブルはないんだな?」
「はい」
礼人は、一応それらを調べてみる必要があるな、と考えた。
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