第82話 いつまでも変わらない

 紅葉祭が始まった。


 外部からやってくるお客さんと生徒でごった返す中、俺は上星と店番をしていた。

 と言っても、ただ笑顔で写真を撮ってあげるだけ。

 はっきり言って……めっちゃ暇。


「やっぱり女子って写真撮るのうめぇよな!」


「だな。俺たち男子高校生が撮影しても普通でしかない」


 そう、俺と上星はここでもまた戦力外通告を受けていた。

 ……ほんと俺と上星使えねぇ。


「あんたらってほんと何もできないねぇ~」


「「ほっとけ!」」


 おかげさまで女子から悪態をつかれる始末。

 

 早くシフトの時間終わんないかなぁ……と、時計の針を見つめる。


「なぁなぁ神之木」


「ん?」


「今年のミスコン、誰が獲ると思う?」


「ミスコン……あぁーそんなのもあったな」


「いや紅葉祭において後夜祭の次に大注目のイベントだぞ⁈ この高校に在校する男子生徒ならマークしておくべきだろッ‼」


「いや熱すぎだからお前」


 食い気味に迫ってくる上星を押しのける。

 こいつはいい奴なんだけど、バカなんだよなぁ……。

 まぁ、俺も同じくバカなんだけど。


「熱くなるのもしょうがないだろ! 予選会から激熱だったんだからさー!」


「ん? 予選会?」


「予選会だよよ・せ・ん・か・い! 紅葉祭始まる前に決勝進出者を決める予選会してただろ?」


「…………記憶にございません!」


「政治家かッ!」


 ここ最近は別のことに気を取られていて、完全にアウトオブ眼中だった。

 

 実際ミスコンは、男どもが可愛い女子を見つけ出して騒ぎ立てるイベントであり、別に可愛い女子に飢えているわけではない俺にとっては関係のないイベント。

 気になることでもなかった。


「まぁでも、神之木は見た方がいいぞ? 何せ決勝は、あの」


「上星! 写真撮るの手伝って!」


「えっあっ、おう! どうやら俺はお呼ばれされちゃったらしいから、行ってくるわ!」


 ちょっと嬉しそうに駆け出していく上星。

 さながらフリスビーを投げられた犬のようだった……別にバカにしてるわけじゃないぞ?


 ともあれ、ミスコンは別に見なくていいか。


 俺にはミスコンよりも、するべきことがある。

 準備は整えた。

 あとは実行するときを待つのみ。


「……ふぅ」


 喧騒が満ちる中、俺は静かに息を吐いた。





「これは去年よりも人多いな」


「だな。人多すぎて気持ち悪くなってきたわ」


「律君大丈夫? 水とか飲む?」


「ありがと音羽。でも大丈夫だ」


「飲みたかったらいつでも言ってね」


「おう、サンキュー」


 ほんと、音羽は天使だと思う。

 それに加えて、他の男に優しくしても全く動じず、余裕の表情を浮かべる翔も又、相変わらずイケメンというかなんというか……。


 まぁなんにせよ、この二人はいつでも変わらず神カップルだ。

 

 安定感が、熟年夫婦のそれなんだよなぁ……。


「そういえば、加恋はどうしたんだ?」


 このメンバーなら普通加恋もいるはずなのだが、今日は不在。


「なんか用事があるみたいで、忙しいんだって」


「へぇー、そっかそっか」


「まぁしょうがないな。加恋の分まで、楽しんでやろう」


「だね!」


 その後、俺たちはたくさんの出店を回った。

 

 紅葉祭の一日目は、主に各クラスの出店がメイン。

 そして最終日である二日目は、野外ステージと屋内ステージで行われる舞台発表がメインとなっている。


 一日目は学校を解放し、二日目は生徒限定。

 紅葉祭は、どちらもとにかく盛り上がる。


「今まで普通に回ってたけどさ、せっかくの文化祭に俺いていいの? ほんとは二人で回りたいんじゃねーの?」


 今更過ぎるけど。


「全然大丈夫だ。後夜祭の時は二人っきりになるからさ」


「ちょっと翔? 律君とはいえ、あんまり人に話さないでよね? 少しは恥ずかしいんだからさ……」


「ごめんごめん。これからは慎むよ」


「お願いね?」


「おう」


 ……なんだろうこの疎外感は。


 たまに神カップルの会話に置いていかれることがある。

 別にこの水入らずの会話に割り込もうとは思わないが。


 それにしても、本当にこの二人は仲がいい。



「お前らずっと、仲良しでいてくれよ」


 

 気づけば俺は、そんな言葉をこぼしていた。

 

 何を俺が喧嘩の一度もしたことがない、熟年夫婦並みの安定感があるカップルに言ってるんだか。

 正直上から目線でウザいし、そんなこと言われなくても勘が半端ない。


 ……だが、俺の本心だった。

 言う必要のないほどに、その未来は約束されているけど。


 二人は驚いたように目を見開いて、思い出したようにぷっと吹き出す。

 そしてまさに神と呼ぶにふさわしいほど神々しく、穏やかな表情を浮かべて言うのだった。




「「ありがと」」




 きっとこの先どんなに年月が経とうと、こうして同じ景色を見るのだろうと思った。





 文化祭一日目はあっけなく終わった。 

 結局加恋は忙しかったようで、会えなかった。

 

 クラスで一日目の打ち上げを終えた俺はすぐに帰宅し、風呂に入る。

 そして就寝準備を整えた俺は、一本の電話をかけた。


「もしもし――らら?」





   ***




「おやすみなさい」


 私はそう言って、電話を切った。

 

 先輩からの電話。

 紅葉祭の閉会式後、校舎裏の木の下で待ち合わせ。


 先輩は具体的に何が目的なのか言わなかった。

 だけど、先輩が私を呼び出すってことは……もうわかってる。


「明日、かぁ……」


 どこか私は、紅葉祭最終日にすべてが決まるような、そんな気がしていた。

 だけどいざその日を迎えるとなると……落ち着かない。


 私は窓を開けて空を眺めた。


 この空のように、私の心は澄み切っている。

 淀みもなく、混乱も迷いもない。


 私はやり切った。

 

 あとは先輩の答えを待つだけ。


「……先輩は、私の好きな先輩でいてくれるかな」


 そう呟いて、窓を閉める。


 そのまま私は布団に入って、目を瞑った。



 次に目を開けるとき、きっと明日になっている。

 体感五秒で、明日がやってくる。


 あの時から待ちに待った明日。


 明日こそは泣かないようにと、滲む涙を拭う。


 

 今だけは、今夜だけは、泣いてもいいよね。




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