第56話 いざ行け夏の青春!
「――で、俺の努力が一瞬にして粉砕されたわけだけど……どうしてくれるんだ?」
「それはしょうがないだろ律。だって俺はバスケ部で毎日体を鍛えてるわけだし、帰宅部と運動部で差が出るのはどうしようもないだろ?」
「だけど俺だってこの日のためにそりゃ、血のにじむ努力を重ねたわけですよ。でもこうも差を見せつけられたらもう私どうしていいのやら……めそめそ」
「とりあえず自分でめそめそって言うのやめようか?」
つい最近加恋と一緒に購入した水着を一枚身に纏って。
俺と翔は海岸で二人の美少女を待ちつつ、輝きを放つ海を眺めていた。
だけど今は、翔のパーフェクトボディーが眩しい……!
「まぁほんと、普通に腹筋だって割れてるんだし、努力の成果は出てると思うぞ」
「だけど……なぁ」
翔の体を下から上まで見る。
この男……外見にどこも悪いところがない! っていうか、どこもかしこも最高ランク。牛で言うところのA5を獲得している。
そんな奴と横に並び立ったら、どうしても俺が低く見えてしまうわけで。
「ほんと律って無駄に周りの視線気にするときあるよな。一万回幼馴染に告白した奴が、何をそんなに恥ずかしがることがあるんだか」
「それを言われちゃあ何も言い返せねぇ……」
「それに体はただゴツければいいってもんじゃないだろ。要は、見る手の好みだ」
そう言う翔だが、明らかに翔の横を通っていく女性たちがトロンと目をハートマークにしている。
俺の横を取っていく女性も又しかり。俺を透視して翔をうっとりと見つめている。
お前の守備範囲が広すぎて全員虜にしてるから、その言葉に説得力ねぇよバァカ!
「クソ……これだからイケメンは……」
「だから律も顔いい方だろうが。そろそろ認めろ」
「うるせぇ俺の気持ちがお前に分かるわけがねぇだろうが!」
「どんだけ怒ってんだよ」
「引き裂かれた筋肉の涙の量だけ……」
「いつからお前ボディービルダーになったんだよ……」
翔が呆れてため息をつく。
その時、更衣室の方から何やら歓声が聞こえてきた。
その歓声が何を意味するのか、当然俺と翔は理解していて。
「来たか」
「ついに……だな」
俺たちはさながら魔王を討伐する勇者一行のような面持ちで更衣室に向かう。
案の定、人だかりの中心には連れがいた。
「何これ……なんかストリートミュージシャンみたいになってるよ私たち……!」
「これ相当恥ずかしいんだけど……」
音羽は少し驚いたように辺りをきょろきょろと見ていて。
加恋は恥ずかしそうに顔を真っ赤にして、上に羽織ったラッシュガードを全力で下げていた。
さすがはわが高校を代表する美少女。
あっという間に注目の的だ。
だがそんな注目にひるまずに、俺と翔は二人に合流する。
思えば加恋と一緒に出掛けることがよくあり、注目には慣れていた。
それにもう自分の体に対して期待をするのはやめたからな。
「あっ、翔! 律君も、お待たせ」
「よし、準備が整ったみたいだし、行くか」
「うん!」
さりげなく手を繋いで歩いていく神カップル。
今年の夏は彼らすらも熱くしているなぁと思いつつ、顔を真っ赤にした加恋に視線を向ける。
「…………恥ずかしいぃ」
もっと余裕だと思ったけど、意外にも恥ずかしそう。
ここは男として、先導してやろう。
「んなことないと思うぞ。やっぱりその水着似合ってると思うし」
「っ……! わ、私似合ってる?」
「おう。まぁまだラッシュガード着てるけど、なんつーか……新鮮だな」
「し、新鮮……可愛い……!」
可愛いとまでは言ってないけど、実際そう思っているのでツッコまないでおく。
加恋はゆっくりとラッシュガードから手を放して、とてとてと俺の方に向かって歩いてきた。
「よし、あの二人を追うか」
「う、うん……えいっ!」
「どぅわっ⁈」
右腕に衝撃を感じてふらつく。
俺の右腕の方を見てみれば、そこには俺の右腕にしがみついた加恋の姿があった。
完全に密着していて、加恋の柔らかいものが存在感を放っていた。
「か、加恋さん⁈」
「は、はぐれたら大変でしょ⁈ だから少しばかりはこうさせなさい‼」
「えっ、あっ、はいっ! 大佐!」
「よ、よろしい! では前進せよ!」
「ははっ!」
突然始まった軍隊ごっこ。
こうでもしないと、平常心が保てない。
「二人とも、早くこいよ~!」
少し先で、神カップルが立ち止まって俺たちのことを待ってくれていた。
二人の視線は一度俺たち全体に向いて、やがて俺の右腕に集中。
「「にまぁ~」」
「「っ……‼」」
二人の反応がめちゃくちゃ恥ずかしかったけど、決して俺の右腕から離れようとしない加恋。
明らかにいつもと距離感が違い過ぎる!
……こ、これも夏のせいなんですかね?
だとしたら、夏すげぇな……
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