第35話 魔王様、男女戦争に巻き込まれる③
男子側にいた女子への嫌がらせは翌日には学校全体に広がり、それだけに留まらず六年生の女子の奇行については他の学年にも否応無しに伝わり波紋を広げる事となった。
「魔王、お前のクラスの女子は一体何の馬鹿騒ぎをしている!!」
家に帰宅するなり、我と魔法使いは勇者からの出迎えを受け、更に問い掛けられた。
あれだけ頻繁に校内放送をされていれば致し方ないだろうが、学校全体の女子への視線が最近厳しくなってきているのだと勇者は語った。
一部はお祭り騒ぎのように楽しんでいる者もいるようだが、それは本当に極一部であり勇者の学年でも「女子って怖い」だの「女子は頭が可笑しい」と言う不名誉な言葉を突きつけられることがあるのだと言う。
「魔王と魔法使いがいながら、悪行を重ねる者たちを何故野放しにする!」
「そうですね、元々私は魔王ですから悪行するのが当たり前の立場ではありますが」
「その様な言い訳など今は必要ない!」
おぉ、勇者は相等お怒りのようだ。
魔法使いですら慌ててしまっている。
「一体六年生のクラスで何が起きていると言うのだ。連日の校内放送でも明らかに異常だと思っていたが……一部の女子への嫌がらせは許せる問題ではないだろう!?」
「そうですね、許しがたい行為です」
「それに私の学年が担当する校舎の掃除が本当に悲惨なんだ。食べ散らかしたお菓子の袋や落としたお菓子の始末! 中庭にある池には大量の菓子袋が投げ捨てられる始末だ!」
その情報に我と魔法使いは頭を抱えた。
よもやそこまで酷い状態になっているとは知らなかったからだ。
これでは他の学年から苦情が来ても致し方ないだろう……模範となるべき六年生がその様な態度では先が思いやられる。
「今日だって職員会議が行われているのだろう?」
「ええ、そうですね……勇者には一体何が起きたのか時系列を追って話したほうが良いでしょう。貴女の発言は子供達には届きやすいですからね」
そう言うと我は靴を脱ぎ作務衣に着替え、茶を用意すると魔法使いと勇者を部屋に呼んだ。
本来なら寺の境内の掃除など色々やることがあるが、学校から家にも連絡が来ているので両親も今日ばかりは見守りの体勢だ。
歴史を感じさせる机に三人分の茶を置き、座布団を用意すると我達は今回の六年生の女子の奇行について順をおって話し始めた。
最初の発端は、体育の自習での事――。
バレーがしたい女子と、バスケがしたい男子、そしてコートは別れているのだから男女別で女子はバレーをし、男子はバスケをしていいのではと言う話をしたところ、女子がそれを許さなかったこと。
男女は次第にヒートアップし、女子がクラスの男子に先に手を出したが、男子も感情高ぶって女子の一人を突き飛ばしてしまったこと。
そして、自習である体育の授業中女子は体育館を出て行き、その後は勇者も知る内容だろうと語ると勇者は腕を組んで眉を寄せた。
「……そもそも、何故そこまで男女一緒と言う事に拘るんだ? 結果がコレでは意味は無いだろう?」
「さぁ、私にもそれは理解しかねます」
「それに、集団行動しなくてはならないと言う決まりも法律も無いだろう? この異世界が魔物だらけで集団で行動しなくては命に関わると言う事も無いのに。個々個人の考えは尊重すべきではないのか?」
「この異世界での不思議ですね……。正直私もこの異世界では集団行動こそが全てであり、そこから逸れた者は攻撃される……と言う現状に驚いています」
我と勇者はこの異世界での不思議にぶち当たっていた。
それは、幼稚園や学校と言ったとても狭い空間で起きる害とも呼べることかもしれない。
元居た世界――オル・ディールでは個々の考えは尊重されるべき事だった。
魔物がはびこる世界なのだから集団行動は確かに大事ではあったようだが、それは命を守る為に必要な行為であって、個人と言うものは尊重される世界だったのだ。
それは魔物にとっても同じであり、仲間を呼ぶと言う行為は人間を殺す為ではなく生き残る為の手段だ。
しかし、この異世界では恐ろしいまでに集団行動を重要とされる。
同じ価値観、同じ視点、そこから少しでも逸れれば一気に攻撃を仕掛けられてしまう。
これは異常としか言えない。
まるで、枠に嵌めて生活しなければ殺されても文句は言えない……そう言う暗黙のルールでもあるかのようだった。
だが――それが本当にこの異世界全体で統一されている決まりごとならば我とて文句は言わない。
この異世界は、そうではないのだ。
学生の頃までは……それこそ大学までは枠にはめて管理する癖に、就職して大人として認識された瞬間からそれらは無用の長物となる。
恐ろしい事だが、信じてきたモノが全て役に立たなくなると言う現実にぶつかるのだと、相談役をしている母が疲れきった様子で父に話しているのを見てしまった。
寺では母が町内の相談役でもある。
そういった話は子供が寝静まった夜に母が今後どう対応すれば良いか父と相談している姿を何度もトイレに行く際見てしまったのだ。
異世界の人間は脆弱だ。
その証拠に、良い大学に出ても社会で失敗すれば家に引き篭もってしまう者も後を絶たない。
まるで失敗と言う事を知らない人間が沢山いるように感じられたのだ。
集団行動が全てと教えられた異世界の人間達は、共感を得られなければ、それは死んでいることと一緒なのだろうか……。
「難しい問題ですね……」
「あぁ、私達とて例外ではあるまい。この異世界は生き難いとは感じていたが……」
「生き難い生き難くないの問題以前の事だとボクは思うけど?」
我と勇者が悩んでいると魔法使いは茶を啜ってから口を開いた。
「だって結論は結果論でしょ? それまでの経緯……今、小学校と言う限定的な狭い場所で起きてる現状だって結果さえ解ってしまえばそれまでの経緯なんて皆忘れ去る」
「何故そう言いきれるのです?」
「この異世界の人間は、結果にしか着目しない……拘らないからさ」
持っていたコップを振りながら笑う魔法使いに、我と勇者は顔を見合わせた。
「勉強だって結果次第。テストの点数も結果次第。仕事も結果次第なんだよ? 誰が経緯を見てくれてるのさ」
「それはっ!」
「勇者の言いたい事も解るけど、この異世界は全て結果次第なんだよ。クラスの女子が引き起こす事も最後は結果だけが残るだろうけどね。ボクだってこの異世界にきて十二年だ、何も気にせず異世界を見てた訳じゃない」
魔法使いは溜息を吐きコップを置くと、我らを見つめて苦笑いする。
「でも、案外ボクはこの異世界を気に入ってるんだ」
そう言って笑う魔法使いに我と勇者が目を見開いた。
「全ての物事に結果がついてくるこの異世界は、考えようによってはとっても単純なんだよ。だからこそ自分を律しなくてはならないと言う前提はついてくるけどね」
「それはそうでしょう。律する心が無ければこの異世界は問題だらけですよ?」
「魔王は頭が固いなぁ……まぁ目下の問題として、うちのクラスの馬鹿な女子の行動だけど、ボクは暴れるだけ暴れてもらってから叩き落したほうが効率的だと思ってるよ。自分がしでかした愚かな行為と言うのを結果論として見た時、彼女達は何を思うだろうね。現実から目を逸らすか……自分達は被害者だとのたまうか、それともシッカリと反省するか」
ニッコリとした笑顔で口にする魔法使いに勇者は溜息を吐いている。
元々、オル・ディールにいた時からこんな感じだったのだろう。
「でも、そろそろ現実を見させたほうが良いかもしれないね。勇者が困るのはボクとしても不本意だから」
「相変わらずですねぇ」
「それに、そろそろアキラだって我慢の限界だと思うけど?」
魔法使いの言葉に勇者は目を見開いた。
その姿に「アキラに被害は出ていませんよ」と即座に答えた我は偉いと思う。
だが確かにアキラの我慢も限界に近いだろう……この異世界に来て最も大事な友人だ、アキラの心の平穏は我として今時点では最も望むことだろう。
「では次に大きな問題を起こしたその時は……」
我の言葉に魔法使いは満足げに微笑み、その日の話し合いは修了となった。
そして――六年生による男女戦争は問題が発覚して一週間後……女子は信じられない行動に走った。
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