第32話 魔王様、アキラの事を心配される
旬のものを食べると長生きすると言う。
その言葉を曾婆様から聞いてからと言うもの、食材には拘り出来るだけ旬のものを食卓に並ぶように献立を考えるのは楽しい。
うむ、今日の料理の味付けも最高だ。
寺では味の濃いものは殆ど作らない。
基本薄味なのだが、この薄味で慣れている家族は外食する際には苦労することが多々ある。
まず、スープ類が飲めないのだ。
あんな塩辛いものを口に入れていれば早死にしてしまうではないか。
飲食業界は人間を早く殺したいのか、はたまた生活習慣病にかからせたいのかと思ってしまうな。
おかげで勇者や魔法使いは外食の際、スープ類は一切頼まなくなった。
食べたければ我にリクエストしてくるのだ。
「魔王の料理は悔しいが美味しい」
「魔王の料理ならボクたちが早死にすることはないだろうからね」
そう言って寿司に行けば翌日にはお吸物だの赤だしが飲みたいだのとリクエストが飛んでくる。
料理が美味しいと言って貰える事は嬉しい限りだが、我とて冷蔵庫の中身と相談しなくてはならないのだ。
台所を預かる身として、無駄な食材を出すわけには行かない。
これは我のプライドの問題にも関わってくる。
そんな事を思いつつ洗物を終え、リビングへと戻ると勇者と魔法使いはチラシの裏に今回の陣取りゲームの勝敗について考査(こうさ)しているところだった。
今回の勝敗の決めてはなんだったのか語り合う二人を他所に、急須でお茶を入れその様子を見守っていると――。
「やはり勇者軍は守りも薄いね」
「そうだね……攻撃できる人員が不足しているのも問題か」
「こればかりは育てていくしかないだろうけど……決定的に力で負けるのも問題ではあるね。やっぱり魔王軍参謀様は先に潰したほうが良いんだろうけど、リスクが大きいかな」
「ふむ……」
魔王軍参謀、つまりアキラを先に潰せば勝敗は随分変ってくると思っているようだ。
実際、アキラがまず勇者軍の先鋭部隊を潰しているのだから脅威だろう。
生まれ持った運動神経とは恐ろしいものだな……元の世界にアキラがいれば、勇者一行に着いていくだけの力はあっただろう。
だが味方でいてくれる間は、なんとも頼り甲斐のある奴だ。
「陣取りゲームの勝敗について考えているのか?」
「その様ですね」
「魔王軍……というのは?」
「魔王軍は私の軍です、小雪と恵さんは勇者軍で戦っているのですよ」
勇者たちの会話を聞いていた祖父が我に問い掛けてきた為、説明すると嬉しそうに腕を組んだ。
「小学校ではすっかり陣取りゲームは定着しましたよ」
「ほほう、子供ながらに戦略を練るのは楽しいだろう」
「ええ、良い刺激になりますね。小雪はまだ私に勝てた例(ためし)がありませんが」
我の言葉に思わず反応する二人。
睨みつける勇者を嘲笑うと、悔しそうな表情を浮かべ「いずれは勝つ」と呟いている。
「でも! お兄ちゃんがいなければ魔王軍なんて敵じゃないんだから!」
「つまり、私の策にまんまと嵌められている……という訳ですね?」
「くっ!」
「兄を超えるのは、まだまだ先のようですね。私が卒業するまでに一度でも勝てれば良いですが」
「ははは! 兄の壁は高いか!」
祖父までもが笑い出し勇者は大きく溜息を吐いて落ち込んだようだが、実際この異世界で戦争ごっこが出来るとは思わなかった。
中々良い刺激になるし、日ごろのストレス発散にも役立っている。
それに、大規模な陣取りゲームのおかげで我も他の人間との関わりを広く持つことが出来たのも大きい。
人間の子供は遊びの中から色々な情報を取り込んでいくと言うが、正にその通りだと我は思う。
「まぁ、小雪も恵さんがついているのですから何時かは勝てますよ」
「え――ボク結構プレッシャーに弱いんだけど~?」
「そうですか?」
「そうだよ?」
――心にも無い事をよく言えたものだ。
魔法使いが本気を出せば拮抗できると言うのに、魔法使いは負けて悔しがる勇者の顔が見たいと言う理由で本格的に案を出したりはしない。
寧ろ負けるように仕向けている時もある。
そもそも、勇者は意外とプレッシャーに弱いのだ。
メンタル面を補強できる相手……アキラが側に居れば魔王軍とて拮抗(きっこう)どころか危ういだろう。
「……お兄ちゃん、一度アキラくんを勇者軍に入れてもいい?」
「「駄目」」
我と魔法使いの声が重なった。
「小雪にはボクがいれば良いでしょ?」
「でもアキラくんが居る時は毎回勝てるんだもん」
「ボクが側に居る時は勝てないみたいな言い方じゃないか」
「勝てないんだもん」
「小雪はボクのこと邪魔だと思ってる?」
「そこまでは……多分無いと思う」
素直に口に出すところが本当に勇者らしいと言うべきか否か。
余程我に勝てぬことがストレスらしいが、勇者の言葉に魔法使いは傷ついたようだ。
「恵くんじゃ頼りないっていうか……」
「それは小雪がボクの事を過小評価してるだけだよ!」
「背中を預けられないっていうか……」
「小雪の背中を守るのはボクしかないでしょう!?」
「守られてる感じもしないっていうか……」
「男として駄目って事ですね」
我の言葉に祖父は頷き、勇者も「それはある」なんて口にするものだから魔法使いはショックで震えている。
しかも勇者はそんな魔法使いに目もくれず溜息を吐きながら更に爆弾を口にした。
「……将来結婚するならアキラくんみたいな人が良い」
正にトドメの一言だっただろう。
その後の魔法使いの姿は語らなくとも解りそうだが、翌日の陣取りゲームで初めて――勇者軍は我が君臨する魔王軍に勝利した。
後に両者軍は語る。
「魔法使い様と魔王軍参謀様の激しい戦いは後世に伝えるべきだ」と――。
そして魔王軍参謀のアキラは保健室でこう語る。
「勇者軍の魔法使いが本気でオレを殺しに来た」と……。
どこか遠い目をして保健室のベッドに横になるアキラに、我は少しだけ申し訳なく思った放課後のこと――。
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