第17話 魔王様、一生後悔する出来事が起きる(※内容にご注意下さい)

 寺生まれ、寺育ち……と言う事は、その地区にとっての一つの顔でもあり、檀家も多い。

 つまり何が言いたいかというと、祖父はついて来たのはいいが当てにはならないと言う事だ。



 祖父と一緒に祭りを回ると、あちらこちらから声を掛けられる。

「ご住職!」と呼び止められ中々前には進めない。

 それに、老人の会話とは長いものだ……基本的に話しかけられれば相手が満足するまでは離れることが出来ぬ。それどころか、祖父を見つけた近所のご老人達はその場で雑談し始めたのだから、我は少しだけ息を吐くと襟をただし祖父の元へと歩み寄った。



「お爺様、私達はお祭りを見て回っても?」

「あぁ、悪いな。小雪はワシが見ておこう」

「いや――!! わたしもみんなとまわる―――!!」



 そう叫ぶ勇者を祖父に託し、我達は祭りを堪能する事にした。

 ――だがその判断を、我は一生後悔する事になる。

 あんな事になるのなら、我は勇者を手放したりはしなかっただろう。

 戻れるなら、勇者と離れた時間に戻りたいと願うほど……。





 ~side 勇者~


 魔王が聖女様たちと夏祭りを堪能しに言ってくるといってどれくらいの時間が過ぎただろうか。お爺様は老人達に囲まれ動くことも無く、私は暇を持て余していた。


 おのれ魔王め……私を置いて行くなど悪魔の所業! いや、元々魔族だった、致し方ない。

 近くの店も見飽きてしまったし、お爺様は私に気がついていないようだ。

 祭りの会場自体はそんなに大きくも無いし、何より見知った地域の者達が多いと言うのであれば危険も無いだろう。

 そう思った私は話しに夢中のお爺様から離れ、魔王と聖女様を見つけに会場内をうろついた。


 ――珍しいものが沢山ある。

 オル・ディールでは絶対に見ることの出来ない世界が広がっている。

 改めてここが異世界である事を実感しながら露店と言うものを見て回った。

 大勢の人々が嬉しそうに祭りを堪能する姿を見て、この世界は平和なのだと……勇者など必要の無い世界だと思った時、少しだけ寂しくなった。



 ……平和に越したことは無い。

 本来勇者など必要も無く、民が餓える事も争う事も無く、魔族や魔物たちと戦争をしなければ私のような勇者は必要なかったのだ。

 求めていた平和な世界にいると言うのに、勇者である自分が必要ないと言う寂しさに胸を締め付けられる。



「魔王を倒した後は……私はどうやって生活する予定だったかな」



 ふと、聖女様が魔王と共に封印される前の事を思い出す。

 そうだ、平和になったら……魔王を討伐したら静かに農村で暮らそうと思っていたんだ。

 各国の王達はこぞって姫を与えようとしたが、私には聖女様がいてくだされば充分だった。

 聖女様は平和になった世界の村の教会で人々を導き、私は一人の農民として聖女様を見守ろうと思っていた事を思い出す。


 そして、今の私は正に村人のようなものではないか。


 勇者でもなく、小雪と言う少女に生まれ変わったのだ。

 ならば、この異世界で好きなように生きることも出来るじゃないか。



 もう世界を救う事もせずともいいのだ。

 聖女様も近くにいて下さる。

 私の望んだ世界に、私は生きているのだ。



 そう思えたとき、目の前にいた者とぶつかってしまった。

 どうやら余所見をしていたらしい。



「ごめんなさい!」

「あ?」

「あ!」



 目の前にいたのは長谷川だった。

 どうやらお供の者たちがいない様だが一人だろうか。



「祐一郎の妹の……一人か」

「おじいちゃんといっしょにきたんだもん」

「爺が見当たらないけど?」

「ちょっとここまであそびにきただけだもん、かえる」



 そう言って踵を返した途端、私の身体は宙に浮いた。



「まぁ待てよ。毎回お前のクソ兄貴に邪魔されて本当、イライラしてんだわ」

「はなしてよー!!」

「丁度良くストレス発散するにはお前が良いかもな!」



 ストレス発散とは一体私に何をすると言うのだ!?

 何度も暴れたが三歳の身体では思うようにも動かず、必死に「はなして!」と叫んでいたその時――場内放送が流れた。



『東小雪ちゃんを探しています。三歳くらいの女の子で茶色の髪をお団子にております。浴衣の色はオレンジの花柄です。お見かけになった方は――』



 その放送が流れた瞬間、露店の男達は私を見つめた。

 口を押える長谷川の手に噛み付き、手が離れた途端叫んだ。



「わたしがこゆきです! たすけて!! このひとおにいちゃんじゃないの!」

「ちょっと坊主!」



 私の言葉に露店の人たちが飛び出してきたが、それと同時に長谷川も私を抱き上げたまま逃走した。

 その間必死に「はなして!」「わたしがこゆきです!」「たすけて!」何度も叫んだ。

 何人もの人たちが追いかけてきてくれたけれど、人だかりの道では大人たちは追いつくことが出来なかった。



「たすけて!! たすけて!! だれかたすけて!! おねがい!!」



 声が枯れそうになるほど叫んだ頃、長谷川は祭りの会場から抜けた河川敷へと連れて行かれた。

 流れが早いと有名な川は、私が落ちてしまえば流されてしまうだろう。

 薄暗がりの中、長谷川は私を連れて川へと入っていく。



 この身体は泳げない。

 ましてや浴衣を着ているのだから、前世の記憶を頼りに泳ごうとしても難しいだろう。



「お前には罪は無いかも知れねぇけどな……お前の兄貴が俺を馬鹿にするのが悪いんだ……怨むならクソ兄貴を怨めよ」

「やだ! やだぁああ!!」



 何度も叫んだが、背の高い長谷川の腰付近まで水がある場所に連れて行かれると、私は放り出されるように川へと投げ出された。



「あはははは!! これでアイツが泣く顔が見れるな! 死ね! 死ね!!」



 川に流されまいと必死に動く私をみて「死ね」と連呼する長谷川。


 この世界は平和だったのではなかったのか!?

 人が殺されることも無く、争いもなく、だってお爺様の会話ではそんな話聞かなかった!



 ――助けて!!



 もう直ぐで沈みそうな時だった。

 ――誰かが飛び込んでくる音が聴こえた。

 暗くてよく見えないが、掴んだ手を握り締めると私を抱き寄せてくれた。


「小雪ちゃん!」

「!」


 必死にもがきながらも目を開けると、そこには甚平の上着を脱ぎすてたアキラが私を抱き寄せ必死に河川敷に戻ろうとしてくれていた。


「大丈夫だぞ、もう直ぐだ!」

「アキ……ラくん!」

「もう直ぐ大人も……ップ! ユウも来るからな!」



 アキラは確かプール教室に通っていると前に聞いたことがある。

 何とかアキラの足が付くまでの深さまで辿り着くと、長谷川がラムネ瓶を持って立っていた。

 思わずアキラにしがみ付くと、アキラは息も切れ切れに私を下ろし、まるで隠すように前に立った。



「長谷川の兄ちゃん、流石にやりすぎだ」

「うるせぇ!! そいつを殺そうとしたのに……もう少しで死にそうだったのにテメェが邪魔するから!!」

「当たり前だろ! 小雪は俺にとっても大事な妹みたいなものなんだから!」

「ふざけるな!!」

「お前こそいい加減にしろよ! 人殺しになるつもりだったのかよ!!」



 アキラの大きな声に長谷川はラムネ瓶を何度か振り回して歩み寄ってくる。

 あの眼は本気で相手を殺すときの眼だ!!



「アキラくんにげて!」

「小雪を置いて逃げられるわけ無いだろ!」



 構えるアキラ……ラムネ瓶のガラス玉が音を立てた。

 振り下ろされる瓶が光った途端――私の顔に赤い血が付いた。



「―――っ」

「きゃぁああああ!!」



 うずくまるアキラに身体が思うように動かず、私は悲鳴を上げた。

 それでも二回目、振り下ろされようとした瓶は私を狙っているのがわかる。

 目を強く閉じ、衝撃と痛みに耐えようとしたが――強く抱きしめられ私はアキラに守られたのだ。



 ポタリ……ポタリと流れ落ちるアキラの血。

 ガタガタと震える情けない私の身体……だがアキラくんはそんな私を見つめて、何時ものように笑ったのだ。



 涙が溢れ出る。

 アキラ、アキラ、アキラ、アキラ!!

 声に鳴らない叫び声を上げたその時――ガラス瓶が割れる音が聴こえた。

 私の上に覆いかぶさるように倒れこむアキラからは血が噴出すように流れ落ちてくる。



「やぁぁあああ!!」



 ――私は喉がつぶれそうな程の悲鳴を上げた。






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(アキラ たおれる!)

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