騎士(ナイト) 7
アヒムの剣先が、レンの鼻先に届こうとした瞬間、それまで全く動かなかったレンが瞬時に反応する。
剣の進む軌道に合わせてのけ反るように後ろに倒れ剣をやり過ごす。
しかしアヒムの剣はそのまま下になったレンの顔、目掛けて無理矢理、下に叩きつけるように振り下ろされる。
それをのけ反ったままの半身で体を捻りかわすと、そのまま回転をつけたまま剣を鞘から貫きアヒムに向かって切り付ける。
しかし、アヒムもそれを判っていたようで、振り下ろしたはずの剣を途中で止め、またしても無理矢理に向きを変え、左手一本で振り上げる。
「キィーンン!!」
剣が打ち合う金属音が中庭に響き渡る。
弾かれた双方の剣に合わせ、レンとアヒムが弾かれるように後方に下がり、そのまま向き合って止まった。
「「「おぉおおーーー!!!」」」
二人の初手の打ち合いに観客となっている貴族達から歓声があがる。
「凄い! さすがアヒム殿下! スバイメル帝国でも5本指と言われる剣士だけの事はある!」
「あのスピード! さすがですな!」
「でも、システィーヌ様のご子息もどうして! なかなかやりますな!」
「少し押され気味ではあるがちゃんとついて行っておられる」
貴族達はそれぞれ二人の戦いの感想をのべ合う。
噂通りの強さを見せるアヒム殿下に、予想以上に善戦するレンの二人を讃える者が多かったが、中にはアヒム殿下が手加減していると見る者も多かった。
どちらにしてもこの目にも止まらぬ早い展開の応酬にざわめきたっていた。
そんな中で、リーシェンとカーナは険しい顔つきで自分の主人であるレンを見つめていた。
「カーナ、どう思う?」
リーシェンの問いにカーナは小さく頷いた。
「リーシェン先輩と同じだと思います」
二人は互いに見合いってもう一度頷く。
「「遅すぎる」」
言葉を重ね二人は今の攻防に違和感を覚えていた。
「普段のレン様の動きじゃない。完全に相手のスピードに合わせているよ」
カーナは、剣を構えるレンを見つめた後、リーシェンへ向き直り返事を待った。
リーシェンはカーナの言葉にすぐには返答しなかった。
(確かにいつものレン様とは程遠い、スピードだし剣技も稚拙。明らかにいつもと違う。)
リーシェンとカーナの目の前で起こっている状況は、自分達の想い描く主人からは想像も出来なかった。
「「でも、」」
それでも二人には確信があった。
「リーシェンさん、レン様は大丈夫でしょうか?」
リーシェンやカーナの雰囲気に不安を感じたのかファルシアが尋ねてきた。
「姫様。申し訳ありません。不安にさせてしまいましたか?」
「はい、私には凄すぎて解りませんが何か問題でもあるのですか?」
リーシェンは姫様に心配させた事を反省するが、レンを心配してくださる事が嬉しかった。
「大丈夫ですよ。レン様の顔を見てください」
リーシェンに言われてシアは中央で立つレンの顔をよく見ようと目を凝らす。
「笑って? おられる?」
「はい、あの表情の時のレン様は、何か企んでいる顔ですよ」
今度はカーナがシアに話しかける。
「そうなのですか?」
「はい、ですから大丈夫です。姫様はレン様を信じて待っていてあげて下さい」
カーナの断言する言葉に安心するシアだったが一方でそこまでレンを信じきれるリーシェンとカーナが羨ましかった。
「私も、お二人の様になれますでしょうか?」
「それは私共では解りません。シア様次第です」
「そうよ、姫様のそうなりたいと思う気持ちが一番大事ですよ」
二人の言葉を真剣に聞くシア姫。
「解りました! 私、レン様を信じます! お二人に負けません!」
三人は微笑み頷くともう一度レンの方を向き直る。
再び広場中央。
アヒム殿下は、相対するレンを牽制しているように見せかけながら考える。
(さて、思ったより動くじゃないか。私の制御が追いつかない。本当だったらその美しい顔に血筋が一つや二つ出来てたはずなんだがな。子供とはいえ剣聖システィーヌの子と云う事か。まあ良い、ここまで見せておけば周りの貴族達も納得するだろうよ。)
「なかなかやるじゃないか! レンティエンス君! この僕とここまで戦えたんだ誇って良いよ。ただファルシア姫の近衛としてはやはり今一つだ。踏み込みが浅い、剣の重さが足らない、体捌きが未熟、これでは一対一ならともかく復数人相手では対応出来ないよ」
いかにも好青年が相手の未熟を悟らせている様な物言いに、ここにいる貴族達にはアヒム殿下が器の大きい男の様に見えていた。
但し、審判をしているボルトールは違った。
(思ったより動けるな、アヒム殿下。口先だけかと思ったがそうでもないようだ。しかしスバイメル帝国の5本指とは些か誇張しすぎだな。この程度なら内の騎士団の中にも何人かは居るぞ? まさか加護の力を使っているのか? もしそうなら剣士としては最低でしかないが、そうなるとレンティエンス君がジルデバル陣営に取り込まれるのは少しばかり面白くないが、さて、どうしたものか)
ボルトール侯爵は伊達に王国第一騎士団と第二騎士団を纏める将軍ではなかったようだ。冷静に分析しアヒム殿下の強さの真相を見抜いていた。
「さあ、レンティエンス君どうだね? この辺で私との戦いは止めて君の力量の無さを認めたらどうかな?」
あくまでも好青年を演じるアヒム殿下に感嘆の声が上がる。
すると今まで、剣を向け臨戦体制のままだったレンがその刀を降ろしてしまった。
その動きにアヒム殿下は、笑みを浮かべるとゆっくりとレンに近づいて行った。
二人の距離が手を伸ばせば届くくらいまで近寄るとレンはアヒムに向かって顔を上げた。
(これは、思った以上に美しいじゃないか。これで本当に男なのか? これは玩具にしたら当分楽しめそうだ。)
心の中で舌なめずりするアヒム殿下だった。
「さあ、レンティエンス君、負けを認めるかね?」
両手を大きく広げ、周囲にもわざと大きな声で大仰に言ってみせる。
「アヒム殿下、私は、あなたの力を侮っていました。深くお詫び申し上げます」
レンは自分よりも背の高いアヒム殿下を見上げながら謝罪の言葉をのべ始めた。
「私は剣を母システィーヌより教わり、それなりに自信があったのですが、アヒム様の前ではそれも虚しく小さな自信でしかないことを思い知らされました」
「いやいや、レンティエンス君、そこまで自分を陥れるものではないよ。君は十分に強かった。ただ私の方がその上をいっていただけの事だよ」
「いいえ、アヒム様の王族に相応しい理性ある顔立ちとその力強い瞳を見ただけで私は萎縮してしまったようです。さすがはスバイメル帝国にこの人在りと言われるお方です」
「ハハハ!判ってるではないか。レンティエンス君! 君はなかなかに人を見る目があるようだ!」
「そんな、私ごときがそのようなお褒めに預かるのはもったいない。それに比べ、アヒム様の寛大なるお心に深く感銘いたしました」
「そうか、そうか! そなたには私のことがその様に思えるのか?」
「はい、その魅惑の瞳の力は絶大なものがあると私は確信しております」
「はははは! そうだろう。 この力があれば私は無敵だ! 君も私についてくれば、それなりに良い思いをさせてあげるぞ!」
「ありがとうございます! アヒム様! その魅惑の眼差しは本当に無敵でございますね」
「そうさ! この加護の力があれば私は誰にも負けはしない! それが剣聖といえどもだ!」
「そうでしょう、そうでしょう、加護の力で相手を支配すれば、どんな剣士でも勝てませんよね? 殿下」
「はは!良く分かってるじゃないか。そうだともこの加護の・・・・え?」
「どうしました? ア・ヒ・ム・さ・ま」
美しい男の子の微笑みに、アヒムは冷や汗が流れるのを感じていた。
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