第51話 灰色
「ケガ人はこの人ひとりですか!?」
「はい!」
「すぐ運びます! ご家族の連絡先がわかればそちらから連絡をお願いします!」
「わ、わかりました」
救急隊員が
「
「少なくとも部室にはいなかった。
岸本が部室を飛び出した時には既に錆川も姿を消していた。何度も電話したが繋がらなかった。
「青田、倉敷先輩を頼んだぞ。俺は今度こそ錆川と決着をつけに行く」
「……わかった。無理するんじゃねえぞ」
青田が何かの言葉を呑み込んだのを見て、俺は決意を新たにして錆川を探しに校内に戻った。
数分後、手芸部の部室に入るとアキが戸惑った顔で声をかけてきた。
「佐久間くん!? なんか救急車の音が聞こえたんだけど大丈夫だった?」
「それより錆川を見なかったか? いつの間にかいなくなったんだ」
「え? た、大変じゃんそれ! 私たちも一緒に探すよ!」
「ああ、頼む!」
どちらにしろここに錆川はいなかった。何としても岸本よりも先に見つけなければいけない。
しかしどうする? アキたち手芸部の面々に協力してもらっても、手がかりがない以上はしらみつぶしに探すしかないが……
「ん、着信?
『佐久間くん! 今はどちらにいますの!?』
「手芸部の部室だ! アキと一緒に錆川を探してる!」
『それなのですが、錆川さんがこっちに……あうっ!』
「蜜蝋さん? おい!?」
悲鳴のような声の後に通話は途切れてしまった。
「おいアキ、蜜蝋さんがやばい。保健室に向かうぞ」
「え? な、なんで
「わからない。どちらにしろ錆川も蜜蝋さんの近くにいる。急ぐぞ!」
「う、うん!」
なんで錆川が蜜蝋さんのところに行ったのかはわからない。だが今の錆川を放っておくわけにもいかない。
※※※
保健室の扉には「席を外しています」という札がかけられていた。どうやら養護教諭はいないようだ。
「蜜蝋さん、入るぞ!」
扉を開けた先には保健室のベッドに腰かけている蜜蝋さんと……
「……来ましたか、佐久間くん」
その背中側から抱き着くように密着する錆川がいた。
「錆川、アンタは……」
「覚えていますか? 私が佐久間くんのお怪我を初めて『肩代わり』させていただいた時のことを」
初めて『肩代わり』してもらった時?
「その時もこの保健室で『肩代わり』させてもらいました……ええ、私はずっと覚えています……」
「俺がバットで殴られた時か。だけどそれがなんだって言うんだ」
「……あなたがどんなに傷を負っても、この私が『肩代わり』致します……あなただけではありません……蜜蝋さんでも
「だからそれがなんだって……」
「なのにどうしてあなたも蜜蝋さんも、私から苦痛を奪うのですか?」
錆川はその手に力をこめて、蜜蝋さんの腕を握った。
「っ!!」
「痛いですか、蜜蝋さん? なんであなたが痛いんですか? 私が『肩代わり』すればそんな痛みなんて感じないでしょう?」
「そうなったら……あなたがその痛みを背負ってしまいます。私はそれを避けたいと、そう願っているのですわ」
「そんなことは望んでいません。私が全ての痛みを背負えば、それでいいんです」
錆川の顔には今まで見たことがないほどに、怒りが宿っていた。
「私に『肩代わり』できない痛みなどありません。あってはならないのです。それだけが私の存在意義なのに、あなたたちは私からそれを奪うのですか?」
確かに錆川にとってはそれが存在意義なんだろう。周りの痛みを肩代わりする『体質』を周囲に認めてもらうしか、自分の存在を肯定できない何かがあったんだろう。
だけど……!
「いい加減にしろよ」
そんな考えは認められない。
「アンタに何があったのかなんて知らない。だがアンタは姉さんの思いも俺の思いも踏みにじっておいて、誰かの痛みを肩代わりした気になっている。アンタのその生き方を姉さんは止めたいと思っていたのに、それを否定し続けている」
いつか倉敷先輩が言っていた。錆川は他人を見下していると。今なら俺にもその発言の意図がわかる。
「他人に痛みを押し付けて『ああよかった』で終わる人間ばかりだと思うなよ」
俺の言葉が気に食わなかったのか、錆川は歯噛みしてこちらを睨んできた。
「そうですか。ですがあなたが何をしようと、私はもうここで終わりです。全部私が悪いのです。私はそう思い続けます」
「いいや、アンタの思い通りにはさせない。それに、もうアンタを救う方法は思いついている」
蜜蝋さんの腕を掴み錆川の手を、さらに上から握った。
「アンタが肩代わりしていた俺の怪我、返してもらうぞ」
「……!」
これから起こるであろう出来事を覚悟し、俺は歯を食いしばった。
「ん、ぐううううううううううっ!」
頭と背中に激痛が走り、叫びそうになるのを必死に堪える。しかしまだ足りない。錆川の負担を軽くするには、まだ足りない。
「は、放してください!」
「錆川さん、私にも返してもらいますわ」
「え?」
「……! ああっ!!」
蜜蝋さんの声が聞こえた直後、彼女も声を押し殺して苦痛に耐えるような呻きを上げた。
「やめてください……なんでこんなことを……私は、私が全て抱えて死ねばいいと言ってるじゃないですか。なんであなたたちがそこまでするんですか? なんで私の痛みをあなたたちが背負うんですか?」
「これが今までアンタがやってきたことだ。そしてアンタのその苦しみは決して周りに押し付けられない。今までアンタが俺たちの苦しみを肩代わりできていなかったように」
「そんなわけがありません。あなたがたの痛みは全て肩代わりできています。私は、私に肩代わりできない痛みなんて……!」
錆川の力が強まり、俺たちは強制的に引きはがされた。
「はあ、はあ、はあ……!」
「どうやら……成功したみたいだな」
「なんで、なんであなたたちにお怪我が帰っていったのですか……!? 私がやろうと思わなければ、こんなことにならないはずです!」
「アンタのその『体質』はアンタが怪我を肩代わりできると認識しなきゃ発動しない。だから逆に俺たちの方からアンタに触れれば、怪我は元の持ち主に返ってくると思ったんだ」
「理由になっていません。なんで佐久間くんが私に触れれば……」
「アンタは他人の苦痛を肩代わりできるような奇跡なんて起こせない、単なる人間だと思っているからだ」
「……!!」
そう、もう俺たちは錆川
自分の存在理由を見い出せず、生きる道に迷っているだけのただの人間だ。
「力が強くなってきたということは、アンタの負担も軽くなってきたってことだ。自分の姿を見てみろ」
「え……?」
錆川は壁にかかっていた鏡を見る。
「あ……!」
そこに映っていたのは、髪の色が白から灰色に変化していた錆川の姿だった。
「そしてアンタはもう誰の痛みも肩代わりできない。もうアンタに肩代わりを頼む人間なんていない。岸本ももう学校にはいられないだろうからな」
「そんな……いやです、私は……
「アンタはもう、誰の痛みも抱え込めず、誰にも痛みを押し付けられない」
その事実を伝えた直後。
「裕子先輩の言うことが……正しかった……? 私のことが大嫌いのはずの……裕子先輩が……?」
錆川の両目から涙が溢れ出して、最後の決着がついた。
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