夢のような話
作:蜜売家偽薬
——これは、あるカップルと、小さなお人形さんの、夢のような物語。
ある一組のカップルが、お付き合いが続いてお互いのことを分かってきたころ、
「二人で一緒に住まないか?」と、彼氏さんが言いました。
彼女さんは大喜び。さっそく、一緒に住むのにお互い必要なものはなにかというお話が上がります。
「一つだけ、絶対に持っていきたいものがあるの」 彼女さんは言いました。
「なんだい?」 「私、小さいときから大事にしていた人形があって・・・」
「なんだ、そんなことか」 「私の何より大事なたからものなの」
その言葉に彼氏さんは少しだけムッとしました。本当に少しだけでしたが。
自分を差し置いて、その人形が『一番大事なもの』と言われたことに対して嫉妬をしてしまったのです。
彼氏さんは、「いいよ」と一言だけ返しました。
——一緒に住むことになって初めての夜。彼女さんも寝静まったころに、彼氏さんはそーっとベッドを離れて、リビングの人形が飾ってある棚へと向かいました。
人形は木でできていて、かわいらしいような、かっこいいような、なんだか不思議な風ぼうをしています。
「なるほど、確かにこれは不思議な人形だなぁ」 彼氏さんはつぶやきました。
「でも、お前なんかには絶対にまけないからな、僕が彼女の一番になるんだ」 彼氏さんはそうつぶやいて、ベッドへと帰ろうとしました。
「ちょっと待って。もう少しおはなししようよ」 後ろから声が聞こえました。
「ぼくもおしゃべりしてみたかったんだ!」 「に、人形が喋った!!!」
「なんで人形が喋るんだ……?」 「彼女さんが毎日ぼくのことを大切にしてくれたからかな……ある日彼女さんが『君とおしゃべりできたらいいのにね』って言ったよるから、不思議と喋れるようになったんだ」
「彼女は君が喋れるって知ってるの……?」 彼氏さんはおそるおそる訪ねました。
「ううん……ぼくがしゃべれるようになるのはよるの暗いじかんだけで、その時にはもう彼女さんはねちゃってたから……」
「だから、いま初めておしゃべりできたことが本当にうれしくて!もしよかったら……たまにぼくとおしゃべりしてくれないかな……?」
彼氏さんは、最初は怖がっていましたが、楽しそうに喋るお人形さんがだんだんとかわいらしく見えてきて、最終的には、「彼女の大事な人形だし、お喋りくらいはしてあげようかな」と思うようになりました。
それから少しずつ、彼氏さんはお人形さんとお話をするようになりました。
最初はお人形さんのことを聞いたり、昔の彼氏さんと彼女さんのお話をしたり。
仲良くなるにつれて、彼氏さんは自分の将来の話をするようになりました。
彼氏さんの夢はいつもきらきらしていて、お人形さんもワクワクしながら彼氏さんの話を聞いていました。
——すると、不思議なこと起こったのです。
彼氏さんが「僕は将来はお金持ちになって豪邸に住むんだ!」と言うと、蛍光灯はシャンデリアに、カーペットは毛皮の絨毯に変わりました。
「とても高いマンションの最上階に住んでみたいなぁ!」と言うと、窓の外の風景がどんどん高くなっていって、スカイツリーと並ぶほどの高さになりました。
けれども彼氏さんは、夢で頭がいっぱいで、部屋が変わっている事には気づきません。そしてそのまま眠ってしまい、目覚めたころには、部屋はまたもとの姿に戻っているのでした。
お人形さんはそのことに気づいていましたが、彼氏さんにそれを伝えることはありませんでした。部屋が変わるのは夜中だけだし、彼氏さんのお話を邪魔したくなかったのです。
お人形さんは、彼氏さんのお喋りの時間が何より大好きになっていたのでした。
——彼氏さんともっとなかよくなれたらなあ。彼氏さんとずっといっしょにいれたらなあ。
今日も彼氏さんのお話を聞きながら、お人形さんは思いました。
でもお人形さんはお人形です。お話が出来るだけのお人形です。真夜中だけ彼氏さんの願いを叶えられるだけの、お人形です。
「……わたしが話せるようになったのは、それが彼女さんのお願いごとだったからなのかな?」 もし”この人形”が、真夜中だけお願いごとをかなえてくれるものなら……?
彼氏さんの夢の話をさえぎって、お人形さんは言いました。
「私、将来はあなたのお嫁さんになるの」
(めでたし、めでたし。)
【追記】
作:蜜売家偽薬
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