社命 中世イタリアで三年半生き延びろ
夜澄大曜
【序章】決戦の朝
【序章】
誰かが僕の名を呼んだ。
深い眠りの底から意識が引き上げられていく。
しかし、覚醒するギリギリで、本能がそれを拒絶した。
嫌だ。
目を開ければ、一日が始まってしまう。
出社したくない。
「――
目が覚める。
脳が一気に現実に追いつく。
僕はブラック企業に勤める会社員ではない。
いまは、一四九九年。
ここは、イタリア半島の中部に位置するトスカーナ地方。
都市国家ピサの郊外だ。
右手が熱いと思ったら、布張りのテントの隙間から陽の筋が伸びて、そこに当たっていた。
外に立つ部下の影が、テントの壁にくっきり映っている。
「茶山さん? こんな状況でも爆睡できるの、凄いですね。ぐうぐう
声を聞いているだけで、彼女の呆れ顔が目に浮かぶ。
上司に向かって、この暴言――朝から平常運転のようだ。
「ごめん、起きた。完全に起きた」
「ロンバルディア方面を探っていた偵察部隊が、南下する大軍を発見しました。ルイ十二世
フランス王ルイ十二世は、
「すぐに移動の準備を――」
「身内にはもう指示を出しています。茶山さんも、すぐに支度を。一応、共和国軍の
テントの隙間から手が入ってきて、木の器に入ったスープを置いていった。
食欲をそそるトマトの匂いが漂う。
人影がサッと
僕は器を拾い、テントから出た。
陽射しの強さに、一瞬、目が
なだらかな丘の斜面を埋め尽くす、人、人、人。
既に整列を終えて点呼をしている隊、まだ朝食の後片付けをしている隊――
てんでバラバラだ。
武器を手にしていなければ、ピクニックに見えたかもしれない。
その武器も、剣や槍、火縄銃のほか、チラホラと農具が混じっている。
顔にあどけなさの残る若者や女性の姿も少なくない。
こんな
テントの傍では、男女ともビジネススーツを着た部下たちが集合しつつあった。
柔らかな風に、『社畜』の二文字を白抜きにした紺色の旗がなびいている。
この中世の世界で、明らかに浮いている一団だった。
スープを一口飲んだ。
まだ温かい。
トマトの酸味とベーコンの甘さが、口いっぱいに広がった。
いまから戦争をするなんて、嘘みたいだ。
遠く、古都ピサの市壁が見えている。
僕たちはその壁に触れることなく、この地を去る。
追ってくるのは、フランス軍。
伝統的な騎兵とスイス傭兵団の歩兵で構成された『最強』と
そんな相手に、素人の集団で一戦まじえなくてはならない。
耳の奥に、迫りくる騎馬隊の
怖い。
それでも――
数々の犠牲を払って、ようやくここまでたどりついたのだ。
二十一世紀に戻るためには、ここで敗れ、死ぬわけにはいかない。
僕は奇妙な三年半を振り返った。
すべての始まりは、あの日――
社長のいつものムチャブリから始まった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます