第2話 妖術

「ギュアアアア!」


 その妖怪は大きく叫び、そのせいで走っていた俺の体は硬直する。

 すかさず一直線に突撃してくる妖怪を、ほんの数センチでかわす。俺に攻撃が命中しなかったので、妖怪は後ろの大木に激突し、何本か木が折れる。


 この妖怪は力こそ強いが、頭が悪いのだろう。

 これなら、倒せる!

 そう考えていたときだった。


 シュルルルルル!


 妖怪の口から巨大な糸が放出される。


「そんな糸なんて燃やしてやるよ!」


 俺の剣身がもう一度熱くなり、炎が纏う。

 神剣は神の力が宿っているので、こういう風に普通の剣では起こり得ない特殊な現象が生じる。俺の神剣には炎を司る神"アモン"の力が宿っている。また、この力は修行すればどんどんと強化されていくのだ。


 剣が糸とぶつかり、周りの炎が当たる。

 よし、と心の中でガッツポーズを決める。

 炎が糸に燃え移り、蜘蛛の胴体へと向かっていき、炎の渦に飲み込まれる……。


 はずだった。

 糸は炎に当たるだけで燃えない。

 俺は咄嗟に剣を縦に振る。


「神剣術・円鉄斬えんてつぎり!!」


 剣は高速で蜘蛛の糸を細かく分離させる。

 神剣術とは、神剣に宿る力によって、攻撃が変化するという術である。


 円鉄斬りは、俺の神剣では普通より三倍程のスピードで剣を振ることが出来る。

 再び蜘蛛の糸が俺に向かって飛んでくる。

 俺は体を捻り、剣を強く握る。


「神剣術・神吹雪かみふぶき!」


 剣を糸に切りつけると、その斬撃の周囲に火の粉が飛び散る。

 糸を完全に切り離すと同時に、周囲の火の粉が何度も糸に当たるが、今度も当たるだけで燃えない。


「カミリ! そいつは妖怪"大毛蜘蛛"、妖術を使う! そいつの妖術は火や水、雷をも無効化する"防糸"だよ!」


 ハクビはそれを伝えると、上空へ避難する。

 大毛蜘蛛は糸を吹き出すが、俺はそれを左にそらす。

 俺は地を蹴り、大毛蜘蛛の目の付近に移動する。

 後ろからは左にそらした糸がこちらに向かって来ている。糸は飛ばした後も自由自在に操れるようだ。

 俺は素早い一撃を繰り出す。


「神剣術・円鉄斬り!」


 俺の背中と数センチ程の距離で止まった糸は、ゆっくりと地面へ落ちた。

 大毛蜘蛛の切断された部分からは紫色の血がすごい勢いで吹き出している。


「よくやったねぇ、カミリ」


 状況から判断し、俺が倒したのだと分かると、すぐさまこちらへ向かってくる。

 と、その瞬間。


 大毛蜘蛛の胴体部分から、大量の糸が放出される。

 その1部に引っかかってしまったハクビは、身動きが取れなくなってしまった。


「ハクビ、大丈夫か?」


 ハクビの元へ駆け寄り、安全な場所へ運ぶ。ハクビは糸を解くように言ったが、そんな時間はない。死んだはずの大毛蜘蛛から、とてつもない量の殺気が感じられる。

 大毛蜘蛛から出た糸は全て胴体に絡み付き、白い大きな球体となった。


 シュルルルル!


 毛糸玉と化した胴体から十本の糸が俺に向かってきた。

 俺は剣を振り回すも先程とは威力も強度も速度も桁違いに上がっている。

 俺の体のかすり傷が段々と増えていく。

 糸を斬っても、またさらに違う糸が出てくる。


 防戦一方となっていたとき、突然ピタリと攻撃が止んだ。止んだというより、止めたといった方が正しいかもしれない。

 新たに糸が出てきて、、その数は三十前後だった。

 俺は構えをとる。


 来る……!

 全ての糸が俺に猛スピードで振りかかる。

 地面に叩きつけられた糸が、土埃を立たせる。

 数十秒間の攻撃の羅列が、またも突然ピタリと止まる。

 もう一度、攻撃の準備に入ったのだ。


 俺の服は散り散りに破け、体からは大量の血が流れていた。

 傷は深くないものばかりだが、全身に激痛が走る。

 俺がこの間に近づいて斬ろうとしても、多分あの毛糸玉の装甲には傷一つ付けることが出来ないだろう。


 どうする、このままでは確実に死ぬ。

 こうなれば、相手の向かってくる糸を斬った上で隙をつき、近づこう。攻撃に糸を使っているときは、装甲も多少壊れやすいはずだ。


 時間が来た。

 またも同じ攻撃で、糸が猛スピードで向かってくる。

 目の前には糸が二、三本あり、その奥の方はぽっかりとスペースが空いていた。

 今だ!!

 目の前の糸にめがけて、剣を振る。


 キン!


 ……弾かれた。

 考えが甘かった。よく考えてみれば、一番目の攻撃よりも二番目の今の攻撃の方が直前の準備の時間が明らかに長かった。その分、ステータスは大幅に上昇しているはずだ。


 俺の剣を弾いた糸が、今度は俺を貫こうと近づいてくる。その瞬間、周りのものがスローモーションになり、頭の中に昔の思い出が映画のように上映されていく。


 これが走馬灯か、初めて見た。

 走馬灯を見ていると、ある一つの思い出が頭に流れ込む。そして、俺はその世界に引き込まれていった。

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