第10話 鉱山での戦い 1

 ギルドでクエスト受注の手続きを終えた俺とシルフィーは、サリナ先生の家まで戻ってくるなり、ブリオとマーブルを集めた。

「よし、聞いてくれ。今日のクエストはこれだ」

 ギルドカウンターで受け取ってきたクエスト受注書をテーブルに置く。

 それを覗き込んだマーブルは、すでに装備を身につけており、受注書を覗き込みながら弓の弦を弾いた。

「ブースー鉱山内に蔓延るモンスターの排除?」

「そうだ。今回は鉱山の中に入ってのクエスト。とは言っても、基本的には今までと変わらない手法で進んでいく。ただ、今回は…………」

 続いてブリオもじっくりと受注書を見入っている最中に、マーブルは「ハーイハーイ!」と、手を高々と頭上に伸ばした。

「魔法があルネ!」」

「そうだな、サリナ先生に教えてもらった魔法がある。今回の冒険は、覚えたての魔法を積極的に利用してレベルアップを図ろう」

 そのための魔法習得なのだから当然だが、俺自身、早く魔法を使ってみたくて仕方がなかったのだ。

 装備を整えてから、俺たちはサリナ先生の家の庭先に出ると、身体をほぐして準備を進めた。

 俺やマーブルは、魔法を覚えた以外は普段と何も変わらない。装備だって変わらないし、事前にやっておくことがあるわけでもない。

 それに対して、ブリオだけは目に見えて装備品が変わっていた。

 普段の道着に加えて、フード付きのローブを前開きにして着込み、左の腰には魔符の束を入れておくためのホルダー、右の腰には筆記用具や魔符関連の小物が入ったバッグをぶら下げている。さらには大判の魔法陣を収納するための筒まで背負ったその姿は、もはやすっかり魔術師の装いだ。だが、魔術師らしからぬ盛り上がった筋肉に違和感を覚えるのは否めない。

「ブリオ、気合入ってるなぁ」

「そうだろう! 似合ってるだろう!」

 どうやらローブや小道具は、サリナ先生が用意してくれたらしい。

「まあ、ブリオさんったら、素敵ですねぇ」

「そ、そうですかっ!? いやいや、少し気恥ずかしい気もしますが、やはり格好も大事ですからな!」

 サリナ先生に褒められて喜んでいる。正直ちょっと羨ましかった。

 だが、上機嫌なブリオは良い働きをするので、俺は何も言わなかった。マーブルとシルフィーが「ムキムキ魔術師…………」と言って若干引いていることも、今は内緒にしておいた方が良いだろう。

「シルフィー、竜の目の準備はいいか?」

「ちょっと待ってねー…………いた! 鉱山近くの竜蟲を捕捉したよ、オッケー!」

「よし、ではブースー鉱山のモンスター排除クエスト、いくぞ」

「よろしくお願いしまーす!」

 シルフィーの手元にある水晶の中で、遠く離れた鉱山での様子が動き始めた。

 ブースー鉱山は、ファレンシアの経済を支えるレアメタル採掘の一角を担っている鉱山だ。ファレンシアの近隣にはいくつかの鉱山が連なっているのだが、今回のようにモンスター被害を受ける鉱山はたまにある。国王軍や民間冒険者による定期的なパトロールは行われているのだが、今回のブースー鉱山は運悪く、パトロール直後にモンスターが入り込んでしまったらしい。

 水晶の映像を覗き見るに、鉱山内はやはり薄暗くて見通しが利かない状態だった。通路上には鉱山労働者たちの灯したランタンがあったので、明かりが無いわけではないのだが、竜蟲の目を通してみる景色は、ランタンの明かりが強烈に見えて余計に視界を悪くしているようだ。

 竜の目を使った在宅勤務だが、モンスターの瘴気が強い以外にも限界があるのだと知った。このやり方だけに頼るのではなく、今後は他の方法も検討する必要があるだろう。

「みんな! 前方からモンスターが来るよ!」

「何が来る?」

樽蛇バレルスネークだ、三匹来るよ!」

 バレルスネークは、胴回りが二メートル弱もありながら、胴の長さは二・五メートルほどしかない丸々とした体躯をしており、大きな顔を地面に這わせて胴を持ち上げる、逆立ちのような姿勢で移動するユニークなモンスターとして知られている。その立ち姿から、当然尻尾の先端が上部に位置しており、尻尾の先端には毒液を飛ばしたり近接攻撃するための毒針が付いているモンスターだ。

 普段ならこの毒に注意を払いたいところだが、在宅勤務の俺たちには大した問題ではない。

「よし、いつもの通り、出現した魔法陣に攻撃だ。頼むぞシルフィー」

「オッケー! …………と、あれ?」

 シルフィーの言葉が聞こえた直後、俺の目の前に小さな転移魔法が展開された。

 この魔法陣に攻撃を仕掛ければ、いつもの通り攻撃がモンスターに届く。俺は迷うことなく、出現した魔法陣を切り裂いた。

 確かな手応え。攻撃は届いたはずだ。

 しかし。

「シルフィー! 俺の方には魔法陣が出ないぞ」

「アタシの方にも出現しナーイ」

 どうやら俺の前にしか魔法陣が出ていなかったらしい。

「ちょ、ちょっと待ってよ!」

 次に魔法陣が出現したのは、ブリオの目の前だった。

 ブリオは待ってましたと言わんばかりに思いっきり前蹴りを放つと、その爪先にはやはり確かな感触があったらしい。

 しかし、その間は俺とマーブルが何もせずに立ち尽くしていた。

「一人ずつしか魔法陣が出せないのか」

「んーと、実はね…………坑道が広くないから、みんなの前にいくつも魔法陣を出しちゃうと、それぞれの魔法陣が競合バッティングしちゃって危ないんだよね」

 どうやら狭い場所を遠隔冒険するには、こんな弊害があるらしい。

 狭い場所に複数の転移魔法を発動させると、魔法陣同士が重なってしまう恐れがある。転移魔法同士が重なってしまうと、通り道が混線することによって被転移物の衝突事故が起こってしまうのだ。シルフィーはそれを避けたいのだろう。

 被転移物同士の衝突事故は時として恐ろしい結果を招く。出口で物理的に衝突する程度ならまだマシだが、転移中の混線によって、物体同士が混ざりあったり消失したりしてしまった事例があるのだ。

 シルフィーは魔法を行使する者として、そういったリスクを回避するように配慮してくれているわけだが、しかし、これでは冒険が遅々として進まないのも事実。

 果たしてどうするべきか。

「おい、イフト。これでは先に進めんぞ。どうする?」

「ちょっと待ってくれ。今考えてる」

 そう言っている間に、シルフィーから更なる現場の状況が伝わってきた。

「イフトー、バレルスネーク達が通り過ぎて行っちゃうよ?」

「え? ちょ、ちょっと引き止めてくれ!」

「無理だよー。竜蟲なんかで止まってくれるわけないよー」

 そりゃそうか。モンスターには俺たちの姿なんて見えてないのだから。モンスター排除が目的のはずなのに、まさか取り逃してしまうとは。

「あ、今度は魔族蝙蝠レッドバットが来る!」

「おい、イフト! 攻撃させろ! いいのか!」

「あ、アタシがとりあえずヤッツけるから! シール魔法陣!」

「バカ者! 俺が魔術を試そうとしてるんだ! 俺に魔法陣を!」

「えー! どうしたらいいのー!? ああああっ!」

 どう対処しようか迷っているシルフィーが、突然悲鳴を一つ。

 何があったのかと彼女を見ると、ひどく落胆した様子で「竜蟲が食べられちゃった…………」と嘆いた。こうなってしまっては、坑道の外で再度竜蟲を捕捉、竜の目に接続して最初からやり直しせざるを得ない。

 今回の冒険は出鼻を挫かれる形での幕開けとなった。

 庭の片隅で、サリナ先生が楽しげに微笑みながら紅茶のおかわりを注いでいた。


◆◆◆◆◆◆


「さて! 気を取り直して行こう!」

 俺の声に、他の三人も「おー!」と声を上げる。

 あまりモタモタしているとクエスト失敗なんてことにもなりかねない。今度こそモンスター排除への第一歩を踏み出さねばならないのだ。

 シルフィーが新しい竜蟲を探している間、俺たちは坑道内での攻撃手順について検討を重ね、ある一つの答えを導き出した。

 それは、攻撃用転移魔法陣の共有だ。

 俺たちが今まで行ってきた在宅勤務は、お互いが十分離れた位置で態勢を整えて、シルフィーが転移魔法をいくつも展開してくれていたから成り立っていた。

 だが、その方法で上手く行っていた理由は、草原や森の中などの広い場所だったからである。シルフィーはバッティングを気にすることなく、自由に魔法陣を出現させられた。

 しかし、今回は狭い坑道の中。転移魔法のバッティングを避けるためには、複数人が同時に魔法陣を攻撃するような状況を避けなければならない。とするならば、シルフィーの出現させる魔法陣を一箇所に集約して、俺たち三人が攻撃の順序やタイミングを図っていく必要があるわけだ。

 そのための陣形が、これだ。

「俺とブリオが前線に立つ。シルフィーは俺とブリオの前に魔法陣を出現させてくれるだけでいい。攻撃のタイミング、誰が手を出すかは、俺とブリオで判断しよう」

「オッケー!」

「マーブルは俺とブリオの後方で待機。坑道内は基本的に一本道で、モンスターが現れる方向は前後のどちらかで決まっている。そのため前線での近接攻防がメインになるから、マーブルは覚えた補助魔法で俺たちをサポートすることに専念してくれ。ただし、さっきのようにレッドバットが飛んでくるような時には、シルフィーと連携して遠くから撃ち落してくれると助かる」

「ラジャーだッ!」

 ということで、仕切り直し。ブースー鉱山クエスト第二幕が始まった。

 少し進むと、早速バレルスネークに出くわした。現地を見ているシルフィー曰く、先ほど撃退し損ねた三匹とのことだ。

「よし、いくぞ!」

 俺とブリオが構える中、目の前に魔法陣が出現。上段に一つ、下段に一つ。

「ブリオ」

「応っ!」

 ブリオに攻撃の指示を出しながら、俺は覚えたての魔法でブリオの攻撃力を上昇させた。

 直後に繰り出される彼の技は、魔法陣を通して現地のモンスターを鋭く穿つ。

「ブリオいいよ! 一匹ダウン!」

 シルフィーは声援とともに、次々と転移魔法陣を出現させた。

 それらを次々と攻撃していくブリオ。そして彼の手足が届かない範囲を、俺の剣で漏らさず撃破していく。

「イフト! 騒ぎを聞きつけて他のバレルスネークが集まってきた!」

「よし、マーブル、連中を足止めしてくれ!」

「ラジャー! 幻覚催眠ヒップノス!」

 マーブルが幻覚魔法を唱えながら、一握りの粉を魔法陣に放り込んだ。

「いいよ! バレルスネークが混乱して味方を攻撃し始めた!」

 シルフィーから報告を受けて、マーブルの魔法がうまくいったことを確認する。

 マーブルは掴んだ粉、もとい“霊樹の灰”に魔法をかけ、それを魔法陣からモンスター達へと振りかけていたのだ。攻撃力強化や幻覚魔法などの指向性を持たない魔法は、今のようにして届けるらしい。

 バレルスネークが混乱している間に、ブリオと俺はモンスター達を次々と攻撃していく。とは言え、やることと言えば目の前に出現する魔法陣への攻撃だ。

 魔法陣の数や攻撃回数が少ないことから、今までのような広い場所での遠隔冒険に比べると、冒険の進行は遅い。

 それでも、クエストをこなせていることは間違いなかった。

「マーブルいいぞ! もっと魔法をかけてやれ!」

「オッケーだよ! 空腹誘発ヌーン!」

「…………イフト、ばれるスネーク達が空腹になった!」

「そういう無駄なことはしなくていい」

 マーブルの謎の魔法はさておき、メンバーがそれぞれ魔法を覚えたのは思っていた以上に良かった。

 バレルスネーク以外にも、レッドバットが飛来してきたところで対処は変わらない。一箇所でモンスター達を退治した後は、坑道の更に奥へと進んでいき、そこでまたモンスター達の数を減らしてく。

 最初こそ不安だった鉱山での遠隔冒険も、慣れてくると順調に進めることができた。

 ある程度進んだところで、サリナ先生がシルフィーの隣に歩み寄って、水晶を覗き込んだ。

「まあすごい。思っていた以上にうまくいくものなんですねぇ」

 モンスター達の侵攻が止まったところで、俺はサリナ先生の方に向き直って言った。

「初めて在宅での冒険をやってみた時に比べると、今ではそれぞれ動きもぎこちなさが無くなってきて、ずっと楽になりました。何事も数をこなすことですね」

「その通りね。こういう冒険の仕方は本当に改革ですね」

 そう言いながらも、サリナ先生がゆっくりと首を傾げた。

「ねえ? 首領格ボスを相手にする際はどうするの?」

 彼女の言葉を聞いて、シルフィーとマーブルはポカンとした様子を見せていたが、俺とブリオは苦虫を噛み潰したように表情を歪めた。

 痛いところを突かれたものだ。確かに俺たちは、今まで低級モンスター達相手にしか在宅勤務をしていない。

 それは、このスタイルに慣れるまではと、あえてそういう風にしてきたからなのだが。

「サリナ先生、やっぱり気が付きましたね」

「ええ。だってバレルスネークもレッドバットも、人がいるような鉱山に入り込んでくるモンスターではないもの」

 その通りだ。

 鉱山でのモンスタートラブルで最も多いパターンは、餌となる獲物、つまり人間を求めてモンスターが侵攻してくる場合。

 しかし、この二種はどちらかと言うと森で人間を襲ってくる種類で、鉱山などに入り込むことは無いのだ。

 そこから導き出される可能性があるとすれば一つ。

「この鉱山の中には、モンスター達を引き込んだボスがいる。そういうことでしょう?」

「ええ、たぶん」

 クエスト受注時には、モンスターの種別までは分からなかったから、そこまで考えが及ばなかった。

「ねえイフト、どうしよう?」

「在宅でボスなんてやっつけラレルカナ?」

「心配したところで、いずれは超えなきゃいけない課題だったんだ。やってみるしか無いさ」

 ブリオも同じ考えらしく、表情を厳しくしながら拳を鳴らした。

 在宅勤務による鉱山での冒険は、ここからが本番といったところだろう。


<続>

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