第2話 グロス パーティー プロダクト

 シルフィー・シークヤード。俺たちのパーティーでヒーラーと言う役割を担ってくれている、才能溢れる若き少女。

 十八歳という年齢よりも幼く見える童顔と、母親譲りだと言う綺麗な金髪が特徴の最年少メンバーだ。

 彼女がパーティーに加わってから約二年が経ったわけだが、彼女はつい最近になって新しい冒険の形を実践しはじめた。

「ねえイフト、今日森に出てきたアンデッドは結構強かったんじゃない?」

「おう、そうだな。見た目よりも剣が通りにくくてやりづらかった」

「でしょー? 私の武器強化魔法よかったでしょ!?」

 満面の笑みを浮かべるシルフィーは、自分の武器強化魔法が今日の冒険に役立ったことを誇らしげに話してきた。

 だが、そんな彼女の活躍が目覚ましかった冒険には、当の本人であるシルフィーの姿はなかった。そう、彼女は本日も“自宅勤務”という新しい形で遠隔の支援を施してくれていたからだ。

 そしてそんな彼女の働きを快く思わないのは、同じパーティーメンバーのブリオだ。

 ブリオ・ノックス。四十二歳の武闘家。俺と共にこのパーティーを作った初期メンバーで、年齢を感じさせない鋼の肉体と、年々後退していく髪の生え際が特徴の男気あふれる人物である。

 だが、時々シルフィーと意見が合わずに言い争うことがある。その原因の多くは大抵の場合、親子ほどに離れた年齢差から生じる価値観の違いと言うやつで、要は古いタイプの人間であるブリオと、今時の流れを柔軟に取り込んで行くシルフィーが相容れない時がある、ということに起因する。

 俺たちは今、行きつけの酒場にメンバー全員でやってきている。冒険を終えた後は必ずと言っていいほどこの店で夕飯、晩酌をするのが常となっているのだ。

 一つの円卓を囲う俺とブリオとシルフィー。そしてもう一人のパーティーメンバーの四人は、今夜も程よい具合に酒が入っている。

 と言ってもシルフィーはアルコールが苦手らしく飲めないのだが。

「あ、マーブル戻ってきた。じゃあ私もちょっとお手洗いに」

 そう言ってシルフィーが席を立つと、入れ替わりでも戻ってきたマーブルが、新しい酒を注文しながら料理にかぶりついた。

 マーブルは弓使いを務める女性メンバーだ。褐色肌とグレーの髪色から分かる通り、彼女は海の向こうから流れ着いてきた異国人の血筋である。二十四歳という若さでありながら、幼少の頃より仕込まれてきたという弓矢の腕前は抜群に良い。

 そして物事をあまり深く考えない素直な性格なので、実はブリオとも仲が良い。

「マーブル、この唐揚げはお前の嫌いな鶏じゃなくて、豚だったぞ」

「え? そうナノ? じゃあ食べる…………ンンっ!?」

「わはは! 騙されたな!」

 仲が良いというか、おもちゃにされがちだ。

 ひとしきり笑ったブリオは本日も、ショットグラスを片手にしながら冒険の振り返りをはじめた。ここのところの話といえば、シルフィーの在宅勤務をひどく非難することばかりである。

「全く、あの子が変わっているのは前々からの話だが、今回は特にひどい。そう思わないか?」

「うーん、まあまだ俺も慣れない部分はあるけどさ、それでもシルフィーのサポートは申し分なく発揮されてるだろう?」

「そうか? 俺は彼女のサポートによる恩恵を未だ受け取っていない。俺から言わせれば、仕事をサボっているようにしか思えんぞ」

 疑いの目を向けているブリオだが、俺が気付いただけでも、今日の冒険では回復七回、肉体強化三回、状態異常回復二回を受けている。ブリオとしては、目の前できちんと“サポートしているぞ”という動きを見せてくれないと、まさか自分が助けてもらっているなど気が付かないのだろう。

 口の中の酒をなかなか呑み込まないまま、じっくりと味わっているブリオ。それは近頃のストレスをゆっくりと溶かしているような仕草で、熟練した呑み方でもある。

「在宅勤務いいジャン。楽だヨ」

 マーブルがポケっとした顔で言った。今日の冒険にはマーブルも来ていない。シルフィーと一緒に在宅勤務を行なっていたからだ。

 弓使いの彼女が在宅勤務をできるのかと最初は驚いたが、シルフィーの局所転移魔法に自分の矢を放つことで、遠く離れた土地でもその腕前を見せつけられたのだから、こちらとしては文句があるはずもない。

 現地にいた俺たちからすると、その光景はまさに天から降る鋭い矢の雨であり、ある種の魔法に見えてならない。

「楽をするんじゃない! 俺たちはこれで飯を食っているのだぞ。だからそれに見合うよう、一生懸命に働けと言ってるんだ」

「楽してるわけじゃないんだよ」

 そこにシルフィーが戻ってきて円卓に加わった。こうなると話は一層の盛り上がりを見せることになる。

 俺は少し嫌な予感がした。

「在宅勤務って、別に遊びながら仕事しているわけじゃなくて、冒険をしている途中でも他の仕事が進められるっていう利点があるんだから」

「一つの仕事にとことん集中できんのか」

「朝から日が暮れるまでの時間の中、ずっと集中なんて誰もできないよ。休憩はするでしょう? それに一日冒険している中でも、戦闘中の場面とただ歩いて進むだけの場面と、緩急の流れがあるじゃない。そうした緩やかな時間帯をただ浪費するんじゃなくて、魔法薬の調合をしたり、道具の手入れをしたりするの。すごく生産性が高いと思わない? こういうことって実際に歩いている最中はできないけど、在宅勤務ならできるんだよ」

「そんな調合やら手入れやらというのは、冒険が終わったあとで夜やればいいだろ」

「それこそ一日中働きづめでプライベートが無いじゃない。これからの冒険っていうのは、GPPを高めていかなくちゃいけないと思うの」

「なに? ジーピー……なんだって?」

「GPP! パーティー内総生産の値を高めることで、私たち冒険者はより安全に、より高い成果を発揮していけるんだよ!」

 シルフィーが在宅勤務を始めてから一週間が経っている。彼女が先ほど言ったように、この一週間の冒険は確かに、かつて四人で一緒に歩き回っていた頃と何ら質の変わらない冒険ができている。

 それに加えて家に帰り着けば、次の日に持っていくアイテムの整理などが済まされていて、酒場から帰ればあとは寝るだけ。

 いつもより早く床に着けることから、みんなが早起きになった。体調も心なしかいつも以上にシャキっとしている。

 しかも朝、出発前の準備にも余裕が生まれ、抜かりない万全の体勢で冒険に出ていける。

 俺たちの冒険者ライフは、実は少しずつ効率が良くなっていたのを実感している。

 これは正にシルフィーの実践する在宅勤務、戦い方改革の効果が現れている証拠なわけだが、果たして彼女はこんな改革の手法をどこで入手してきたのか。

「くだらん、家で本当にきちんと仕事が務まっているのか、俺やイフトでは知る由もない。それではパーティー内に不和が生じるだろうが」

 ブリオが同意を欲しそうにこちらを見ている。同意しますか?

 いや、簡単には同意できないな。俺としては、シルフィーの言うジーピーピーというものが高まっていることを、少しばかり実感しているのだから。

 肯定も否定もせずにジョッキを傾けていると、ブリオの顔がだんだん渋ってきた。

「イフトォ、リーダーだろう。お前からも言ってやったらどうだ? 上官の命令には従わせんと」

「まあ、もう少し様子見ない? とりあえずブリオももうちょっと周囲に注意を向けてみて」

 特に回復されている事実や朝の準備が万全であることを気付くべきだ。

 俺は手洗いに行こうと席を立った。離れてから遠目で席を見やると、ブリオとシルフィーの言い合いがまだ続いており、その隙にとマーブルが料理を平らげようとしていた。

 思わずため息が漏れる俺を見て、手の空いた店主が声をかけてくる。

「今日も言い合ってるねぇ。あれかい? シルフィーちゃんの言う在宅勤務ってやつが原因かい?」

「ああ。シルフィーはどこでそういう知識を得てくるんだろうか」

 すると店主が、バーカウンター横の依頼掲示板クエストボードを指さした。

「たぶんアレだ」

「え?」

「シカゴってやつが講演会の告知を貼り出しているんだが、その内容が『これからの冒険者の戦い方入門 〜GPPを高める七つのヒント〜』って内容だ。この村じゃなくて、隣町から貼りに来ているって言ってたな」

 確かに、フローアの村は冒険者の数もそれほど多くはないし、そんな冒険者向けの講演会が開かれていたらすぐに分かりそうなものだ。

 シルフィーを変えた要因がこんなところに潜んでいるとは思わなかった。


◆◆◆◆◆◆


 翌日、俺とブリオとマーブルは、先日攻略した巨大ゴブリンのいた洞窟に向かっていた。近隣住民のための残党狩りだ。

「マーブルは、今日は在宅勤務しなかったんだな」

「ウン! たまには体動かしテー」

「そうそう、冒険者たる者、必死になって汗水流さないとダメだ。国のため、パーティーのために全てを投げ出す覚悟で臨むもんだ」

 ブリオのコメントは保留にするとして、在宅勤務において一点課題があるとすれば、今まさにここで行われたやりとりだろう。

 それは、シルフィーとのコミュニケーションが取れていないこと。

 もしかしたら彼女には俺たちの会話が聞こえているかも知れないが、少なくとも俺たちには彼女の声が聞こえない。

 やはり円滑なコミュニケーションというものは、在宅勤務よりも直接会うことの方がしっかりと取れる。

 俺も彼女の在宅勤務を気軽に認めはしたが、一度勉強をしてみる必要はあるかも知れないな。

「ちょっといいか?」

 俺は昨晩酒場で見た告知ポスターの内容を思い出しながら言った。

「明日は休みだろう? よかったら隣町まで行くの付き合わないか?」

「隣町に? 何しに行く?」

「隣マチ!? シーゲルのシフォンケーキ買ってくれるなら行クッ!」

「明日隣町で、戦い方改革のセミナーが開かれる。冒険者の新しい戦い方を考えるっていう勉強会だ」

 俺が答えると、ブリオはすぐにそのセミナーの内容が想像できたらしい。露骨に嫌そうな表情を浮かべて、そっぽを向いた。

「俺まで在宅勤務させる気か? 明日は鍛錬で忙しいから無理だ」

 まあ、そうくるだろうな。それは予想していた。

「シフォンケーキ! 買ってくれるなら行クッ!」

「あっそ…………買ってやるからセミナー中は寝るなよ」

 まあ、こちらも無理なお願いだろう。マーブルは確実に寝る。

 とりあえず、明日は二人でちょっとした勉強といくか。

 そのためにも今日の冒険では、シルフィーの在宅勤務による働き方をよくよく観察して、明日のための予習をしなくてはいけないな。

 俺が一人意気込んでいると、突如目の前の地中からワームモンスターが現れた。

 さて、早速戦い方改革の勉強開始だ。

 俺が鞘から剣を引き抜いた時、マーブルが大声で叫んだ。

「ファイヤードッ!」

 何? それは炎系の攻撃魔法だ。なぜマーブルが?

 そう思った途端に、上空からは強烈な炎が降り注ぎ、ワームモンスターを一瞬で焼き尽くした。

 ワームモンスターに飛びかかろうとしていた俺とブリオは、突然の炎熱に驚いてその場に尻餅をついた。

「あ、れ?」

「マーブル、お前いつの間に?」

 俺とブリオが呆気にとられていると、彼女は鼻息荒く、得意げな顔で言った。

「今のは、アタシと見せかけてシルフィーに魔法を指示したノダ!」

 黒い炭となったモンスターの成れの果てを見ながら、俺とブリオはため息をついた。

「…………マーブル、今日帰ったらシルフィーに言っておいてくれ。今みたいな連携魔法攻撃をしていくなら、俺とブリオにも周知徹底をしておくようにと」

「一歩間違えたら俺たちが丸焼きだぞ」

 在宅勤務との上手な付き合い方において、コミュニケーション問題の解消は、思ったよりも重要事項かも知れない。


<続>

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