第6話 その実なんの実
「むむむむむ……」
「まだ悩むのか……」
蒼衣の目の前にケーキを置いてから、約5分。
むむむ、と唸り続ける蒼衣は、真剣な顔で迷っている。
「だって先輩、クリスマスケーキですよ? 年に一度しか食べられないんですから、後悔なく決めたいじゃないですか」
「そういうものか」
「そういうものです」
そう言って、視線をケーキに戻した蒼衣に苦笑しつつ、俺も箱の中へと目を向ける。
……うむ、普通である。特別何というわけでもなく、普通のクリスマスケーキ──というより、普通にケーキだ。
片方は、生クリームたっぷりで、所狭しといちごが乗せられている。ちょこん、と端に載ったサンタの置物が、なけなしのクリスマス感を演出していた。
もう片方は、チョコケーキだ。先ほどのケーキとは違い、いちごのような賑やかさはないが、その分光を反射するチョコレートが隙間なく覆っており、少し大人な雰囲気を漂わせている。ちなみに、なけなしのクリスマス感を出しているのは尖った葉っぱと赤い木の実をモチーフにしたものである。……何の実だっけな、これ。
「ヒイラギです」
「思考を読むんじゃねえよ。……へえ、これヒイラギっていうのか」
「はい。詳しくは忘れましたけど、たしかこの赤い実の部分って、キリストの血をイメージしていたはずですよ」
「なんだそれ、怖……」
それを聞いてから改めてヒイラギの実を見ると、なんだか不気味に見えてくる。先ほどまでは、サンタが上に載っているより大人な感じに見えていたのだが、雰囲気ぶち壊しでもサンタのほうがマシだ。
「せ、先輩? あくまでイメージですからね? そんな複雑そうな顔しないでくださいよ。ね?」
「いや……わかってるんだが、こう……呪われそうだな、と思ってな……」
「怒られますよ!? わ、わかりました。わたしがチョコのほう食べますから、先輩はそっちのいちごのほうをどうぞ。なので、深く考えるのはやめてください。ただ赤い実、それだけですから!」
「……そんな呪われそうなものを蒼衣に食わせていいものか……」
「先輩!? もう考えるのやめましょうよ!? あと本当に呪われそうとか言ったらダメですから! 怒られちゃいますから! ね!?」
そう言って、先ほどまでの彼女のように、むむむ、と唸りはじめる俺に慌てた蒼衣がヒイラギと、ついでにサンタを取っ払うまで、そう時間はかからなかった。
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