第7話 先輩? ご主人様?

「にしても、先輩がメイドさん好きだとは。結構意外です」


「そうか?」


「はい。先輩って、あんまりそういうコスプレ系の好みってないのかなと思っていたので」


「別に服装が好きなだけじゃないぞ」


「服装好きなんですね」


「……」


……墓穴を掘ったか。というか蒼衣。スマホに何かをメモするんじゃない。


「それで、どうして好きなんですか?」


こてん、と首を傾げながら、聞いてくる蒼衣。ちらりと見えた画面には、『メイド服、調べて注文』と書いてある。……え? 買うのか?


そんな動揺を隠しつつ、俺は適当に浮かんだ考えを口に出す。


「……まあ、男のロマンってやつだな」


「男のロマン……?」


そう言って、蒼衣はこてん、と首を傾げる。どうやら、あまりピンときていないらしい。


「男っていうのは、自分にだけ尽くしてくれる女の子がいるっていうのがロマンなんだ。……多分」


「そういうものなんですか」


「そういうものなんだ。……多分」


「なんでさっきから語尾に多分がつくんですか!?」


「いや、そうじゃない男もいるかもしれないからな。一応」


「そこの配慮いります……?」


いるだろ。多分。


まあ、それは置いておいて、だ。


「ともかく、そういうロマンの具現化がメイドなんだ」


「なるほどなるほど。……つまり先輩は尽くしてくれる系の女の子が好きなわけですね?」


「……まあ、間違ってはいないな」


というか、まあおおよそ合っている気もする。


「そして、先輩の前にいる可愛い後輩、蒼衣ちゃんは先輩だけに尽くす可愛い彼女なわけですが」


「お、おう」


唐突な圧に気圧されながら、俺はとりあえず頷いておく。


なんで2回も可愛いって言ったんだ……? いや、事実だからいいのだが……。


そう思っていると、蒼衣がにやり、と口角を上げる。


「メイド服、着たほうがいいですか? ご主人様?」


「──────」


「どうします?」


「……………………」


問いかけてくる内容は、非常に魅力的ではある。が、これを着てほしいと言ってしまっていいものなのか。別に俺はそういう趣味があるわけではないのだが──


「わたしは、どっちでもいいですよ?」


「…………………………」


目の前の蒼衣の瞳が、小悪魔っぽく揺れる。


──俺は、考えることをやめた。


「………………着てほしい」


よく考えたら、前に制服を着てもらったこともある。うむ、もはや今更だな。


諦めてそう言った俺に、蒼衣はなぜか満足そうに頷く。


「了解です! では今度、着てあげますね?」


そう言って、上機嫌な蒼衣が、テーブルに置いていたケチャップを手に取り、またもくるり、と回して。


「あ、でも、ひとつだけ条件です」


「ん?」


「いくらメイドさんが好きだからって、わたし意外はダメですからね? メイド喫茶とか行ったらわたし、泣きますよ?」


「行かないが!?」


前半は揶揄うようなトーンで、後半は本気のトーンで言う蒼衣に、俺は反射で言葉を返す。


そもそも、俺はそこまでコスプレ系の趣味があるわけではない。


……それに、尽くしてくれる女の子は、蒼衣ひとりで十分以上だ。むしろ、蒼衣ひとりがいい。


好きな女の子が、自分に尽くしてくれる。それ以上の幸せがあるはずもない。


そんなことを考えているとは思ってもいないだろう蒼衣が、こくり、と満足そうに頷いた。


「ならおっけーです。わたしのメイド服、期待してくれていいですよ?」


そう言って、ふふん、と笑う蒼衣が、ぱん、と手を鳴らした。


「さて、本題に戻りましょうか」


「本題?」


はて、そもそも何の話だったか──


「ケチャップアート、何書いてほしいですか?」


──そういえば、そんな話だったなあ。


蒼衣がメイド服を着てくれるという話に集中し過ぎて、うっかり忘れていたのだが──もう、書くのはなんでもいいから、早く食いたいんだよなあ。ちょっと冷めてきてる気がする。


「どうします? ご主人様?」


蒼衣にそう言われると、妙なくすぐったさと、恥ずかしさがないまぜになりつつ──少し悪くないと思ってしまうのは、いったいどうしてなのだろうか……。


そんなことを思いつつ、俺は言葉を絞り出した。


「とりあえず、ご主人様呼びはやめてくれ……」


ちょっと、耐えられなくなるので。本当に。マジで。

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