第42章 10月2日
第1話 全力で遠足気分
「せんぱーい! 起きてくださいっ!」
沈んでいた意識が、明るい声に揺さぶられ、覚醒する。
「……朝からテンション高いな……」
俺は、消えない眠気に抗わず、目を閉じたままそう返す。ふわり、と甘い香りが嗅覚に届く。どうやら、随分と近くにいるらしい。
「それはそうですよ。だって今日は──」
うっすらと目を開けると、目の前で美少女が、朝日を背に、それに負けないくらい明るい笑顔で、俺を覗き込みながら。
「──先輩とお仕事できる、単発バイトの日なんですから!」
瞳を輝かせ、そう言った。
ぱああ、と明るい表情に、きらっきらの瞳。服装こそ動きやすそうなラフなものではあるが、なんだか妙にメイクにも気合が入っている気がする。
……ふむ、こいつ、あれだな。
「お前、ちょっとどころか全力で遠足気分だろ」
くわぁ、とあくびとともに体を起こし、両手を空へと伸ばす。
「仕方ないじゃないですか。だって楽しみなんですもん」
「労働が楽しみか……。蒼衣、社畜の素質があるかもな。先輩は心配だ」
「ないですよ!? わたしは先輩と働くのが楽しみなだけですからね!?」
「それだといいんだが……」
「それ以外ありませんけど!?」
朝からテンション高めのツッコミを入れる蒼衣に気圧されつつ、俺も身支度を整える。
……ふむ。まあ、とりあえずこんなものか。
「よし、待たせたな」
「いえいえ、先輩が準備するのを見ているの、結構好きなので」
「……着替えは覗いてないよな」
「当然ですけど!? 先輩はわたしをなんだと思ってるんですか!?」
慌てる彼女を見て笑っていると、蒼衣がじとり、と視線を向けてくる。
「……というか、そういう考えが出てくる先輩こそ、覗いてませんよね?」
「覗いてないが!? 俺をなんだと思ってるんだ!?」
「ちょっとえっちな人、ですかね」
「不本意すぎる」
「では、えっちな人で」
「不本意度増してるんだよなあ」
「じゃあ、とてもえっちな人ですか?」
「何がじゃあ、なのかわからねえ……」
じろり、と蒼衣に視線をやると、ぺろっ、と小悪魔っぽく赤い舌を出している。こいつ……普通なら腹立たしさもありそうな仕草なのに可愛いな……。
俺は、はぁ、とため息を吐いて、気持ちを落ち着かせる。このままいつも通りに会話を続けるのも悪くはないのだが──
「とりあえず、そろそろ行くぞ。あんまりゆっくりしてると、ギリギリになるからな」
そう言って、俺は荷物を手に取り、玄関へと向かう。ドアを開いて外へ出る。それに遅れて、蒼衣も返事をしながらカバンを持って、玄関へ。
「はーい。楽しみですね、先輩っ!」
外へ出た蒼衣は、くるり、とターン。ふわ、と茶色がかった髪が、芸術的なまでの美しさで広がった。そして、甘い香りを伴って、彼女が、柔らかい感触とともに俺の腕へと抱きついてくる。
理性を揺さぶるコンボに耐えながら、俺は呟くように返す。
「……まあ、そうだな」
……遠足気分なのは、俺も一緒か。
なんて、腕に抱きつく蒼衣に視線を向けながら、苦笑するのだった。
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