第4話 まずは買い出しを
「本当にカレーでいいんですか? 別にいいですけど……。せっかく半年記念ですし、もうちょっと凝った料理でもいいんですよ?」
蒼衣はそう言いながら、俺の持つ買い物カゴの中に野菜を入れていく。その手際は、まさに主婦のそれだ。そして荷物持ちの俺は、完全に母親の買い物に連れて来られた息子である。おかしいな……?
「蒼衣にとって、カレーは凝った料理に入らないのか……」
「入らないですね。まあ色々と工夫はしたので、手がかかった料理ではありますけど」
「工夫、なあ……」
あれを工夫で済ませるのか……。
頭の中に思い浮かぶのは、ずっとスパイスとにらめっこ状態だった蒼衣だ。
ちなみに、だが、蒼衣の作るカレーというのは、カレールーを使うものではない。いつかにスパイスから作るようになってから、ずっと自家製だ。
スパイスから調合するのを凝った、と言わないあたり、蒼衣の感覚はおかしい気もするのだが……。
ちらり、と蒼衣を見ると、なんです? とばかりに首を傾げながら、口を開く。
「先輩、ビーフ、ポーク、チキン、どれがいいです?」
「ビーフだな」
「おっけーです。じゃあビーフカレーにしましょう」
「──とりあえず、こんなものですかね。あと何か買うものってあります?」
「いや、ないと思う。……というか、俺には何がいるのかはわからねえしな」
「基本は普通のカレーと同じですよ。スパイス系はわたしの部屋に揃ってますし」
「揃ってるのか……」
カレー用のスパイスが部屋に揃っている女子大生ってすげえな……。
そんな思考が顔に出ていたのか、蒼衣が胸を張って答える。
「いつでも先輩のリクエストに応えられるように、ですよ」
「まあ、それは助かるんだが」
どや、と口角を上げている蒼衣に苦笑しつつ、店内を歩いていると、ふと目についたものがひとつ。
そうだ、こいつを忘れていた。
「なあ、福神漬けってあるか?」
そう、福神漬けである。これがあるのと無いのとでは、なんとなく、気分的に違うところがある。まあ、俺が好きなだけなんだが。
「まだありますよ」
「ん、そうか」
まあ、あるのならわざわざ買う必要もない。あれ、そう頻繁に食うものじゃないしな。
「……福神漬けって、カレーのときにしか食わないよなあ」
「急にどうしたんです?」
「いや、使い道が限定的すぎるよな、と思ってな」
「まあ、たしかにそうですね。アレンジすれば何かに使えそうですけど」
「よし、蒼衣。頼む」
「そこは自分で考えるところじゃないんですか?」
「いや、俺がどうこうするより、蒼衣が作ったほうが確実に美味いしな。というか、蒼衣が作ったやつが食いたい」
俺の言葉に、蒼衣は小さくため息を吐く。そして、少し跳ねるような声音で、機嫌が良さそうに言う。
「……仕方ないですねえ。何か考えておきます」
「おう、頼む」
前を歩く彼女の足音が弾んでいるように聞こえて、俺の口角は上がっていくのだった。
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