第36話 確信犯の感触は

タオルが肌を撫でていく感覚が、肩あたりから腕を越えて、手首へと動いていく。


優しすぎず、強すぎない。絶妙な力加減。最初の方は不安定だったのだが、少し慣れてきたのだろう。一定の力で擦られるタオルの感覚は気持ちいいものだ。


そこに加わる、時折触れる肌の柔らかさ。


ちらり、と隣を見ると、なんだか楽しそうな蒼衣がいる。


これはいわゆる、天国というやつなのではないだろうか。


……とはいえ。


「……背中を流すとは」


「広い意味では背中ですよ。多分」


「絶対違うと思うんだが……」


まあ、そもそも髪を洗われた時点で、というところなのだが。


まあいい。気持ちいいし。


……それに。


蒼衣が動くたびに、指先に触れる柔らかいものがあるのだ。この誘惑に勝てる男はいないだろう。


なんて考えていると、蒼衣が俺の左腕を離す。……バレたか。


と、思ったものの、そうではなかったらしく。蒼衣は逆サイドに回り込み、今度は俺の右腕を取る。絶妙な力加減も、指先の感触も健在だ。


「……先輩、だらしない顔してますよ」


「……蒼衣の洗い方が上手いからだな」


「絶対違いますね……」


じとぉ、と見たあと、俺が目線を逸らしたのを確認してから蒼衣が吹き出す。


「別にいいんですよ? 不可抗力ですし」


「それ、俺が言うやつでは?」


「……たしかにそうですね」


首を傾げた蒼衣が、納得のいったように頷く。


「でも、本当に構いませんからね。先輩になら、何されてもいいんですから」


そんなことを言いながら、蒼衣が細い指をつつー、と俺の腕へと這わせる。


「……そういうこと、簡単に言うんじゃありません」


蒼衣に掴まれているのと逆の手でこめかみをぐりぐりと押し込む。さすがにこの場で押し倒すのはまずいということを、蒼衣は理解して欲しいところである。まったく理解してなさそうだが。


「だって本心ですし」


「……」


……やっぱり理解してないんだよなあ。


何を言ったところで無駄なのだろう。俺は抗議の意味を込めて、じとり、と蒼衣を見る。


が、蒼衣はそんなのはどこ吹く風。指を這わせていた腕を、今度はぺたりと手で触る。


「先輩の髪とか、腕とか、背中とか。こんなにじっくり見るの、はじめてですね」


「……そういうこと言われると、恥ずかしいんだが」


特に鍛えているわけでもないので、人に見せられるような体ではないと思う。……のだが。


「おぉー……」


何が面白いのか、蒼衣は肩やら背中やらをぺたぺたと触っている。めちゃくちゃくすぐったいというか、変な感覚だ。


「……蒼衣さん、さっきも言ったが、恥ずかしいんですけど」


「まあまあ、いいじゃないですか。それとも、先輩も触ります?」


なんて言って、目を細めてにやり、と笑う蒼衣から、目を逸らす。


「………………いや、いい」


「ずいぶんと間がありましたね」


「気にするな」


「もう、先輩、素直じゃないんですから」


そう言って、蒼衣はきゅ、と俺の腕に抱きついて。


「いっぱい触ったので、お返しです」


なんて言いながら、にやりと笑う。柔らかい感触に慌てる俺を見て、楽しんでいるらしい。……柔らかいし、あたたかいし、柔らかいし……うむ……。


「まあ、先輩もさっきから指先でちょっとだけ触ってましたけどね?」


「……なんの話だ」


……やっぱりバレてるんじゃねえか。


とは思いつつも、俺は目線を逸らしてしらばっくれる。のだが。


「先輩、気づいてないふりは出来ませんよ。なにせ当たっていたんじゃなくて、当ててたので」


「確信犯じゃねえか! どうりで……」


どうりでやけに当たるわけだ……。あの感触に、俺がどれだけドギマギしたと……。


「どうりで、ということは、先輩はやっぱり気づいていたわけですね」


「……ノーコメント。それより、背中を流す話はどこへいったんだ」


露骨に話題を逸らした俺に、蒼衣は一瞬仕方なさそうに笑ってから、ぽん、と手を打つ。


「あ、そうでした。今度こそ、お背中流します」


「そうだな、そうしてくれ」


もうそろそろ、俺の理性が限界なので。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る