第20話 温泉旅館の売店といえば
温泉上がり。コーヒー牛乳といちごミルクをそれぞれ飲み終え、俺と蒼衣は普段よりもゆったりとした足取りで部屋へと向かって歩きはじめた。
そこで、ふと思い出し、俺は蒼衣へと声をかける。
「なあ、ちょっと売店寄ってもいいか?」
「いいですよ。というか、わたしも寄りたいです」
こくり、と頷いた蒼衣は、後ろで手を組み、ぐい、と背を伸ばす。
「旅館の売店って、特別何ってわけでもないですけど、ついつい寄っちゃうんですよね」
「わかる。なぜかわからねえけど、面白いよな」
昼間に散々見回った土産屋と置いている物に大差はないのだが、旅館にくっついている、というだけで、不思議と興味を惹かれるのだ。
そんな話をしているうちに、大浴場からは結構近いらしく、売店へと着く。帰りに何か買って帰れるように、なのかもしれない。
まず、入り口で足を止める。そこには、見覚えのあるお菓子の箱が数種類。
「この辺りはお昼にも見ましたね」
「だな。本当にこれ、どこにでも売ってるな……」
そう呟きながら、ラングドシャを手に取る。
「あ、先輩。試食出来るみたいですよ」
「いや、ラングドシャの試食いるか……? 味わかってるだろ……」
蒼衣が指差した先には、何に使うのかわからないくらいの小さなタッパーに、4分割ほどにされたラングドシャの欠片が入っている。
「それでも食べたくなりません?」
「……まあ、それはそうだが」
「でしょう? はい、あーんです」
「んむ」
蒼衣の細い指先で摘まれ、差し出されたラングドシャをぱくり、と食べる。
「まあ、予想通りの味で美味いな」
「ですね。……もうちょっと食べたくなってきました。買って部屋で食べましょうか」
「店の策略に嵌ってるな……」
むむ……と唸る蒼衣は放っておいて、俺は売店内を探索する。どこかの旅館でも見たような、似ているお菓子ばかりが並んでいたり、昼間の土産屋で気になったものがまた売っていたりする中で、一際俺の興味を引いたのは──
「やっぱり、温泉旅館といえばこれだよなあ」
俺はそれを持ちながら、うんうんと頷く。
「なんですか? それ」
いつの間に近くにいたのか、ひょこ、と俺の背中から蒼衣が顔を出した。ちらりと視線を向けると、襟元から普段よりも肌色が覗いていて、思考を持っていかれそうになる。
俺は、軽く頭を振ってから、思考を目の前のものへと戻す。そう、これの話だ。
これを知らないとは珍しい。説明してやろう──!
と、意気込んだものの。
「これはな……なんだろうな、これ」
俺は、思わず首を傾げた。
「ええ……あんなに頷いていたのにわからないんですか……」
「いや、まあ、温泉旅館に絶対にあるキーホルダーなんだ。そう言うしかない」
そう言って、俺はちゃらり、と手に持っていたキーホルダー──金色の、龍を象った鞘と、宝珠のようなものが埋まった剣を揺らした。
うん、本当になんなんだろうな、これ。
「これ、温泉も旅館も関係なくないですか?」
そう言って首を傾げる蒼衣。うむ、ごもっともである。
「それはそうなんだが、絶対旅館の売店には売ってるんだよなあ」
「誰が買うんですか……」
「男子小学生だな。ほら、男って剣とか龍とか好きだからな」
「先輩もですか?」
「……まあ」
例に漏れず、俺もいくつか持っていた。今はおそらく、実家に残されている。……捨てられていなければ、だが。
「なぜか見ると欲しくなって、毎回買ってしまうんだよなあ」
「毎回……? え、同じですよね?」
またも首を傾げる蒼衣。
たしかに、そう見えるかもしれない。だが、そんなことはないのだ。
「これ、売ってるのを見かける度に違ったキーホルダーになってたりするんだぞ」
「……どの辺りが、です?」
「剣だったり、刀だったり、龍の巻いている向きが違ったり、宝珠の色が違ったり、文字が違ったり──」
「わ、わかりました! わかったのでストップです!」
「いや、その顔のお前はわかってないな。よくわからねえけど俺が語り出したから止めた感じだろ」
「こんなときに限ってわたしの思考を的確に読まないでください!」
悲鳴を上げる蒼衣に、俺は小さく笑う。
「お前も俺に都合の悪い思考を読みがちだからな。たまには仕返しだ」
「むぅ……」
頬を膨らませる蒼衣は、装いが普段と違うせいか、なんだか新鮮に見える。
「……それで、先輩はその剣、買うんですか?」
ぷく、と頬はそのままに、そう聞いてくる蒼衣に。
俺はキーホルダーへと視線を戻し、眺めてから。
「……いや、いらないなあ」
そう呟いた。
……少し欲しいかな、と思ったことは内緒の方向で。
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