第21話 チョコソース&ホイップクリーム

「ではまず……どれからいきます?」


「どれでもいいけど、そうだな……」


くるり、とテーブル中央に集められた、色とりどり形とりどりの容器を眺める。


ふむ、本当にどれでもいい。どれでもいいんだが……。


「まずは無難にチョコソースからいくか」


最初は、下手に冒険しない方がいいだろう。……冒険するようなものは買ってきていないのだけれど。


「チョコソースですか。わたし、アイスにかかっているのしか食べたことないんですよね」


「そもそも、チョコソースに限らず、そういうものじゃないか? バイキング料理でしか使わないイメージがあるぞ」


ひょい、と焦げ茶色のボトルを取る。フタを開け、逆さを向けると、とろりとしたソースがゆっくりとホットケーキへと落ちていった。


「そういえば、クレープにも使われてますね」


「言われてみれば、だな。でも、クレープってそんなに食べなくないか?」


「あんまりお店がないですからねぇ」


たしかに、都会ならともかく、この辺りだと移動販売くらいしか見たことがない。そして、個人的には。


「あと高い」


あれ、1番安くて500円くらいするんだよな……。


「そこはまあ、スイーツなので」


「それで納得出来る理由がわからねえ……」


そう言いながら、逆さに向けたボトルを戻す。かけすぎなくらいにソースのかかったホットケーキからは、濃厚なチョコレートの香りが漂っている。


「いい匂いですね。美味しそうです」


ボトルを手渡すと、そう言いながら蒼衣もソースをかけはじめる。


くるくるとボトルを回したあと、逆さのボトルを元に戻す。少しボトルの口にソースがついたのか、蒼衣はそれを人差し指で拭い、ぺろりと舐める。


その仕草があまりに艶かしくて、俺は思わず視線を向けてしまう。


「な、なんですか? そんなにじっくり見られると、なんだか恥ずかしいんですけど……」


「ん、や、悪い。なんでもない」


不思議そうに首を傾げつつも、ボトルを置いて、蒼衣はナイフとをフォークを手に取る。


「よくわかりませんけど、とりあえず食べましょうか」


「おう」


いただきます、と声を合わせ、ナイフでカット。フォークで突き刺し、皿に落ちたソースを付けながら口へと運ぶ。


一気にチョコレートの香りが口の中に広がり、遅れて甘さが走ってくる。


「うん……うん」


「……なるほどなるほど」


ふたり揃って、うんうん頷き、目を合わせる。どうやら、思っていることは同じらしい。


「何か足りない」


「何か足りませんね」


「甘いし、美味いんだけど、微妙に合ってない気がするんだよな」


「やっぱり、チョコソースは薄めの生地の方がいいんですかね?」


「あとは、そもそもチョコソースだけで食うのが間違ってるのかもな。アイスにかけるときは、アイス自体の味があるし、クレープなら他の甘味があるし」


「なるほど……。あ、そうです!」


ふむ、と指を頬に当て、一瞬考えた蒼衣が、目の前から1本の缶を手に取った。


「これとか、きっと合いますよ!」


そう言って、蒼衣が俺に見せてきたものには、英語で何やら書いてある。その下に、申し訳程度の日本語でこう書かれていた。


「……ホイップクリーム?」


「そうです! 最近知ったんですけど、こんな風にホイップクリームが売ってたんですよ」


「へえ……。これ、美味いのか?」


俺の中のクリームへのイメージが、生クリームを絞る、というイメージなので、正直、あまり美味しそうには見えない。味なさそう。


「それを確認するために買ったんじゃないですか。ものは試し、ですよ」


そう言って、蒼衣は問答無用で俺のホットケーキへとクリームを出していく。ぶすぶすと、オシャレさには程遠い音を鳴らしながら、ホットケーキをそれっぽく彩っていった。


「では先輩、どうぞ」


「え? 先俺が食べるのか?」


「後輩のわたしが先に食べるのはどうかと思うので」


「レディーファーストでどうぞ」


「先輩、普段そんなこと言いませんよね。男女平等主義ですよね」


「お前も普段そんなこと言わないよな……」


というか、似たような話題を随分と前にした覚えがある。よく覚えていたな……。


「別に俺が先に食うのはいいんだが、蒼衣もホイップクリーム、載せような」


「……先輩が美味しいって言ったら載せます」


「俺を毒味に使うんじゃねえよ……」


まあ、市販品なので、不味い、なんてことはそうそう起こらないと思うのだが。


渋々、ホイップクリームの載った部分を切り分け、口へと運ぶ。


……ふむ。


「想像よりしっかり美味いな」


「そうなんですか? それはよかったです。じゃあわたしも──」


「待て」


俺の反応を見て、ホイップクリームを載せようとする蒼衣を止め、俺は缶を取り上げる。


「へ? な、なんで取るんですか?」


「俺もお前のために、クリームを載せてやろうかと思って」


「……なんだか嫌な予感がするんですけど」


「嫌なことが起こる要素がないんだよなあ」


真顔でそう言って、俺はホイップクリームを出し続ける。


「せ、先輩? もう十分ですよ?」


「……」


「先輩!? パフェみたいになってますって! も、もういいですから!」


「……」


「わああああ先輩止めてください! さすがにこれ以上は! カロリーがぁぁぁぁ!!!」


ゆさゆさと俺の右手を掴む蒼衣を見ながら、俺はただ、クリームを出し続けた。


人を毒味に使おうと思った罰である。甘んじて受け入れたまえ、可愛い後輩よ。

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