第4話 大学生の本分

「んーっ! やっぱり課題で家にこもると息が詰まりますね。肩もこった気がします」


「わかる。特に課題っていうのがよくないよなあ」


そう呟いて、ぐいっと伸びをする蒼衣に倣い、俺も両手を空に伸ばす。ぱきぱきと背骨が音を鳴らすのを聞きながら、体の筋肉が伸ばされていくのがわかる。


「大学生の本分のひとつですからね、課題。……まあ、よくよくわかりますけど。部屋にこもるのはそんなに苦でもないんですよね。先輩となら」


「俺は結構ひとりでも引きこもれるタイプだな」


「そこは空気を読んで、俺もそうだよって言ってくださいよー」


ぷく、と頬を膨らませる蒼衣に、俺は苦笑しながら、ひと言付け加える。


「ひとりでも引きこもれるけど、お前がいた方が楽しいとは思う」


「そ、そうですか……。えへへ」


不意打ちに赤くなりながら、口元をもにょもにょさせている彼女を見て、思わず俺も口元が緩む。


「よし、そろそろ行くぞ」


「は、はい!」


先に歩き出した俺に、蒼衣が少し遅れて追いついてくる。


そして、不意に触れた手が、その指をゆっくりと絡めてくる。俺もその手を握ると、蒼衣はふわりと微笑んだ。


「あ、そうだ。ラーメンなんだが、醤油か塩かどっちがいい?」


ゆっくりと歩きながら、その手の温もりを堪能しつつ、蒼衣に問いかける。


「うーん、そうですね……。今日は塩ラーメンの気分です」


「お、いいな。俺も塩の気分だ」


「それはよかったです。ちなみに、塩ラーメンにもおすすめのお店があったりします?」


「あるぞ。前のつけ麺みたいに人が並んだりする店じゃないから、この時間だとすぐに食えると思う」


「へぇー。……というか、相変わらず先輩って、お昼ご飯を食べ忘れたりする割に、この辺りのお店に詳しいですよね」


「最初の頃は昼飯を食い忘れることもなかったからな。そのときに毎日色んなところで飯食ってたんだ」


まだ、あれは大学1回生、入学してすぐの頃だ。ひとり暮らしへの憧れの延長で、あちこち外食をしまくったものだ。おかげで金が無くなって、大変な目にも遭ったが。


「その頃から不摂生は続いていたわけですね……」


「……まあ、そうだな」


じとり、という視線から逃れるように顔を背ける。実際、ラーメンか肉、もしくはジャンクフードしか食べていなかった覚えはある。野菜なんて食べた覚えが一切ない。


「先輩はそのままだった場合、間違いなく生活習慣病でアウトでしたね」


「いやいや、さすがにそこまではないだろ」


「社会人になってからも同じ生活を続けて、健康診断で引っかかるんですよ」


「ないない。……ないよな?」


当時の自分の生活を思い出すと、唐突に不安になってくる。蒼衣は、そんな俺を見て、真顔でこう言った。


「あり得ますよ」


「怖……。今からラーメン食うのが怖くなってきたぞ……」


「それは大丈夫だと思いますよ?」


「ん? ……さっきまでの話はどこにいった?」


「その話は、あくまでも、わたしが出会った当時の先輩のままだったら、の話です。今の先輩は健康的な食事をしているはずです。……わたしが見ていないところで不摂生をしていなければ、ですけど」


「してねえしてねえ」


首を横に振ると、蒼衣は満足そうに頷いて。


「とにかく、外食ばっかりじゃなくて、インスタントばかりでもなくて、なら大丈夫だと思います。……あ、朝起きればさらによし、です」


そう言って、人差し指を立てる蒼衣に、俺はふっ、と笑った。


「それは無理だな」


「頑張りましょうよ……」


昼まで眠るのは、大学生の本分なのだ。


「絶対違います」


「久しぶりに考えを読まれた気がする……」

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