第11話 味見、しちゃいます?

ゼミ資料を眺めていた俺は、鼻腔をくすぐる香りに気づいた。


先ほどまでの、肉じゃがになるのかシチューになるのかカレーになるのか、はたまた別のものになるのかわからない匂いではない。


これは間違いなく、カレーの匂いだ。


それも、レトルトでは感じられない、明確な美味いカレーの匂い……!


思わず、ごくり、と唾を飲み込む。


否応なく上がるテンションを自覚しながら、台所へと向かう。


「めちゃくちゃ良い匂いがする……」


「あ、もうすぐ出来ますからね」


そう言って、蒼衣が小皿にお玉でカレーをすくう。


そして、それに口をつけた。


……これまで、あまりまじまじと見ることはなかったのだが……うむ。これはとても良い光景だ。


台所に立つ女の子というのは、なぜこうも魅力的に映るのだろうか。


「……よし、今日もいい出来です」


そう呟いて、蒼衣がこちらを向く。


「先輩も味見、しちゃいます?」


それを聞いた瞬間、胃が反応したのがわかった。


「じゃあ、しちゃうか」


「わかりました」


そう言って、蒼衣が先ほどと同じように、手に持っていた小皿へとカレーをすくう。


「はい、どうぞ」


「さんきゅ」


俺は、小皿に口をつけ、傾ける。


口に広がるカレーの風味、どことなく甘く、それでいてピリッとする感じ。……完璧だ。


「もうすでに美味い」


「まだ味見ですからね?」


俺の感想に、そう言いながらも嬉しそうな蒼衣を見ながら、ふと思う。


食卓に並ぶ前の味見は、つまみ食いのような気がして少し別の美味しさがある気がする。


きっと、蒼衣は普通のこと過ぎて感じていないだろうが、普段料理をしない俺としては、謎の背徳感がある気がするのだ。


……もうひと口だけ味見するか。


改めて、その背徳感をプラスした味わいを求めて、こっそりとお玉に手を伸ばす。


……が、蒼衣はそれに気づいたのか、お玉を先に握って。


「ダメですよ。いくらわたしと間接キスしたいからって、味見ばっかりされては困ります。普通に食べてもらわないと」


そう言って、蒼衣が唇に人差し指を当てる。


「……いや、そんなつもりじゃなかったんだが」


「あれ? 違うんですか? 先輩、同じお皿とか前なら極端に気にしていたので、そういう事に気づくかな、と思ったんですけど」


「気づきはするけど、前ほど指摘はしねえよ」


以前ならともかく、今は恋人同士。……間接キスくらいは許されて然るべきだ。


「……指摘はしない、と。なるほどなるほど。……まあ、お花見であーんしていた時点で気づくべきでしたね」


「……もうこの話はいいから、さっさと食わないか? そろそろ耐えるのもしんどいんだが」


カレーを前にして、限界に来た空腹に、俺はそう言う。


「それもそうですね。わたしもお腹空きましたし。じゃあ先輩、テーブル片付けておいてください。今からよそって持っていくので」


「了解」


そう残して、俺は台所から移動して、テーブルの上の資料を適当に片付ける。どうせ後から広げるのだから、同じ場所にまとめておけば十分だ。……そんなことよりも。蒼衣の持ってくるカレーの方が、何倍も重要なのだ。


そう考えていると、蒼衣が台所から、2枚の皿を持ってくる。そして、それをテーブルの上に置いて──


「さあ先輩、これがわたしのカレーです!」

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