第2話 不貞寝に立ちはだかる壁

「ちょ、先輩!? もうお昼ですよ!」


唐突な俺の行動に驚く雨空の声を布団越しに聞きつつ、俺は不貞寝を決行している。


ふざけやがって……!


「成績に何があったんですか!? ……わお……」


俺がつけたままにした画面を覗いたのか、雨空が急に声のトーンを落とした。


「こ、これは……」


頭だけ布団から出すと、雨空がなんとも言えない表情で固まっている。


「慈悲のない点数ですね……」


1番下にあった講義の成績欄に存在をでかでかと主張するのは、Fの文字。つまり、単位が取れていないのだ。


そこまでは、まだいい。いや、決して良くはないが、まあいい。


問題は、その横にある数字だ。それは、講義における成績を0から100の点数で表したものだ。


60点より下がF判定となるのだが、そこに書かれているのは──


「58点とかなめやがってあのクソ教授!」


58点である。下手にギリギリの点数よりもいっそ、大きく点数が足りていない方が諦めはつくのだ。


むしろこの数点くらいの差で単位が取れないのは、もはや教授の好みではないだろうか、と疑ってしまうのも仕方ないだろう。


「お、落ち着いてください先輩!」


「落ち着くために不貞寝する!」


「寝るのはストップです! もうお昼ですから!」


「じゃあ昼寝だ!」


「起きた時間からしてどちらかというと二度寝です!」


なんて、ぎゃあぎゃあ騒いでいると、ようやく落ち着いてくる。……怒りはおさまらないが。


「あの教授……。2度と講義取らねえからな……」


ぶつくさ言いつつも、ぐるんと布団を体に巻いて、ベッドへ寝転がる。


「……先輩」


「どうした」


「ベッドから出てください」


「……いや、不貞寝はするんだって」


「今日はいいお天気ですよね」


雨空が、窓の向こうに広がる青空を見て言う。


「まあ、そうだな」


俺も窓の外を見ると、雲ひとつない青が広がっている。快晴だ。


とはいえ、まだ3月も頭。外はまだ肌寒い。


だというのに、雨空は布団を引っ張る。


「お天気がいい日には、お布団を干すべきだとは思いませんか?」


笑顔でそう言いながら、布団を引っ張る雨空に、俺は首だけ布団から出した状態で、真顔で返す。


「……思いません。寒いので」


「……」


「……」


膠着。互いに無言で、片方は笑顔、片方は真顔で、お互い譲らずに固まる。


それを破ったのは、雨空だった。


「それっ!」


側から見ればレベルの高い技術にも見えなくもない勢いで、俺から布団を剥がす。約1年俺の布団を剥ぎ続けた手腕は見事なものだ。だが、俺とて1年間剥がれ続けた身。対策くらいあるのだ──!


「フンッ!」


「強っ! 先輩、離してください……っ!」


俺が編み出した対策、それは力業である。そもそも剥ぐ方が簡単だと思うので、それくらいしか編み出せなかった。というか、色々対策はやってみたものの、雨空に負け続けている。


結果、シンプルに引っ張るのが1番、となったのだ。


しかし。


地面に足で踏ん張る雨空と、布団に巻きついているだけの俺では、どうしてもゆっくりと、ゆっくりとではあるが引きずられていく。布団は滑るのだ。


気づけば俺は、ベッドの端へと引きずられており。


「あ、雨空ちょっとストップ!」


「え?」


雨空がこちらを振り返ると同時に、俺はベッドから落下した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る