第8話 百聞は一見にしかず

「さて、どこ行くか決めたか?」


「はい。りんご飴、チョコバナナ、焼きとうもろこし、ベビーカステラ、オムそば、イカ焼き、綿菓子、あとは……」


「よし、聞いても覚えられねえ。行くとこ見つけたら引っ張ってくれ」


そうして、俺は雨空の望むがままに出店を回る。多分、買いすぎるんだろうなあ、という予測通り、明らかに一人で食べ切れない量を買う雨空を見ながら、俺は何も買わないことを決意しつつ、進んでいく。


左手に食べ物を入れたビニール袋(たこ焼き屋の店主が抱える俺を見かねてくれた)を持つ俺の右手が、幾度目かくいくいっ、と引っ張られる。


「次はなんだ?」


また食べ物だったらどうするかなあ……。


そう思う俺に反して、雨空が言ったのは予想外の言葉だった。


「先輩、わたし、くじやってみたいです」


「……おすすめはしないが?」


「それでも、やってみたいです」


目をキラキラさせながら、強い眼差しで見られてしまっては、俺に止める権利などない。


「あんまり深追いはすんなよ」


それだけ告げて、俺と雨空はくじの出店へと向かった。


店主に一回分500円を払い、雨空と、暇だったので俺も一回くじを引く。


当たらないとわかっているのにワクワクするとか、たちが悪いよなあ。


「……またか」


俺は昨年に引き続き、最下位賞のおもしろ消しゴム。


雨空の方は──


「……これで、500円……」


キャラクターものの鉛筆1ダース。俺たちも良く知るポケットなモンスターの鉛筆だ。


「ま、まだです……!」


「あ、おいだからやめとけって……!」


雨空はさらに3回引いたものの、鉛筆をさらに1ダースとおもしろ消しゴム2つという、悲惨な結果に終わった。


「だから言っただろ? やめとけって」


「二度とやりません……」


項垂れる雨空を連れて、また少し歩くと右手が引かれる。


「先輩、射的もやりたいです」


「お前ことごとく俺がやめとけっていったやつやりたがるな」


「だって自分でやってみたいじゃないですか。本当かどうかわかりませんし」


そう言う雨空を、俺は止めはしない。どれだけ他人に言われようと、実際に体験してみないことには信じられない気持ちもわかる。


俺がそうだったからな。


「まあ、やってみて理不尽さを思い知るといい」


「それにはいって言うのはちょっと気が引けますね……」


そんなことを言いつつ、射的屋の店主に金を払い、弾を受け取る。100円3発500円16発という微妙なまとめ買いサービスに釣られた雨空は500円16発を、俺は100円3発を選んだ。


コルクを銃に詰め、レバーを引っ張る。


ちらり、と雨空を見ると、レバーが固いのか、引っ張ることに苦労していた。


「貸してみ」


ぐいっ、とレバーを引っ張り、雨空へと返す。


「ありがとうございます」


「おう」


えへへ、と笑う雨空から視線を外し、景品を狙う。


昨年からの因縁の相手、キャラメルだ。


引き金を引く。命中。微動だにせず。


雨空はクマのストラップを狙っているらしい。


パン、という音と共に放たれた弾は、クマの真横を通過していった。


気を取り直して、俺はコルクを詰める。レバーを引く。雨空の銃のレバーも引く。引き金を引く。命中。微動だにせず。


雨空はまたも命中せず。次はクマの頭上を掠めていた。


コルクを詰める。自分と雨空の銃のレバーを引く。狙いを定め、引き金を引く。命中。微動だにせず。


……やっぱり固定されてんじゃねえか!


そんな怨念を込めて店主を見ると、ニマニマと笑みを浮かべていた。本当に、いい商売だ。俺も出店の店主になりたい。


「……先輩、当たらないです」


くいくいっ、と裾を引っ張られ、顔を向けると、雨空が不服そうな顔をしながら銃に弾を詰めていた。


それを受け取り、レバーを引いて雨空へと渡す。


「とりあえず構えてみ」


「はい」


クマのストラップ目掛けて構える雨空は、見た目だけは良いように見える。俺もよく知らないから素人目から見た場合だが。


「よし、銃の手前側にV字の突起があるのわかるか?」


「はい、これですか?」


「そう、それだ。で、銃の先の方にも突起があるのわかるか?」


「これですよね?」


「そう。その先の突起がV字の真ん中に一直線上にくるようにして、さらにその先にクマがくるように調節する。で、撃ってみ」


「こう、かな?」


ちょこちょこと角度を変えつつ、納得がいったのか、雨空は引き金を引いた。


コルク弾は直線に近い緩やかな弧を描きつつ、クマの顔面へと命中。したものの、微動だにしなかった。


「あ、当たりました!」


「おう、その調子その調子」


昔に親父に教わった射的の狙い方がまさか役に立つとは、と思いながら、俺は雨空が撃つのを眺めていた。

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