第18話『信頼』

サクラたちは後方から迫る三組の生徒を警戒しつつ、木々の隙間を縫うように走っていた。


「サクラ殿どうするであります? 先生は下がれと言いますが、逃げ続けているだけでは勝てないであります」

「分かってるっての」


 キュウゴの言うとおり、逃げてばかりでは埒が明かない。確かにユウキの指示は的確かもしれないが、これでは模擬戦じゃなくて鬼ごっこだ。

 試してみたい事、やってみたい事がたくさんある。

 ユウキの言うとおりにしていれば勝てるかもしれないが、サクラにとっての模擬戦は、これまで教わってきた集大成を披露する場所。

 いくら担任教師の指示でも、ただ言いなりになるのでは模擬戦を行う意義がない。


「キュウゴ、敵三人まだ追ってきてる?」

「がっちりと付かず離れずであります」

「じゃあそいつらに攻撃。あんたの魔法なら出来るでしょ」

「一度に制御出来る魔法は一属性のみであります。大気の干渉制御を中断しなりませんし、その状態で敵に当てる自信はないであります」

「大体の位置でいいから。とにかく敵の足を止めて」

「了解であります!」


 キュウゴが走りながら木刀を地面に突き刺すと、後方で噴煙のように土埃が舞い上がった。


「すぐに大気の干渉制御。敵の場所を索敵」

「前方三十五度に一人。四十一度に一人。四十五度に一人。避けられたでありますか」

「気にしない! ソウスケ、ツバキ、サザンカ! 目標地点に蒼牙閃三連射!!」


 サクラの指示を受け、三人の繰り出した蒼牙閃が木々をなぎ倒し、直進する。

 その内サザンカの放った一発が戦列の中央を走る体格に優れた男子生徒の肩口に命中。しかし男子生徒はまったく怯んでいない。

 当てが外れた。このまま無理に攻め込んで接近戦に持ち込まれるのは厄介だ。


「よし後退!!」


 被弾を受けた男子生徒は、左肩を抑えてすぐさま走り出し、追跡の手を緩めなかった。


「やられた。さすが狼牙隊分隊長は戦い方が上手い」

『いえ、多分サクラちゃん自身の判断による攻撃だわ。それには注意して』

「花一華先生じゃないんですか?」

『恐らくはね。彼はこの模擬戦を根本的に勘違いしているわ』

「勘違い?」

『ええ。どういう結果になるかは直に分かるわ。あなたたちは思うようにやりなさい』

「はい。キキョウ先生」


 キキョウとの通信を終えた三組の生徒三名は、サクラたちに追いすがる。一方サクラたちの通信機は、花一華ユウキの汚い悲鳴に支配されていた。


『勝手に攻撃しちゃダメだよ!! なにやってんのさ!?』

「先生の言う通り、逃げてるってば。でも反撃しなきゃ勝てないじゃん」

「せやで! 蒼牙閃ぐらいええやろ! それに一発は当たっとるはずやで!」

『こっちの手札を晒しすぎだよ! キュウゴの干渉制御はこういう地形では優位に働くんだよ! 大気で索敵はいいけど、そのあとの土属性の魔法攻撃はダメだ! あれでこっちの手札を明かしたせいで戦い方が一つばれたんだよ!?』


 確かに正論だ。何処まで行っても正論だ。反論の余地はない。けれどもサクラたちの心の内でくすぶるモノがある。根っこの部分でちりちりと赤い火花を散らしている。


『とにかく今まで使った技以外は使わないで! 隠し玉を持っておかないといざという時、相手の虚を付けなくなるよ!』


 信頼されていない。サクラたちが自分の力だけ勝てるなんて夢にも思っていないのだ。最初から見限られたみたいで腹が立つ。

 一言言い返して鼻っ柱を負ってやりたいけれど、うまい言葉が見つからない。


「大丈夫です」


 サザンカの穏やかな声音が、サクラには救いの鐘の音に聞こえた。


「心配ないです。サクラはその辺りきちんと考えてるです」


 そう言って目配せしてくる。

 サザンカの言う通り、やりたい事がある。模擬戦で絶対にやっておきたい事が。


「サクラの切り札はツバキです」

「わ、私?」


 呆気に取られたツバキとは対照的に、サクラは内心を見抜いてくれた友への感謝を笑みにしていた。


「さすが親友二号。よく分かってるじゃん」

「当たり前です。サクラの考えはお見通しです」

「あの……なんで私?」


 状況が呑み込めていないツバキに、サクラは可笑しみを感じた。自分自身の強さにまるで気付いていないのだ。

 毎日努力に努力を重ねて鍛え上げた牙。研ぎ澄まされた刃。ツバキのそれは、勝利への道を切り開く大業物だ。

 手にした獲物の切れ味を理解していない鈍感さがツバキらしくて好もしくもある。


「ツバキにしか出来ない技があるじゃん。それに賭けるってこと」

「私だけ?」

「そう、あんただけ」


 ようやく気付いたのだろう。ツバキははっとしたが、すぐに顔色を曇らせてしまった。


「サクラ、でも」

「信じてるからね、親友」


 この言葉に微塵みじんもウソ偽りはない。桜葉ツバキならば絶対に出来る。サクラが意を込めて見つめると、ツバキは戸惑いながらも首肯しゅこうした。


「う、うん」


 一年一組の仲間なら三組にも絶対勝てる。全員が持てる力を十割出し切れば同世代の蒼脈師相手に負けるはずがない。


「ソウスケ。あんたもね」

「ワシに何やらせる気や?」

「好きでしょ。突撃」


 サクラの意図を雷光の如き速さで理解し、ソウスケは満開の笑みを咲かせた。


「……せやな!!」


 ソウスケは、急停止してきびすを返すと、迫りくる三人の敵に向かって突撃を敢行した。想定外の行為にユウキの悲鳴が響き渡った。


『ソウスケ何してんの!?』

「悪いな先生! 後ろに下がるいうんが苦手でのう!! ワシの歯車は前進する時以外、空回りしてまうんや!!」

『それ壊れてるから修理しようよ!』

「応急修理出来るほど、器用じゃないんや!!」


 ソウスケは、嬉々として木刀を振るいながら、敵の制空権に切り込んだ。


「オラオラオラオラオラ!! どついたるから、そこ並べやぁ!!」

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