第15話『陰気法』

 昼休みが終わり、一年一組の生徒たちは訓練場に集まっていた。

 全員が集まっていることを確認したユウキは、右拳を頭上に掲げていた。


「午後は気法の授業をしたいと思います。みんな中等科で使い方は習ってるよね?」

「せやな。基本は教わっとるで」

「そうでありますが、魔法や仙法の例を見るに、基本が出来てるかは怪しいであります」


 生徒たちの視線が右拳に集中したところで、ユウキの右拳が橙色の雷光を纏った。


「念のために説明するよ。蒼脈を気力に変換して、身体の一部や武器に纏わせる技術を気法と呼ぶんだ」


 膨大な破壊力が拳一つに収束し、乾いた音を鳴らしている。

 気法は微弱でも岩石を穿ち、達人ともなれば如何いかなる手段を以てしても防御不可能とされていた。


「これが一番センスというか才能というか得意か不得意かが別れる技術なんだ。だけど接近戦では必須の技術だし、得意じゃない人もなるべく苦手を克服したほうがいいと思う」


 言いながらユウキは、気法を纏ったままの右手で蒼脈刀を抜いた。掌に滞留たいりゅうしていた気力は柄を通して蒼脈刀の刃に伝搬でんぱんしていく。

 稲光のようにほとばしる気力は終息し、蒼脈刀は普段通りの姿を取り戻した。


「あ、気力が消え失せたであります」

「せやけど、長時間の持続は難しいで。さすがの先生でもって事やろ」

「こう見えても気法は維持してるんだよ」

「マジで!? でも消えてるじゃん」


 サクラが驚嘆の声を上げると、ユウキは蒼脈刀を軽く振った。


「陰気法って言ってね――」

「先生みたいやな」


 ソウスケの一言は、言霊の槍となってユウキの胸を貫いた。糸が切れたみたいにがっくり項垂うなだれて、うんともすんとも動かない。

 サクラは毒蛇のような目でソウスケを睨んだ。


「ソウスケ何とかしろっての」

「ワシのせいか」

「どう考えてもだっての」

「すまん。つい、弄りたくなってしもうた」

「何とかしろよ」

「分かっとる。すんませんでした!!」


 威勢のいい声を上げてソウスケが土下座した瞬間、ユウキは子ネズミのようにうずくまった。すかさずサクラの張り手がソウスケの背中を鞭のように引っ叩く。


「痛ぁ!?」

「ソウスケ、怯えさせてどうすんのよ!!」

「しゃーないやんけ! ワシぁ口下手なんや!!」

「どこかだ!! どうでもいい時ばっかり回りやがって!! 先生も先生で落ち込まない!!」


 返す張り手でユウキの背中を叩き、強引に立ち上がらせる。


「は、はいぃ!!」

「最近のサクラ殿、先生を励ますというより、お母さん的ポジションであります」

「花一華先生にはあれぐらいでちょうどいいです」


 ユウキは、涙目になりながら左手で背中をさすり、右手に持つ蒼脈刀を掲げた。


「じゃ、じゃあ説明に戻るね。陰気法って言うのは表面に薄い膜状に気法を展開する技術なんだ。目には見えないぐらい薄い気力をね」

「薄い気力でありますか?」

「そう、常に最大出力で気法を使っていたら蒼脈の消費が激しくなるからさ。とは言え、常に気法を展開しておかないと拳や武器が相手の気法とぶつかり合った時、こちらが一方的に損傷してしまうんだ」

「常に最低限度の出力で気法を扱えるようにする、ということですか?」

「そうだよツバキ。気法が苦手な人でもこれをやっておけば接近戦でも選択肢が広まると思うんだ。得意には出来なくても苦手はなくしていった方がいい……ような気がするんだ」

「そこは自信持ってってば……」


 ぼやきつつもサクラは、蒼脈刀を構え、刃を気力で覆っていく。それにつられてサザンカを除く生徒たちが一斉に蒼脈刀を鞘から抜いた。

 なるべく小さく。なるべく目立たないように。サクラは念じるようにして気力を刃にまとわせるが、気法特有の橙色の放電現象が起きてしまう。

 いくら出力を小さくしても放電の勢いが小さくなるだけでユウキのように完全に消し去ることが出来ない。


「サクラ、気力は紙のように薄く、羽衣はごろものように透き通る感覚だよ」

「紙のように薄く、羽衣のように……って言われても」


 大きく深呼吸をしてから再び気力を刃にまとわせる。だがうまくいかない。

 そんなサクラとは打って変わって、ソウスケの蒼脈刀は、一切の放電現象を伴わくなっていた。


「あ、あんたもう出来たの?」

「コツを掴むと簡単や」


 認めたくないが、仙法と気法に関してソウスケは天才的だ。サクラの及ぶところではない。

 絶対に負けたくない。すぐに追いついてやる。気持ちと裏腹に気力は小さくならずに、放電を伴ってしまう。思いばかりが空回りして、一向に上達しなかった。


「どうすればいいっての、これ」


 サクラが弱音を吐いた瞬間、ユウキが恐る恐る近づいてきた。


「サクラ、さっきも言ったけど紙のように薄く。歯後も炉のように透き通る感じだよ」

「分かってるけど、全然うまく行かないんだってば」

「サクラは小さくしようとしてないかい? 気力は小さくするじゃなくて薄くする感覚だよ」

「薄く……」


 確かに小さくと薄くでは感覚が全く違う。

 サクラは刃にまとわせていた気法を解除し、再び気力を練り始めた。

 いつもは全てを砕く雷を想像して気力を生み出すが、今回は紙のように薄く、羽衣のように透き通るように。そして練り上げた気力を刃にまとわせる。

 サクラの蒼脈刀には一見すると変化はない。しかし腕利きの蒼脈師から見ればその変化は明らかだ。


「うん。うまく出来てるよサクラ」


 サクラの次にはサザンカが、遅れてキュウゴとツバキが不安定ながら陰気法を成功させている。一年一組の生徒たちは教えた以上のことをやってのけてしまう。

 類稀な天才の集まり。磨かずとも強い輝きを自ら放ってしまう原石たちだ。

 模擬戦は十三日後。ユウキは確かな手ごたえを感じつつ、彼らの指導と護衛を任された自身に課せられた重圧を自覚した。

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