bloom wonder
逢坂汀
第1話 序
丁度、服を着替えてそろそろ家を出ようかと思っていたタイミングで、キャンセルのメッセージが入った。少し考えてから、どの角度から見てもトゲの感じられなさそうな言葉を選んで、送信。
これで、今日の予定は消えたらしい。
そのまま二十分ほどの間、惰性にまかせて見るともなしに眺めていた携帯端末を布団の上に放り、勢いをつけて起き上がる。脱いだ衣類の散乱した床を大股で横切り、ペットボトルを取り出すために開けた冷蔵庫の中身を覗き込んだ。
目に入ったのは、納豆に発泡酒。他は使いかけの調味料があるだけで目ぼしい食料はなく、買い置きのインスタントラーメンはとっくの昔に食い切っていた。食べるきっかけを失い、記憶にある限り昨年の夏よりも以前から冷凍庫内で霜をかぶっている枝豆とカピカピの食パンは、
このところずっと出来合いのものばかり食べていて、買ってきた飲み物を冷蔵庫に突っ込むだけというような生活をしていたのだから、わざわざ確認するまでもない当然の窮状だった。昨日の夕飯も、コンビニで適当に見繕い、昨日の時点では、今日の朝食は出掛けに牛丼かフーァストフードで済ませればいいやと思っていた。
「う〜わ、……」
思わず口から声が漏れ、軽はずみに開かずの間状態だった野菜室を開いたことを、すぐさま後悔した。目に入ったのは、ビニール袋の中でぐずぐずに液状化し始めている不穏な物体だ。だけどそれがなんだったのか、すぐには思い出せない。買ってから忘れてしまうだけの時間が、すでに経過しているということなのだろうが、出せば間違いなくニオイが発生しそうなので、指定のゴミの日まではこのまま庫内に留めておくしかなさそうだ。
いつからここで腐っていたのかもわからないそれを、次にゴミに出し忘れたらさらに先まで冷蔵庫に入れっぱなしになるわけだが、朝は常に余裕がない生活をしているので、休日にでもかぶらない限りはこのまま延々と忘れ続けそうだと思うと、今から
扉を閉めかけたところで、不意に”それ”がなんだったのかに思い当たった。これは、二ヶ月近く前にリセが来た時に買ったものじゃなかったか。日常の食卓ではまるで馴染みのない野菜だったが、少し前に話題になった(が、正直俺にはよくわからないトンチキな設定のイロモノ系)ドラマで、キーアイテムのような使われ方をしたせいで、突如注目が集まったがために品薄となり、あまりの入手困難に市場ですっかり幻と化してしまったせいで、放送が終了してからのちも話題が続くという不毛なループに陥っている代物で、アパートに来る前に寄ったスーパーの生鮮売り場であまりにさりげなく陳列してあったそれを発見した際に、彼女は、「うっそぉ!こんな僻地のスーパーにあるなんて、びっくりなんだけど!すごくない!?」と喜んでいた。それは、液状化途上の謎の物体になる以前でさえ、食品というよりも爬虫類や恐竜の体の一部とでも言われた方がしっくりくるような、最初にこれを食べようと思った人類に感嘆をしたくなるような見た目をしていた。
あの日リセは、ブーケや花畑のようなあしらいの鍋とサラダを作って、何やら撮影をしていたけれど、どうやらあの中には使われていなかったらしい。”旬な素材と自分”という題材を撮影した画像をインスタにアップしたことに満足して、ここへ仕舞ったあとにその存在を忘れたんだろう。
リセとの食事は、外に食べに行った時でも、注文したものがテーブルに出揃った状態の画像をSNSに上げることが優先されるので、「食べよう」と言う頃には大抵のものは冷めている。自分の食べたがっていたものをなぜ美味しいうちに食べないのかと疑問に思うことはあっても、それを口に出したことはない。リセが迷うことなく用途のわからない野菜を買い物かごに入れた際も、曖昧なコメントと笑顔で受け流した。エセ平和主義の俺は、避けられる戦闘は回避するし、藪をつつくにもコスパを重視する。
せっかく丸一日体が空いたのだし、溜まった洗濯物を片付けるなり、コンビニ以外の場所へ食材を買いに行くなりした方がいいんだろうとは思う。なにせ、このところずっと仕事の忙しさにかまけて、コンビニ弁当や出来合いのものばかりを買っていたせいで、そう遠くないうちに体も懐も干からびそうだった。とは言っても、どうせ調理法は『レンチン』『オーブン』『生食』くらいなんだけど。
基本、形から入る派の自分は、一人暮らしに際して揃えた鍋・フライパン・フライ返し等の調理器具の
正直なところ、一人暮らしをするまで、料理なんてちょろいと思っていた。「料理なんて、分量や手順さえ押さえておけば簡単にできるだろうに、……気の毒だな」と、料理が出来ない人間のメカニズムを完全に
見栄を張るわけではないが、勉強にしろスポーツにしろ、俺はある程度のコツさえ掴めばわりとすんなりとなんでもできていた自覚があった。現在の
たびたび起こる財政難さえなければ、手間暇がかかる上に身の危険まで伴う自炊などをする必要に迫られることもないのだろうが、自分の場合、財政難が引き起こされる最大の要因は、収入額そのものではなく、収入における服飾費の占める割合に問題があった。仮に、自分の収入が今の倍、もしくは三、四倍に跳ね上がったのだとしても、まったく同じ問題に直面するだろうことは、想像に難くない。それは明確にわかっている。
今月、俺はヴィンテージのコートを買った。古着屋にいて、俺の好みを
俺は服が好きだ。だけどただ好きなのではなく、とても好きなのだ。
たとえば『めちゃくちゃ美味いご馳走』と『めちゃくちゃ自分好みの服(※現物限り)』が並んでいた場合、その時の腹具合によって多少のせめぎ合いはあったとしても、たぶん俺は服を取る。つまり、自分にとってそこは譲り難い一線なのだ。
同じ一人暮らしでも、学生の頃はそこそこ割りのいいバイトをしていたし、主にそのバイト繋がりで知り合った人にご飯を奢ってもらうようなことはしょっちゅうだったから、仕送りの額が友人間では平均以下でも、経済的には今よりずっと楽だった。実家がさして裕福なわけでもなく根が庶民なので、豪遊とまではいかないまでも、毎日がどこか浮かれていて、馬鹿なお金の使い方も平気でした。今みたいに、ものすごく厳選した上で、それ以外のものを泣く泣く諦めたりするような我慢なんて、当時はほとんどした覚えもなかった。
振り返ってみれば、(そういうものが他の誰にもあるものなのかは知らないけれど)あれは十代特有の万能感とか
うちの母親は、一人暮らしの息子の体を心配してか、俺の好物の手料理の入ったタッパーやお米、地元の特産品、果ては「いやいや母ちゃん、これはさすがに近所でも買えるでしょうに……」と言いたくなるようなお菓子の数々までを段ボールにぎっしり詰め込んでは、たびたびクール宅急便で送ってきてくれる。
……なんて殊勝な心がけのある人では間違ってもなく、たった一人の愛息を社会の荒波に送り出した瞬間から身心ともにスッキリしているようなさばさばとした性格で、就職の際には「門出の祝いに」と、専門学校への進学にかかった全費用の明細を記した領収書を送って寄越すようなタイプであるから、そのへんはまったく期待の余地がなかった。のし袋の中身を見て、膝から崩れ落ちた日のことはいまだに忘れていない。
ちなみに俺にとっての『おふくろの味』というのは、俺が幼い頃から営業職で忙しく立ち働いていた母親に代わって、近所で俺の面倒を見てくれていた善意のじいちゃんばあちゃんたちが食わせてくれた手料理だ。
実母の料理の腕前はというと、どこにでもある材料となんの変哲もない器具を用い、見た目は普通だが、口にした者のシナプスのあちらこちらに仕掛けられた地雷が次々に連鎖爆発を起こすかのような衝撃を与え、しかもひと口ごとに受けるインパクトが違うものを作り上げてしまうという謎の意匠の持ち主なので、そのようなものをわざわざタッパーに入れて送って来られても、困る。
以前試しに友人に食わせた際には、「いや待って。……なんだ、これは。……不味いよ。不味いんだけど、なんでなんだろう。意味がわからなくて、ついまた食べてしまうよ。……怖。だけど不思議と後を引く不味さだ。……怖。おまえの母親の国籍はどこなんだろう?」という、いっそ詩的なコメントをもらったこともあるが、確かにあれを食ったことのある人間にしか吐けない
以来、友人の間で「味覚テロリスト」やら「台所のイリュージョニスト」、果ては「お弁当☆エクスプロージョン」「イグノーベル賞・料理部門グランプリ」などの不名誉な
根本的にそれほど料理をする人ではないこともあり、実害が起こる頻度が少ないせいか、俺を含めそれを本人に面と向かって言った勇者は今のところいない。つまり、本人は自分がテロに等しい工作を行っているという自覚が未だにない可能性は高かった。
料理にまつわる残念な『呪い』は、奇しくも血脈に乗り、親から子へ受け継がれていることになるのかも知れないが、ひとまずはその支障が味覚にまで及んでいないことを祈っている。
三食が納豆に豆腐、生食パンやトーストだったり、体裁は多少まともっぽくてもインスタント・レンチン三昧のあまりに味気ないバリエーションの日々が続くと、すぐそこにあった頃には特になんの感慨もなく口にしていたつもりの家庭的な味が急速に恋しくなるのだと知った。(※母の味ではない)
時に自分しかいない空間で、マッチを擦ると次々に浮かぶおとぎばなしのなかの幻影のように、食べたいものが絶えることなく脳裏に現れては消えるけれど、欲求と実際の財政の折り合いをつけるのは、とても難しい。こういう時は、せめて
けれど、かつては無尽蔵に沸き上がってくるかに思えていた親への下克上の欲求も、大人になるにつれだんだんと下火になっていて、今では悪戯に反抗したり親の心に負担をかけようという気にはなれなくなっている。かといって、今の勤務形態で副業をするような時間・精神的余裕があるとも思えない。
単純に、欲しいと思う欲求をどんどん切り捨てて、”不要不急”に、プラスとマイナスの釣り合いの取れる堅実な経済活動を心掛ければ、ある程度の生活の質は保てるのだろうと予想はつくけど、それはなんてまっとうでつまらない
ふと、鶏の唐揚げとビールを腹いっぱいに食べたのはいつだったっけな、なんてことを考えて、サッシの向こうに淀む空の白色へ、我ながら出来の悪い苦笑を投げた。
社会人になってはみたが、なんだかパッとしない。仕事は日々それなりに忙しくて、忙しいけどたまに、「これって俺以外の誰がやったっていいんじゃないの?」と、思わなくもない。というより、ほぼ毎日がそんな感じのような気がする。
こういう感じが延々と続いていったとして、その先はどうなるんだろう、なんてことを考える。別に何か大きな問題があるとか、目に余るほどのストレスを抱えているから辞めてしまいたいとか、そういうんじゃないけれど。
リセのことも。仕事で都合が合わなかったりして、止むを得ず延期したり、キャンセルをするようなことが重なるうちに、次第にフォローをすること自体が重たくなっている。いくら「誘われるタイミングが悪い」と言ったって、前もって休みを合わせるなり、最悪誰かにシフトを代わってもらうなり、やり方はいくらでもあると思える。核心はそこじゃない。心のどこかにある、「自分がリセを最優先させてはいない」という後ろめたさは拭えない。
リセは可愛いし、ユーモアもある。度を越した我儘でむやみに人を傷つけることもなく、むしろ、どの程度の我儘が自分を引き立て、人の心をくすぐるのかを、わかってやるようなタイプだ。ファンタジックなテーマパークとスペシャルなイベントが大好きで、冗談みたいなお姫さま扱いに喜ぶことだって、付き合うのもそう苦じゃない。だけど、それがずっと続くとなれば………。
目に見えるルーティーンが義務的なものに思えてきて、おざなりになっていたことも事実だ。今日みたいに、今の今で断りを入れるというやり方に、本当は彼女がずっと抱えていた、俺に対する
いい時はいい。さらに言うと、社会人になる前はもっと良かった。その時にはわからなかったけれど、地に足もつけられないほどに身軽だった期間の中で、一喜一憂を繰り広げては、まるで舞台の中心人物にでもなったかのように過ごしていた。リセに自分が合わせているふりをしながら、本当は自分が変化なんて永遠に来ないことを望んでいた。その頃の俺たちは、たぶんちゃんと共犯だった。
だけど重力の戻った地上に降りてわかったことは、恋人に涙声で呼びつけられたからといって、いつでもどこにでも駆けつけられるほどに、生活は易しくないということ。夢や理想でだけでは、飯は食えないということ。
過去の自分たちが持っていたはずのものを、リセがムキになって証明しようとすればするほど、そのやり方が間違っているような気がして、少しずつなにかが噛み合わなくなっていく。過去に無邪気に交わしていた言葉のひとつひとつが、お互いを拘束するための枷のようになっていく。証明なんて必要なかった。そんなつもりだったことは、一度もなかったのに。
健やかなる時も病める時もずっと誰かと一緒に居るって思うのは、今は想像しただけできつい気がしてしまう。
恋人を思い浮かべた時に漠然と、『代償』や『ギブアンドテイク』という言葉も一緒に転がり出てくるということが、果たして恋愛の終わりを意味するものなのか、幼い関係から脱却して、互いにその先の未来との折り合いをつけることの始まりなのか、俺にはわからない。
顔を見て、話をすれば、「楽しいな」「一緒に居てよかったな」って、きっと思える。だけど、仕事で疲れたからとか、なんか今日はだるいとか、そんな言い訳を頭の中で並べているような今の状況では。
別れるにも、楽しく過ごすにも、いろいろなものを消費する。以前は蓋をして、意識の下に隠し
だけど、口にしたくないのは、形にしたくないのは、誰かのためじゃなくて全部自分のためだ。隙があれば緩んでしまいそうな蓋の下に隠れているのは、きっと”自分”だ。
過ごした時は空気と変わらない質量を持って、風船のように空へ飛んでいく。毎日を、毎日を、他人事のように見過ごしている。
いったい俺は、何がしたいんだろう。
気が付けば、ずっと考えている。だけどその問いの答えを、今すぐには欲していない。
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