記録32 シンデレラは脱走したい
ガシャン!!
割れたティーカップ、カーペットに紅茶のシミができる。
「紅茶1つまともに用意できない……本当にお前は使えないわねぇ」
金髪の美女が、灰色の髪の少女に向けてそう言う。
ギリッと灰髪の少女が歯を食い縛れば、金髪の美女は高笑いする。
「アハハハッ!!どれだけ悔しがっても無駄よ。お前は無能。魔力が少ないって本当に不便ねぇ?」
バンッ!!
突然、扉が開き銀髪にエメラルド色の瞳の少女が紙を片手に金髪の美女に近寄る。その後ろを銀髪にアメジスト色の瞳の少女が慌て駆け寄った。
「お姉様!!武闘会の招待状が届いたわ!王子と互角に戦えたら婚約者にしてくれるって!」
「まぁ……!王子の婚約者に!?」
「お姉様なら絶対に婚約者になれますわ!だってお姉様は、豊富な魔力を持ち、すべてを灰と化すことができるほどの火の魔法の使い手ですもの!」
銀髪の少女2人が金髪の美女を誉めれば、美女はうっとりとした表情になる。
「うふふ……楽しみねぇ。腕がなるわ」
「そう言えば……シンデレラにも招待状が届いていたけれど、必要ないわよね」
エメラルド色の瞳の少女はそう言って、灰髪の少女……シンデレラの目の前で招待状を火の魔法で燃やした。
灯りはロウソク1つと窓からさしこむ月明かりのみ。
布団とは言えない薄っぺらい布地が1枚。煤けて色褪せたワンピースが数枚あるだけ。
ここがシンデレラの部屋だった。
「チッ!」
部屋に入るなりシンデレラは舌打ちする。
「今すぐにでも薪割りしたい……」
このイライラは寝るだけではおさまらない。
薪割りなどの力仕事でイライラを発散したい。正直なところ、この家を破壊したいとシンデレラは常々思っていた。
魔力が少ないシンデレラは、継母と姉達から馬鹿にされ、金目の物は全て取り上げられ、召し使いのように働かされた。
家から脱走しようと試みるものの、常に家には継母か姉達のどちらかがいるため、脱走できなかったのだ。
武闘会当日の朝。
「え、全員行かれるのですか?」
「えぇ、そうよ。もちろんお前は留守番よ!ほら、さっさと私達のドレスや化粧の準備をして!お母様の分もちゃんと準備しないと火あぶりにするわよ」
シンデレラは心の中で歓声を上げた。
(ついに!今日!脱走できる!)
「奥様、お姉様方、行ってらっしゃいませ!」
シンデレラは満面の笑みで継母と姉達を送り出す。
「お姉様、何か……シンデレラ嬉しそうじゃない?」
アメジスト色の瞳の少女がヒソヒソと金髪の美女の耳元で呟く。
「むかつくわねぇ……あの笑顔。一体、何がそんなに嬉しいのかしら?武闘会に行けないっていうのに……王子に会えないのに……」
「何か企んでいたり……?」
三姉妹はコソコソと会話する。
「……3人とも、あんな小娘のことはほっときなさい。ほら、馬車に乗って!」
母親にそう言われ、姉達はいそいそと馬車に乗り込み武闘会が開かれる城へと向かった。
継母と姉達を無事に見送ったシンデレラは、少ない荷物を纏めて裏口からこっそり出る。
「……よし、周囲に人はいないわね。他の使用人もいない……」
シンデレラは家を飛び出した。
向かうは市街。
走るシンデレラの表情は晴れ晴れとしていた。
(夜風が心地いい……!)
さて、これからどうしようか?
どこかで住み込み可のバイトを探そう。
冒険者になるのもいいな、シンデレラは思う。
魔力が少ないせいで継母と姉達にいじめられ、シンデレラは悔しくてひっそりと武術や剣術の鍛練していた。魔法も、威力はないし、連発はできないが、一通り使えるように練習もしていた。
(冒険者になって、世界を旅する……ロマンだわ~!しばらくバイトをして、資金が出来たら冒険者になろう。そうしよう!)
シンデレラはウキウキしながら街に向かう。
そんな時だった。
「そこのお嬢さん!」
シンデレラは立ち止まる。
辺りを見回すが、誰もいない。
「上よ、上!」
そう言われて顔を上げると、空中に人がいた。
空飛ぶ箒に優雅に腰かけた美女が月光に照らされていた。
黒いとんがり帽子とローブが特徴的だ。
「お嬢さん、こんな夜中に走っては危ないわよ?何をそんなに急いでいるのかしら」
「私、家出してきたんです。今はとにかく、街に行って仕事を探したいな~って……」
「まぁ、家出……。そして、街に行って仕事を探そうとしているのね、なるほど……。ねぇ、お嬢さん、武闘会に興味はある?」
「え、武闘会?まぁ……興味は、ないわけではないですけど……」
姉達のドレスの準備をしながら、ちょっと羨ましいなと思ったのは事実だ。
それに何といっても、武闘会の一番の目玉……対戦相手である王子と戦えることはとても羨ましいと思った。
王子の年齢はシンデレラより少し年下だが、魔術、剣術の才能は素晴らしいとのことだ。
どれほど強いのか……是非とも戦ってみたいとシンデレラは思った。
「でも、私……武闘会にいくためのドレスなんてないわ。さすがにドレスコードを無視していく勇気なんてないし……」
シンデレラが困った顔をすると、とんがり帽子を被った魔女はにっこり笑う。
「貴方には秘めたる力がある……私はそう感じるわ。お嬢さん、私が特別な魔法をかけてあげるわ」
魔女はそう言って杖を取り出して呪文を唱えた。
シンデレラは光に包まれ、そして、ドレスを着ていた。
濃紺のドレス。ほんのり青みのあるガラスの靴には薔薇の飾りがついている。
適当にまとめていた灰色の髪は上品に結われ、真珠の飾りが月明かりを受けて柔らかく光る。
「こ、これ……私?」
「そうよ!それと……0時になってしまうと魔法が解けてしまうから、そこは気をつけてね。あと、馬車が必要よね。うーん、馬車の材料になりそうなものは……」
「魔女さん、ありがとう。でも馬車は必要ないわ。ここからお城までそう遠くないもの。私、歩いていくわ」
シンデレラがそう言うと、魔女は慌て首を横に振る。
「ダメよ!確かに、城まで歩いていける距離だけど、歩いたらせっかくのドレスが汚れちゃうわ!この辺にカボチャとか……箱とか、この際、ジャガイモでもいいわ!それがあれば馬車ができるんだけど……」
「それなら、魔女さん……私、お願いがあるの」
魔女はコテンと首を傾げた。
「私、その箒に乗ってみたいの」
シンデレラはおずおずとそう言った。
「え……この箒?馬車じゃなくて、箒でいいの?」
シンデレラは頷く。
「私……魔力があまりないから長時間、箒で空を飛べないの。お城へ連れていってくれるなら、箒で行ってみたいわ」
「……わかったわ。では、お手をどうぞ、お姫様」
魔女は手を差しだし、シンデレラを箒に乗せる。
「じゃあ、しっかり掴まっててね!」
こうしてシンデレラは、魔女の箒に乗って武闘会が開かれる城へて向かったのだ。
「カットーー!」
クローチェの声が辺りに響く。
「撮影、どんな感じ!?見せて、見せて!」
撮影を担当していた魔族の方へクローチェは駆け出した。
「お疲れ様~フィク、ルナーリア」
リナリアが水の入ったコップを2人に渡す。
「ありがとうございます、リナリア様」
「まだ撮影あるから頑張ってね、フィク!ちょっと、ルナーリア……大丈夫?顔が死んでるわよ」
「も、もう……限界……」
黒いとんがり帽子にローブを着た美女……じつは魔女役はルナーリアである。
フィクとクローチェが頑張る姿に感化されて、魔女役に立候補したのである。
この日のために姉のリナリアと共に猛練習をしたルナーリア。
ルナーリアは、リナリアからもらった水をゴクゴクと飲むと、立ち上がり、自分の頬をパシッと叩く。
「よし……60%ぐらい、回復しました……!大丈夫です……!」
「ルナーリア様、一緒に頑張りましょう」
フィクとルナーリアは頷き合う。
「お~い!フィク~!」
フィクが後ろを振り向くと、金髪の美女、銀髪の少女2人……シンデレラをいじめる三姉妹の役をやった魔族達が駆け寄る。
「お疲れ様!!いい演技だったわよ~!私を睨み付けて歯を食い縛るシーン、ゾクゾクしちゃった!もっと痛め付けたくなったわ~!」
金髪の美女……サキュバスのお姉様が笑いながらそう言う。
「ねぇねぇ!!そのドレス!最高に素敵!!とっても似合ってる!」
「お化粧したらフィクさん別人みたい!スタイル良くて羨ましい~!」
銀髪の少女2人……吸血鬼の双子がフィクに張り付いてそう言う。
そんな時だ。
「いや~こんな可愛くて素敵なお姫様を妻にできるなんて僕は幸せ者だなー!」
そう言ってキュッとフィクの後ろから抱きつくのは小さな王子様……クローチェだ。
「姫様……!可愛くて素敵だなんて……冗談はよしてください」
「嘘じゃないよーー!フィクってば美人過ぎて……!綺麗すぎて直視出来ない!!」
クローチェがそう言えば、回りにいた魔族達が笑う。フィクは恥ずかしそうにしていた。
さてさて、休憩が終わったら魔族版シンデレラ、後半戦がスタートだ!
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