記録27 人手が足りませーんっ!


「うぉぉん…」

それは魔王城の一室、机に突っ伏してよくわからない呻き声を出す人物がいた。

「姫様…少し休憩なされては?何か飲み物を用意してきますよ」

フィクがクローチェにそう声をかける。

そう、机に突っ伏していた人物はクローチェである。

「じゃあ…コーヒーとか…」

「駄目です。先程飲まれたでしょう?コーヒーは体を冷やす作用があるのですよ。では、紅茶を用意してきますね」

サクッとフィクに空っぽになったカップを回収される。

クローチェはフィクが部屋を出ていくと、重いため息を吐いた。

「はぁ…時間も人手も技術も…足りないぃ」

クローチェは今までの出来事を思い出していた。



制作する映画を『魔族版シンデレラ』に決めたまでは良かった。

そして、クローチェは壁に直面した。


「うーん…うぅぅん。これ、どうやって纏めよう…?」

まず最初に詰まったのは脚本だ。魔族達が満足しそうな内容を盛り込むのが難しい!!沢山でたアイディアをただ突っ込むだけでは、ぐちゃぐちゃの纏まりのない展開になってしまうのだ。

「うぅ…でもストーリーをある程度完成させないと、キャストがどれだけ必要になるか分からないし、そこがハッキリしないと、ルナーリア達に衣装を頼めないし…!」

図書館からかき集めた資料がクローチェの自室の机に積み上がっていく。


「失礼します、姫様。お探ししていた資料を届けにきました」

クローチェの部屋に、司書のエスピが幾つかの本を携えてやってくる。

「ありがとう…エスピ」

「姫様…大丈夫ですか?何やら元気がないようですが…」

クローチェはアハハ…と乾いた笑みを浮かべる。

「ちょっと…ね。ストーリーがうまく纏まらなくて…」

「そうだったんですね…あの、差し支えなければ、お手伝いしましょうか?」

エスピからの思わぬ提案に、クローチェはめを見開く。

「い、いいの?協力してくれるの!?」

「えぇ、私で良ければ!」


こうして、クローチェはエスピと共同で脚本を作ることになり、脚本問題は無事解決。ホッとしたのも束の間…クローチェは、新たな壁にぶち当たったのだ。



「主役が決まらないってどーゆーこと…?」

クローチェは頭を抱えて唸る。

エスピとの共同制作のお陰で脚本はほぼ完成に近づいた。なので、キャストをそろそろ決めようと思い、クローチェは魔族達に声をかけたのだが…。


「シンデレラをいじめる継母と、お姉さん3人組は、皆こぞってやるって言ってくれたのに…。何で誰もシンデレラと王子様はやってくれないのー!?」

クローチェは魔族達に声をかけた時のことを思い出す。


「えぇ…だってシンデレラって最初、継母達からいじめられてないと駄目なんでしょ?演技とは言え、私そんなの耐えられないわ~」


「主役のシンデレラとかはちょっと荷が重いし…継母とかシンデレラをいじめる義理の姉達の方が楽しそうだわ」


「姫様が考えた魔族版のシンデレラは、武術も魔術もたけてる人が演じた方が良いんだよね…悪いけど、武術の方はサッパリだから」


「王子役はちょっと…俺、あんな歯が浮くようなセリフ言えねーわ…」



「映画…作れるか不安になってきた…」

色々思い出して、ちょっと落ちこむクローチェ。

「まぁ、険しいお顔。姫様の可愛い顔が台無しね」

突如、そう言って現れたのはルナーリアの姉、リナリアだ。隣にフィクもいる。

「すみません、姫様。メイド達にも聞いてみたのですが、主役をやってくれると言ってくれる方はいませんでした…」

リナリアは「まだ見つからないの?」と言う。

クローチェは、リナリアの言葉に力なく頷く。

「うーん…エスピに頼んで、シナリオを書き直して、シンデレラの武術を使ったシーンはなくして魔術だけにしようかな…。と言うか、王子様役が困ったなぁ。気品があって、美形で、ちょっと歯が浮くようなセリフもサラッと言える人…そんな人いるかな…」

「あら、いるじゃない」

悩むクローチェの横で、サラッとそんな事を言ったのはリナリアだ。

「え!?誰?誰なの!?」

「貴方達2人よ」


リナリアはニコッと笑う。この場にいるのは3人。リナリアを除くと…クローチェとフィクの2人だ。

「えーっと…あ!なるほど、私がシンデレラ役で、フィクが王子様役ね!それなら納得~!」

クローチェがそう言うが、リナリアがふるふると首を横に降る。

「違うわよ。姫様が王子様役で、フィクがシンデレラ役よ」

リナリアがそう言うが、クローチェとフィクは首を傾げる。

「あの…リナリア様。何故私がシンデレラ役なのです?姫様より身長もありますし…姫様のためなら、歯が浮くようなセリフだって言いますよ」

フィクがそう言えば、リナリアは手を伸ばし…いきなりフィクの胸元を触った。

「っ!!?リ、リナリア様…いきなり何を…!」

バッとリナリアの手を振り払うフィク。クローチェは目の前で何が起きたか理解出来ず、口をポカンと開けている。

「うふふ…普段、メイド服を着ていると分かりにくいけど…フィク、貴方って良い体型してるわねぇ。ドレス姿…さぞかし美しいでしょうね。きっと、魔法使いによって美しいドレスにガラスの靴を履いた貴方を見たら、この魔王城にいる男達をあっという間に骨抜きにできるわよ~」


リナリアの言葉にふと、クローチェはパジャマパーティーの時の事を思い出す。

ベビードールを着たフィクの姿を…。

「ハッ…!そう言えばフィク、胸…結構あったよね…?」

クローチェが羨ましくなる程の胸がフィクにはあった。

「うぅ…。確かに、この胸は男装する際に邪魔かもしれませんが…。でも、シンデレラなんて、主役なんて無理ですよ。私、見た目が地味ですし」

フィクがそう言うが、リナリアはガシッとフィクの肩を掴む。

「あら~フィクってば、化粧の力をなめているわね?それに…」

リナリアはフィクの、今はスッキリと纏められた灰色の髪を撫でる。

「シンデレラって…灰被りを意味するんでしょう?なら、フィクがぴったりじゃない?それに、魔術も武術もそれなりに出来るでしょ?特別秀でてるわけじゃないけど、素人よりは上手なのを私は知っているわ」

「それ…褒めてます?」

フィクは何とも言えない顔をしているが、クローチェは顔を輝かせる。

「すごい…!すごいよ、リナリア!!こんなにも魔族版シンデレラに適任な人物がいたのに何で私、気づかなかったんだろう…!」

「灯台もと暗しね~」

そこでクローチェはハッとなる。

「フィクが良いとしても、私、王子様役なんて…。フィクより身長は低いし、顔は丸っこいし…こんなのでカッコいい王子様になれるのかな?ねぇ、リナリア!私もお化粧をしてもらえばカッコよくなれる?と言うか、なんでリナリアは私が王子様役をやった方が良いと思ったの?」

「ふふ…姫様が作ろうとしてる魔族版シンデレラは、魔族達が満足するようにストーリーを作ってるんでしょう?なら、私の意見も入れてもらおうと思ってね」

クローチェは首を傾げる。

「意見?リナリアの意見ってどんなの?」

「年下の王子様が、年上のシンデレラを口説く展開よ。素敵だわ~!これは、姫様とフィクにしか出来ないことよ」

リナリアはうっとりとした顔でそう言う。

「なるほど~リナリアが満足出来るなら、私、頑張るね!フィク、シンデレラ役をお願いしてもいいかな…?」

クローチェがそう聞けば、フィクはコクリと頷いた。

「姫様と一緒なら…シンデレラ役、頑張れそうです」

クローチェは、ぱあっと笑顔になり、リナリアは「お化粧の方は任せて~」と2人にウインクした。



こうして主役も決まり、魔王城内に飾る美術品を作っている宮廷芸術家の魔族達と協力して演技の練習を始めたのだが…


「喧嘩が絶えないんだよね…」

クローチェ、またもや頭を抱えることに。


元々魔族達は、気まぐれな性格である。そして、宮廷芸術家の魔族達はさらにその気まぐれさに拍車がかかっている。

意見の対立から、決闘に発展している日々である。

演技だけでなく、映像や、音楽にも課題が山積みだった。

シンデレラの重要なシーンの1つである、舞踏会のシーン。

そこで流れる音楽は、荘厳でありながら、繊細で美しいメロディー…がいいのだが、この魔王城でそんな音楽を作れる人物が誰一人いないのだ。

気まぐれで、闘争を好み、欲望に忠実な生き物…それが魔族である。

魔王城で舞踏会など開催されない。字が違う武闘会なら開催されるが…。

そのため、荒々しい、今にも戦いたくなるような音楽を作るのを得意とする魔族はいるが、今回、クローチェが望むのはそんな音楽ではない。




「姫様、紅茶をお持ちしました」

クローチェがアレコレ思い出していた間に、フィクが暖かい紅茶を持ってきた。

「ありがとう、フィク」

さっそくクローチェは一口、紅茶を飲む。

「それと姫様…魔王代理様から伝言を預かりました」

「お母様から?」

「はい、夕食の時に大事な話があると。それと、映画制作で悩んでいる事があるなら、いつでも相談に乗ると、あと、頑張っているクローチェは素敵だけど、頑張りすぎないように…と、おっしゃっていました」

「そっか。眠い時はしっかり寝てるから安心して、お母様!それにしても…」


大事な話って…なんだろう?

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