第2話 自己分析の裏側2
出会って数分だったが、金城は石原のことを信頼できる人間、と感じ始めていた。
「さてさて、自己分析ですが、就職活動のときにされたかと思いますが、その時はどう自分を分析されましたか?」
「それが正直に言って、大学の先生とかキャリアセンターの人に言われた通りに、自分の過去をなぜ、なぜ、と振り返ってみたんですが、結局何もわからなくて、、、」
「そんなに気にされなくても大丈夫ですよ。私も同じ経験があります。私は就職活動の時はとてもいい加減なタイプだったのですが、金城様のように良い大学に進学されて、まじめに就職活動をされた方の方がそうなられるケースが多いのが今の日本の仕組みなんです。問題は金城様の能力ではなく、あくまで仕組みの方なんです。」
「そう言って頂けると救われます。」
「さて、ここで少しこれまでのご経験とか、常識や思い込みなどをできるだけリセットして頂きまして、、、」
そう言いながら石原は大きな間を取った。
「自己分析の目的って何だと思われますか?」
「目的、、、ですか。自分のやりたいことを知って、、、
あとは強みや弱みを知って、自分にあった仕事を探すこと、でしょうか?」
「おっしゃる通りです。では、今の世の中で自分のやりたいことを知っていて、それを仕事にしている大人はどれくらいの割合でいると思いますか?」
「、、、少なくとも私は出会ったことがないかもしれないです。今の会社の上司もやりたくてやっている、というよりも他に特段やりたいことが見つかってないから、今の会社にいる、という人が多いように感じます。」
「そうですね。それが実態かと私も思います。ではここでクイズです。」
そういうと石原はいたずらっ子のような笑顔を浮かべながらつづけた。
「実は日本ではある職業の方で、ごく一部の方は自己分析ができている方がいるのですが、ご存じですか?」
桜井はこの話は2回目だが、前回は分かったつもりになっていただけで、きちんと説明できなかったので、聞き漏らさないようにしっかりメモを取ることにした。
「、、、いえ、想像もつきません。」
「そうですね、職業、という言い方も少しいじわるだったかもしれないですね。実はお坊さん、僧侶、修行僧などと呼ばれる方々なんです。」
あまりにも意外な角度の話だったので、金城はリアクションに困ってしまった。
その様子をみて石原は、
「あまりピンとこられないかもしれないですが、“悟りを開く”という言葉は耳にされたことがあると思います。この悟りを開くという言葉の意味は宗派などで解釈の違いはありますが、イコール自分を知ること、もしくは自分を知ることから悟りが始まる、と言われています。まさに自己分析ですね。では修行僧と言われる方々が悟りを開くために何をされていることはご存じですか?」
「、、、いえ、わからないです。なんとなく滝に打たれたり、岩山を登ったり、という印象です。」
「十分ご存じですよ。おっしゃる通り滝行などがメジャーです。メジャーな分、最近では一般の方もされるケースもありますよね。ただ、悟りを開くために修業をされている方の修業はもっともっとマニアックで、もっともっと危険を伴います。比較的有名なもので千日回峰行と呼ばれる命がけの山修行や、四無行と呼ばれる不眠不休断食断水で9日間を過ごすものなどがあります。要は生きるか死ぬかのぎりぎりまで自分を追い込む、という作業をしているんですね。」
何だか壮大な話になっているが、金城は石原の仕草、話の内容から目と耳を離せなくなっていた。
「少しスピリチュアルなお話に感じられるかもしれないので、もう少し科学的にこのことを説明しますね。生きるか死ぬかというところまで自分を追い込むことで、脳にかかっているリミッター、制御機能を外す作業をしている、と捉えてください。人間の脳はまだまだ解明されていないことも多いですが、脳科学的には“人間の脳は自分で自分のことが見えなく作られていること”は有名な話ですし、実体験として多くの人が理解をできることかと思います。」
石原は金城のリアクションから科学的な目線での説明で更に理解と共感が進むのを感じて続けた。
「さて、ここで話を就職活動の自己分析に戻します。では20歳そこそこの学生さんたちが、日常の世界、生命の危機がない世界にいながら自分を知ることはできると思いますか?」
少し考えて金城は答えた。
「無理だと思います。自分自身の体験からもそう思いまし、その理由が石原さんの説明で分かった気がします」
「そうですね。脳のリミッターを外さないままで、過去の自分を振り返ってなぜ、なぜと自問自答してもある一定のところで答えが出せなくなるんです。」
「おっしゃる通りです。私もなぜ、なぜと過去を振り返っても、余計に自分がわからなくなってしまいました。まるで迷子の子供みたいに、、、」
「稀にですが自己分析をしてとても良かった、という学生さんにもお会いするのですが、それは過去に死にかけたご経験がある方か、もしくは自己顕示欲ではないですが、優秀でありたいと願う心から、自己分析がうまくできた、という自分の偶像を作ってしまわれているだけのケースぐらいです。」
「とてもよくわかります。」
「後者の場合、プライドが邪魔をして新社会人としては苦労されるケースが多いですね」
学生時代に金城の周りにも自己分析を完璧に出来た、と言っている同級生がいたが、彼は結局すぐに転職をして、転職先もすぐに辞めたという話を人づてに聞いたことを思い出していた。
ここまで聞いて金城は一つの疑問を感じた。
「ではなぜみんな就職活動で自己分析をさせられるのでしょうか?」
「とても良いご質問です。それはとてもシンプル且つ、わかりやすい理由です。そうすることで得をする人たちがいるからです。」
「得をする人、ですか。」
「それと“みんな”自己分析をさせられているわけではないんですよ。正確にはある一定水準の偏差値の大学のみんな、というのが適切です、、、、、、一定の偏差値レベルの学生を迷子の子供のようにすることで得をする人がいるんです。」
そう言った石原の目はそれまでが嘘のように険しいものになっていた。だがそれも一瞬で元の優しい目に戻り、
「まぁここのお話は正しくお伝えするのに何時間あっても足りなくなるので割愛させて頂くとして、私のお話から自己分析はダメなこと、やらなくてもよいこと、と誤解を与えてしまっているかもしれないですが、自分を知ることは大切なことということは改めてお伝えしておきますね。」
金城は何時間かけてでも聞いてみたい気持ちもあったが、石原から聞いてはいけないオーラを感じて、今は聞かないことにして会話を続けることにした。
「、、、でも自己分析はダメなんですよね?」
「そうですね。要は一般的に勧められている自己分析のやり方に問題がある、ということなので、より適切な自分の知り方をお伝えしますね。と言いたいところですが、私の方が次の予定がありまして、本日のところは一旦ここまでとさせて頂ければと思いますが、よろしいでしょうか?」
「わかりました。」
金城はそう言うと決意をした目で石原を見つめた。
「あのっ!これからは桜井さんではなくて、石原さんにご担当頂くことはできますか!?」
石原は少し間をあけて答えた。
「金城様、あくまで金城様のサポートの主担当は桜井でもよろしいでしょうか?私も必ず今後のご面談には同席をさせて頂きますので。」
優しい印象の石原が急に凛とした言い方をしてきたことに金城は一瞬戸惑いを感じたが、すぐ冷静に考え直した。
石原がこちらの要望通り桜井を担当から外すことは簡単だろう。自分も新卒の頃に同じようにお客様からの要望で担当を外されたこともあった。だがこのままでは桜井の面目をつぶすだけで、成長の機会もない。過去の自分の姿を重ね合わせてそう思いなおした。そして自分も石原のような上司に巡り会いたかったとも感じた。
「わかりました。私の方も嫌なことを言ってすみませんでした。」
そう言うと金城は桜井の方に体を向けなおし、
「桜井さん、ごめんなさい。」
と大きな瞳で見つめながら言った。
桜井はそれまでの攻撃的な金城から一転して、女神のような優しい表情と言葉に、返答を忘れるほど、金城に心を奪われてしまった。石原はその様子を見て、心の中でため息をつきながら、
「いえいえ、お気遣いありがとうございます。では今後の日程調整は桜井と続けて頂ければと思います。本日は貴重なお時間を頂きましてありがとうございます。」
そう言いながら石原は面談室を後にした。
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