ギフト

穂積蓮

クソガキ共・・・ばらしたな。

まだ携帯電話も無い頃、ずっと北の方から来た彼と私が偶然に出遭い恋に落ちた。そんなロマンティックなお話。とは言っても、恋に落ちたのは私。そうね・・・もう、25年?そんな昔に、なっちゃたのかぁ・・・。でも、不思議。まるで、昨日のように感じるなんて。久しぶりに貴方が、訪ねて来たせいね。




「ねえ。私、もうすぐ死ぬの?」


いじわるな人。微笑むだけで答えてもくれないなんて。まさか!貴方は・・・込み上げる期待を抑えながら聞いてみる。




「ねえ。もしかて、貴方・・・。」


大事な事を言ったのよ。・・・それでも貴方は微笑むだけ?・・・わかりました!もう聞いたりしません。自分で思い出すんだから。あの頃を思い出したら、貴方の言い訳なんか通用しませんからね。それでも、いいのね!・・・こんなに言ってもダメなの・・・ハア。昔は、もう少し話してくれたのに・・・。




「あのね、私・・・今、大事な事を言ったのよ。貴方に!」


くり返し、聞いても無視ですか・・・もう、いいです。解りました!じゃあ行きましょうよ。あの夏に!




******


梅雨が明け、初夏を迎えた小さな港町。やっと幼稚園に馴れた子供達と歩く、海沿いの帰り道。ゆるやかに左に曲がりながら、遠くまで続くアスファルト舗装。私の視界には、大きく広がる青い空。素敵。石畳の遊歩道から、澄んだ青に浮かぶ白い雲を数える。ひとつ、ふたつ、みっつ。ゆっくりとした時が流れる。ふと現実に戻ろうと、青と白のコントラストから視線を落としても、空と遊歩道の間に小さな白いガゼボ。海風も心地よく晴れ渡ったある日。海を眺めながら彼は、そこにいた。だけど私は、ガゼボと風景に溶け込んでしまったような彼に、気付く訳もなく通り過ぎた。ううん。通り過ぎるはずだった。




「あっ。見つけた!」


始めに彼を見つけたのは無邪気な園児。




誰が初めに見つけたの?なんて、解らなかった。だって私が振り返った時に彼はもう、大勢の園児に囲まれていたから。右脚に三人。左脚に二人。園児が抱き付き、首にも二人ぶら下がっている。




「もう!何をしているのよ!」


慌てながら、園児が纏わりついた彼に近づいた頃には。さらに4、5人が空いている彼の両手を好き勝手に引っ張り廻していた。こんなにも子ども達が纏わりつくなんて・・・『コイツどんな、お菓子もってんねん!』これが私の第一印象。もっとも、そんな印象は一瞬で吹き飛んだけど。




「みんな~!その人が困ってるわよ。離してあげなさ~い。」


・・・ショック。誰も私の話、聞かない。『何してるの!』『近くの人!』『ムシ好き?』好き勝手に話し掛ける子供たち。『うっ。え?。そう。近所。あっ、ゴメン聞いてなかった。ムシ?』一斉に話しかけられ、返答に困る彼。あまりに多くの子供たちに、好き勝手に引っ張られる彼は諦めたのか、半ば倒れ込むように座り込む。抱きついて、離れようとしない子供たちを優しく気付かいながら。チャ~ンス!そう思ったのかな?それまで、遠巻きで羨ましそうに見ていた子供たちまで、一斉に駆け出す。もちろん、もみくちゃにされている彼のところに。




「ねえ。せんせー。」と、私と手を繋いでた男の子。


そうね。大丈夫でしょう。子供たちに囲まれた男の人、弱そうだし。あ~あ。右腕に抱きついてる子なんて・・・あれ齧ってるよね。知らない子供に囲まれ、質問攻め。一人は腕を噛んでるし・・・。それでも笑ってるから、悪い人じゃないわね。




「いいわよ。」


言い終わるまで、待てなかった男の子は『やったぜ!』と喜びの声を上げ、走り出す。あ~あ。私だって、幼稚園では一番人気の美人先生なのに・・。私と手を繋いで帰るのは、じゃんけん勝者のみと、過酷なルールまで出来るくらいなのに。つまり、私の人気は抜群で、握手会に長蛇の列ができるくらいなの!それが今は・・・一人になっちゃった。




ショック。私のファン『帰り道・うみ廻り、お魚さんコース。』全員いかれた。




満面の笑みを浮かべる子供たち。澄み切った青い空。光る海。やわらかで心地いい海風にも流されない、どんより曇った心が全身からにじみ出す私。私だけ、周りにそぐわない。助けを求めるように横目で、子供たちを見る。じっと見る。じっと。じ~いっと見る。けど、ダメだ。誰も私に気付いてくれないから、怒りが込み上げて来るはずが・・・。




「いいなあ~。わたしも、そっちに行きたいな。」


あっ、素の感情が言葉にでちゃった。あ~あ、言っちゃった。もういいや。私も行く!駆け寄り、素直な気持ちで聞いてみる。




「知っている人なの?」


あれ?聞こえないのかな。ははっ。


「あ・・・。あの~」


だ・だ。誰も答えてくれない。途方に暮れる私になんか、お構いなしで子供たちは見知らぬ男に、ご執心中。




「ねえ、これあげる!」




男の子が、小さな手を広げ何か、彼に見せようとしている。




彼「うっ。それ何かな?」




園児「どんぐり虫!」


げっ!ワレ!そんなん持っとったんか~い!私の驚きとは逆に彼は、小さな芋虫を見せられドン引きしながらも答える。その声はとても優しい。




彼「いらないよ。」




園児「ホントにいらないの?」




彼「うん。いらない。大丈夫だよ。」




園児「ちぇ。カワイイのにさ!」


・・・あ!そ・それ。しまうんか~い!男の子はどんぐり虫をポケットにしまった。うっ。嫌な事が浮かんできた、はっ。えへ、えへへ・・記憶と照合中~事実関係確認中~審議~確定。おまえ~!さっきまで私と、手ぇ繋いでたよね。繋いだ手がウニウニしてたのは~それか!どんぐり虫かあ!


お願い。だれか、違うと言って。




「ははっ。また。ポケットにしまうんだ・・・。


 なあ。ズボンのポッケは辞めようよ。つぶれ・・。」




私「本当にゴメンナサイ。悪気は無いんですよ。」




彼「知って・るよ。」


今まで子供たちを見ていた彼が初めて、私を見る。私も、子供たちに気を取られて、彼を見ていなかった。すごい。完璧。美形。見とれてしまった。すっと、立ち上がった彼に驚く。痩せすぎではない。太ってもいない。かと言って、健康優良児のようにムクムクしている訳でもなく。引き締まった細身の筋肉質。いるんだ。こんな人。まるで、アニメの世界から飛び出たようなパーフェクトさに加えて、こ・こ・この辺では見られない、ど・どこか異国を思わせる顔だち。見とれて、動けない私をよそに、積極的な女の子が飛びつき、名前を聞き出す。




園児「なんて名前なの?」




彼「ん?ヨシローだよ。」


ヨシろー。日本人なんだ。




私「この辺の人ですか?」




ヨシロー「そうだよ。この先に住んで居る。」




私「あの。そうじゃなくて・・・この辺で、あまり見かけない顔なので・・」




ヨシロー「ん~。怪しい人か?って事ね。


     ちょっとまったぁ!そ。それは辞めようね。あっ。ゴメン。


     引っ越して来た・・ヤメ・ばかりだから~って、ダメだって!」


『腕を齧る。』無視できない衝撃的行動をまるっきり無視された男の子は腹いせに、ちんこ。くっ着けた。ふん。自業自得ね。その子には、私もやれたわ!貴方と同じようにフルチンでね!ザマミロ心を顔に出さずに私。




私「この辺で生まれたのですか?


  あ、ゴメンなさい。つい・・見慣れない顔だちだなって。」




ヨシロー「そっちか~。最近、良く聞かれるな。


     北の方の生まれだよ。そんなに珍しい?離せよ。ちんこ。」


北の方?どこ?




私「大阪とかですか?」




ヨシロー「違うよ。もっと、ず~っと北の方だよ。」


そうなんだ~。トキめきながら彼と話している私に、無情な言葉。




園児「センセー!ヨシローのこと好きなんだ~!」


この一言で子供たちのテンションMAX!大勢に、ヒュぅ!ヒュぅ!と冷やかされた私は彼に挨拶もせず、そそくさと退散。ちんこ、しまえ!ズボンはかぶるな!って、なんで帽子でチンコ隠す!何処で覚えたあ~。そうか、わかった!お前の親がヤッタんだな。父親だろ!今度、会ったら『変態ゴッコは、お子様に伝染しますから程々に』って嫌味言ってやる。・・・・何故かは解らなかったけど、短い恋は園児たちの輝くような笑顔と引き換えに終わってしまったわ・。ザます。




ゴメンね~みんな~。先生ちょっとだけ、思ちゃった。にくたらしいガキ共と。




それから毎日、何かと理由を付けて『帰り道・うみ廻り、お魚さんコース』を奪取した私は、他の職員から顰蹙を買っただけで、目的の彼と出会うことなく奪取目的も園児はおろか、他の職員にもバレた。最悪・・・。


ゴメンね。やっぱり先生思っちゃった・・・このクソガキ共・・・ばらしたな。

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