8 【EP5】
【EP5】
うん? なんか章一つ飛んでる? まぁいいや。
『うわああん!! 瓏ざんどごでずがああ!!』
おやおや、部屋の中が騒がしいのが扉越しでもわかるぞ。
「(ガチャ)なになにどーした」
「ああっ! 瓏ざああんっっ!!」
猪のように突撃して来て抱きッッ と首にぶら下がるクノミちゃん。
普通ならそのまま押し倒されてる勢いだけど、僕は体幹が強いのでどんな角度からラブアタックが来ても受け止められる自信がある。
「もう、うるさいよ。怖い夢でも見た?」
「ぅぅ……ぞうなんでず……何で勝手に私から離れたんですかっ」
「僕を束縛出来るなんて思うなよ?」
再びソファーに座らせ、宥めつつ。
「で、どんな夢を?」
「……妹やお母さんと三人でピクニックをした昔の記憶で……普通に楽しんでいた筈なのに……振り返ると二人は居なくなってたんです。周りを見たら遠くの方に二人で歩いていて、私は追っ掛けるんですが全然追いつけなくて……それで悲しい気持ちになって目覚めました」
ギュッと、僕の服を掴むクノミちゃん。その手は震えていて。
「こんな夢、今まで見た事なかったのに……どうして私は、これくらいの夢で不安になるんですか? どうして……私は『家族から離れてここに』――」
「『大丈夫』」
僕は彼女の頭を撫でて。
「君が心配する事なんて何も無いよ。全部、『どうにかなる』から」
「あっ……」
猫のように目を細めて 、くすぐったそうに身を捩るクノミちゃん。
「不思議、です……瓏さんに言われたら本当に『どうにかなる』ような気しかしなくて……何を、したんですか?」
「別に。言葉には『言霊』が宿るっていうからね。気持ちの問題ってやつじゃない?」
「はぇー」
「それか、僕の声が癒し系だからとか」
「そっちの方が納得できますっ」
納得してくれた。
「さ。怖い夢なんて忘れて飯の片付けするぞ」
「はーいっ」
食べ終えた空の食器をシンクに置き、余ったカレーは冷蔵庫に入れて。
「洗い物は私がやりますよっ」
「じゃーお願ーい」
ソファーに寝転びゴロゴロする僕。
ジャー カチャカチャ とクノミちゃんは生活音を演奏しつつ、
「そーいえば部屋の外に行って何してたんですかー? トイレなら部屋にあるのにー」
「んー? 探検してたんだよ。他の女の子に会えないかなーって」
「もうっ、また浮気しようとしてっ。でも『会えなかった』でしょー?」
「んー……僕の作戦は完璧だったよ。君の『袴を脱がせてそれを僕が着て』、そうすれば周りは気を緩めてうっかり僕と会ってくれるだろうと」
「サイズピッタリですねっ、思った通り和服似合いますよっ。あとお団子ヘアーも可愛いっ」
「センキュ。じゃそろそろ君に代わりに着せた『僕の上下スウェット』と交換しようか」
「嫌でーすっ、動きやすいしいい匂いするしで脱ぐ理由がありませーんっ」
「その格好だと深夜のコンビニに居そうなギャルっぽくてカッコ悪いぞ」
「いーんですーっ。ふふ、にしても、探検の方は残念でしたねー。お客さんと担当女中の間には横槍が入らぬよう、女将さんが『配慮』してくれてるらしいですから、他の子とは会えないんですよー」
「ふーん。余計な事してくれたね」
「素晴らしい気遣いですよねー。……はい、終わりましたー」
二人分の食器なので片付くのも早いよう。
すぐにこっちに来るかなーと思いきや、
カチカチ トントン コポコポ と別の環境音が聞こえて来て。
「はい、お待たせしましたー」
ソファー前のテーブルにコトンとお盆を置く。
「(ムクリ)んー? 緑茶とようかん?」
「はいっ。私の手作りなんですよー」
添えられた竹フォークで半分に切り、パクリ。
「んっ……ほどよい甘さ。(ズズッ……)お茶もほどよく苦くていいね」
「やったっ。それ、私の手作りなんですよー。実家が『お菓子屋さん』なんで。お茶の淹れ方も自信ありですっ」
「ふーん。じゃ、次はみたらし団子あたり作ってもらおうかな。タレが好きなんだよねタレが」
「いいですよっ。後で女将さんに連絡して材料用意して貰いますっ。明日、楽しみにしてて下さいねっ」
まぁ、僕は明日帰るんですけどね。
『約束は守ってもらう』けど。
――まったりとした時間。
暖炉と風雪のBGM。
立ったままニコニコと黙って僕を見つめるクノミちゃん。
お茶を飲み干した僕。
「あー。殺人事件でも起きねぇかなぁ」
「なんてこと言うんですかっ!?」
クノミちゃんに怒られた。
「だってー。暇なんだもーん。現代っ子には『何も無いが有る』とかいう贅沢は理解出来ないよー。ねぇ、こんな場所だし一度くらいは愛憎にまみれた凄惨な未解決密室殺人事件とかあったでしょ?」
「私は聞いた事ないですねー。女将さんに聞かないと」
「はぁ。君らは普段、どうやって暇潰してるんだい?」
「んー……本を読んだりみんなでお話ししたり昔のアニメとかドラマのビデオを見たり? あ、ボードゲームもテレビゲームもありますよっ」
「スーファミとか64とかのレトロゲーね。何がレトロゲーやねん今の最新ゲームよりおもろいぞ!」
「なんでキレたのか解りませんがそーですそーです。その二つがあるってよく『分かりましたね?』」
「さっき『探検した時にちょっと』ねー。君だって、何かしてないと暇じゃなーい?」
「私は全くっ。寧ろ今が今まで生きて来た中で一番ワクワクしてますっ。このまま何日でも瓏さんを見つめてられますよっ」
「それは鬱陶しいなー。てか、とりあえず座ったら?」
ソファーで寝転がる僕は頭を上げ、『頭があった部分』をポンポン叩くと、彼女はすぐに察して僕の隣に座る。後は再び頭を下ろして、膝枕の完成。
「ふふ……凄くお世話してる気分になりますねー」
「色気のねぇ上下スウェットの女にされてるとかヒモ男みたいだな……ねー何かお話ししてよ。ここの女の子の話とか」
「女の子の話ならしませんっ。それより、私はもっと瓏さんの事が知りたいですっ」
「なんで僕が君を楽しませなきゃなのさ。僕は人に語れるほど面白い人生を歩んでないからな」
物語にした所で起伏も無い平坦なストーリー。
『お兄やママン』なら腐る程面白いエピソードありそうだけど。
「そーいえば、図書館の絵本のモデルはお母様とお兄様だとおっしゃってましたね」
「そーそー。僕も、そんな絵本の登場人物みたいな面白味のある人生なら良かったのに」
「えーそうですかー? 見る分には楽しいですけど、実際は大変でしょうし、普通の方が良くないですかー?」
「価値観とか生まれた環境の違いだね。そんな偉大な人達の血縁なら周りは確信しちゃうでしょ。『こいつも凄いに違いない』って」
実際はそう思ってないかもしれない。
ただの被害妄想。
そうやって周りの考えを決めつける奴こそが、一番性格悪いに決まってるのに。
「んー……そんな王子様やお姫様みたいな環境とは無縁だったので適当な事しか言えませんが……」
意図的なのか無意識になのか、クノミちゃんは僕の頭を撫でながら、
「大勢に特別に思われるより、『誰か一人』が特別だと思ってくれるなら、私は満足ですけどね」
――その言葉は、不思議なほどスッと胸に染み込んでいった。
いや、それは他の誰かが既に言ってくれた言葉かもしれない。
けれど、何も知らない一般人としての彼女の『配慮』も『背景』も『期待』も含まれない言葉だからこそ、なのだろうか。
胸に重くのし掛かっていたものが、少し軽くなった気がした。
「いくら瓏さんのお母様やお兄様が凄い方でも、私がお世話したいのは瓏さんですっ」
「えいっ」
「ぐへっ! なんでお腹に頭突きしたんですかっ」
「なんとなくイラッと来て」
「いい感じの事言って決まってたのにっ。あ、さてはキュンと来たから照れ隠しですね(ドスッ)ぐへっ!」
これ以上頭突くとカレーが僕の顔面にリバースする恐れがあったのでコレぐらいにしておく。
――そんな風に二人でダラけていたら、もう(恐らく)夜の時間だ。
大人の時間。
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