クノミちゃんに手を引かれ、浴室へ。


ガラガラガラ……戸を引くと モワッ 湯気と共にヒノキ特有のスッと胸のすく香り。


「はーい、じゃあ先に身体洗っちゃいましょうねー。そこのに座って下さーい」


ケロロンと書かれたプラスチックの黄色い風呂椅子に腰掛け、鏡のある洗い場の前に。


「さっ、アワアワしましょーねー。シャンプーハットは必要ですかー?」

「自信無いけど頑張って目ぎゅーっとしてるっ」

「えらいですねー」と彼女は僕の頭を撫で、ジャーっとシャワーを出し、僕の髪を濡らした。

「シャンプーを手に取って、と……あっ、もしかして肌が弱いとかあります?」

「大丈夫、僕強い子」

「良かったですー。ワシャワシャワシャー。泡立ちいいですねー。それに、凄く綺麗な『銀髪』ですー。濡れてより一層キラキラ反射してますー。女の子みたいに長く伸びてるから、これじゃあ性別間違えるなって方が無理ですよー」

「可愛いだけが取り柄だからね」

「反則ですぅ。もしかして、お客さんも海外の方だったりします? 祖父母がそうだったり?」

「海外っていうか……『異世界から来たドラゴンの末裔』?」

「あっはっはー、おもしろーい。でも、そういう物語に出てくるようなエルフとかは瓏さんみたいな感じでしょうねー」

「ドラゴンって言ってるのに。そういうクノミちゃんも見た目レベル高いと思うぜ?」


鏡越しに彼女に視線をやる。

タオル越しでも

おっぱいボンッ! 太ももムチッ! お尻も(さっき見た)プリンッ!

ぽっちゃりと痩せの中間という奇跡的なバランスのドスケベボディ。


「えーそうですかぁ?」

「特にふとももが最高だね(コチョコチョ)」

「あはは! くすぐったい! えいっ(シャー!)」


シャワーで反撃されシャンプーの泡が流れる。

少し目に入った。


「次は体洗いますよっ」


ボディーソープを手に取り、ネチネチと両手に広げ、僕の背中から洗い始める。


「んしょんしょ……うーん……男の人の背中ってもっとこう、ゴツゴツしてて広いって女将さんに聞いてたんですけど、普通に女の子の綺麗で華奢な背中ですねー。毛も無いし。お姉様達やおチビちゃん達の背中洗ってるみたい」

「言うても、僕は結構力持ちだよ? 『三分でビルを平らに出来る』くらいにねっ(ドヤァ)」

「はいはいっ」


背中を流して貰ったあと、


「じゃ、お風呂行くよーいっしょっと」

「キャッ!? こ、これは……『お姫様抱っこ』、というやつで?」

「ね? 力持ちでしょ? うーん。そこに立派なヒノキの浴槽もあるけど、そっちの外に出られる引き戸も気になるな……」


ひょこひょことクノミちゃんを抱きながら戸まで歩き、足でガラガラとスライドさせると――「わーお」

真っ白。

ほかほか湯気を立てる露天風呂の奥は雪だらけな銀世界。

その不純物の無い景色に見惚れていると、


「ひええ……さむいい(プルプル)」

「ああ、ごめんね」


僕はそのまま彼女と共に湯船の中へ。

少し熱めで乳白色の湯がまた良い。

プカリ、湯の中でクノミちゃんを離す。

なんとなく鮭の稚魚放流が頭に浮かんだ。


「あー。背中側はあったかいですけど前の方は寒いですぅ」

「そりゃあ仰向けに浮かんでたらね。」

「(ドプンッ)……ぶはぁ! ぅぅ……鼻に水が入りましたぁ」


はぁ……しかし、雪見風呂ってのはいいねぇ。

ちゃんとした屋根と仕切りもあるから、こっち側に雪はパラパラとしか入らないし。

……そういえば、今は何時くらいだろう。

外は明るいが、冬季の時間ってのは読み辛い。

明け方かもしれないし、昼かもしれないし、夕方間近かもしれない。周りに民家でもあれば明かり等で予想はつけられるのに。

……と、いうか。

そもそも今って『夏』だったよね?

僕が住む東北ですら夏に雪は(たまに霰なら)降らないってのに……ならここは、北海道か?

いや、流石に北海道でも……山の方なら降るのかな?

敢えての海外?

海外なら日本が夏でも関係無いだろうし。

あー、でも、(チラリ)


「ぅん? どーかしましたか?」


クノミちゃんが話してるのは思い切り日本語なんだよなぁ。

単に彼女が僕に合わせてくれてる可能性は無きにしもあらずだけど……この子がバイリンガルだのトライリンガルだのって多言語話せるようなイメージもなぁ。


「瓏さんっ、何で今私を小馬鹿にしたような顔で見たんですかっ」

「別にー。あ、そういえばさっき海外の子も居るって言ってたよね? その子は日本語話せるの?」

「むっ。他の子にちょっかい出す気ですねっ? 教えませんっ。瓏さんは私がお世話するんですっ(バシャン)」

「お世話する相手にお湯掛けるなチェンジして貰うぞ。ただの質問だよ」

「……ほんとうですね? ……その子も普通に日本語ですよ。本人は『自分の国の言葉で話してる』とかってよく分からない事を言ってますが」

「ふぅん」


ますますここがどこだか分からなくなったな。

ま、別にそこまで気にする事でも無いけど。


「んふふふ……」


と。

クノミちゃんは肩をくっつけて来て、僕の二の腕をぷにぷに揉み始め、


「しかし、こーんな細いのにさっきはよくも私を抱っこ出来ましたねぇ。本当に男の人、なんですねぇ」

「なんだその恨み節っぽい日本語は。今更なにさ」

「だってしょうがないじゃ無いですか。男の人を見るの『久しぶり』なんですからっ」

「久しぶりって、どんくらい?」

「んー……『十年ぶり』、くらいですかね? 私に限らず、『他の女の子』もそんな感じですよー。お客様である男性に会えるのは『担当する子』だけですし」

「……ふーん。変わったお宿だねぇ」


なるほど。大体『読めて』来た。


「ならどっちにしろ僕は他の子にちょっかい掛けられないじゃないか」

「そーなんですっ。だから黙って私にお世話されて下さいっ(ギュ)」

「風呂の中なのに更にあーつーくーるーしーいー」


「それは温泉の成分ですっ。ふふ、私の暑苦しいお世話は始まったばかりですよっ」

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