第84話 すべての決着へ
「……哀れな奴だな、お前は」
「な、何言ってやがんだてめえ……?」
絶望で泣いているのではないことは明らか。その瞳は、本当に哀れな者を見るような視線である。
「巴はずっとお前の幸せを願ってた。お前を振った時も泣いてた。お前が家族になってくれたことに喜んでた。この絆がいつまでも続けばいいって……言ってた」
「…………!」
「今のお前を巴が見たら悲しむだろうぜ」
「クハッ! だから言ってんだろうが! もうあんなクソ女なんてどーでもいいんだよぉ!」
崩原は、流れている涙を腕で不格好に拭い、目を閉じたまま軽く深呼吸をする。そして静かに目を見開き、覚悟を秘めたような目つきで流堂を見つめた。
さっきまでの熱はどこへやら、今の崩原は山に流れている川のせせらぎを見ているかのような穏やかさがある。
「もう迷いはねえ。……ケリをつけるぞ、流堂」
「ぐっ! 調子に乗ってんじゃねえぞ! てめえがこの俺に勝てるわけねえだろうがっ!」
激昂した流堂は、その怒りのままに凄まじい蹴りを何度も繰り出していく。しかしその度に、冷静さを保つ崩原が軽やかに回避していく。
「避けてんじゃねえよっ! さっさと当たりやがれぇぇっ!」
何を思ったのか、流堂が砕けた左手を地面につけた。もう痛みすら感じないくらいに精神が肉体を凌駕し始めたのだろうか。
その左手に触れた部分から、崩原の足元にかけて地面が腐食しボロボロと崩れ始めた。
俺がゾンビを落としたように、奴も地面を崩して崩原の体勢を崩すつもりのようだ。
しかし慌てる様子のない崩原が、全身の力を右拳へと込める。
「ちったぁ、反省しやがれっ――――《第三衝撃・
突き出した右拳が地面に触れた瞬間、まるで爆発したように地面が盛り上がり破裂した。
ただ爆破したのは、崩原の前方の地面のみで、その先にいる流堂だけに爆発の影響が及ぶ。
無数の礫や爆風をまともに受けた流堂は、身体ごと吹き飛び、そのまま地面を転がりながら先にある壁に激突した。
「ぐっはぁぁぁっ!?」
大量の血液を口から吐き出し地面に倒れ込む。
これで終わったかと思うが、それでもなお流堂は歯を食いしばって立ち上がる。
「こ、これで……勝ったと思う……なよ? 俺はまだまだ……やれるぅ! ブラックオーガァァッ、いつまでのらりくらりやってやがるぅ! さっさとこっちに加勢しやがれぇっ!」
しかしその命令を実行できない。
何故なら目の前にいるシキは無視できる相手ではないからだ。ただ命令を受けた際に、意識を流堂へと向け隙が生まれた。
「――《
そこへ複数の手裏剣を放つシキ。
ブラックオーガが、金棒で叩き落そうとするが、その際に爆発を引き起こし、逆に体勢を崩してしまい、次々とやってくる手裏剣の餌食になっていく。堪らずといった感じで膝をついた。
「今のうちよ、決めなさいシキ!」
「承知しました、姫!」
俺の命令を受け、トドメにかかる。
右手で印を組んだ直後、シキの身体が十人に分身した。そのまま四方八方に別れ、ブラックオーガの周囲を取り囲み、一斉に飛び掛かる。
「――《
それぞれのシキが、一瞬にして繰り出す複数の斬撃。その数、合計で百八撃。
ブラックオーガが纏う黒炎が斬り裂かれ、体中に幾つもの裂傷が走る。
勝負あったと思った矢先の出来事だ。突如ブラックオーガの身体に異変が起こる。
致命傷とも思われる複数の傷が、徐々に再生し始めていくのだ。
「クハハハハ! 無駄だ無駄ぁ! ブラックオーガはただのモンスターじゃねえ! この俺の手駒――ブラックオーガゾンビなんだからなぁぁぁ!」
なるほど。ゾンビ化したブラックオーガは、そこらにいるゾンビと同じ特性を持ったというわけだ。
Aランクの力を持ち得ながら不死属性まであるとは、何そのチート?
そう思わずツッコみたくなるところだ。
再び動き出したブラックオーガが、傍にいたシキに向かって金棒を振るう。
防御して直撃を防ぐが、そのままシキは先の流堂のように壁に激突する。あれくらいで死ぬような奴ではないが、それなりのダメージは負ってしまっただろう。
「いいぜぇ! その調子でコイツら全員殺しちまえぇ!」
流堂はもう自分が勝ったように笑う。
だがそこへ俺はクスっと笑みを浮かべる。それを見た流堂が額に青筋を浮き上がらせた。
「あぁ! 何がおかしいんだ女ぁ!」
「いいえ、ずいぶんと勘違いしている姿があまりにも滑稽でついね」
「何だとぉ?」
「あなたは確か、他人を絶望させるのが趣味らしいけれど。奇遇ね。私もあなたのようなクズに〝ざまぁ〟をするのが好きなのよ」
「はんっ! 強がったところでもう勝負は見えてんだよぉ!」
「……それはどうかしらね」
俺はすかさず《ボックス》を開き、中からあるものを取り出すと、
「これを使いなさい、シキ!」
そう言いながら投げつけ、壁から抜け出たシキは見事にキャッチした。
そしてシキは俺の言いたいことをすべて察知したようで、そのまま走りながら大きく跳躍しブラックオーガの頭上へと入る。
俺たち以外が、一体何をするつもりなのかというような表情を浮かべている。
シキが手にしているのは――一つの瓶。
その瓶の蓋を開けて傾けると、その中に入っている液体が零れ出す。
キラキラと星をちりばめたような輝きを持つ液体が、ブラックオーガの頭を濡らし、全体へと行き渡らせていく。
「はぁ? ただの水じゃねえか! そんなもんでブラックオーガがどうにかできるわけがねえだろうがっ!」
……ならその目でじっくり拝みやがれ。
「グガラァァァァァァァァァッ!?」
突如ブラックオーガが頭を抱えながら転倒した。
その様子に当然流堂の笑みが凍り付く。
「な、何だ? 何が起きてる!」
ブラックオーガの身体が、まるで炎天下に晒したアイスのように徐々に溶け始めていたのである。
「溶け……てるだと? お、女ぁっ、一体何しやがったぁぁ!」
「――《聖水》よ」
「聖……水?」
「文字通り聖なる水――《聖水》。その効果は、悪魔や悪霊、また不死属性を持つ種族を浄化し滅却させることができるのよ」
まあ、あれはただの《聖水》ではなく、その上位互換の《
「バ、バカかっ! んなものがこの地球上にあるわけがねえだろうが! 漫画やアニメじゃねえんだぞ!」
その漫画やアニメのようなファンタジー世界になってることをどうやら忘れているらしい。だから忠告してやろう。
「あら、今の状況を見て理解できないのかしら? この世はすでにファンタジー。つまりそういうアイテムだって存在する可能性あるの。そのような考えには至らなかったのかしらね? 思ったよりバカね、あなた」
「~~~~~~っ!」
般若のような表情で俺を睨みつけてくる。その顔が見たかった。挑発は大成功のようだ。
するとここでブラックオーガの胸当たりからコアが顔を覗かせた。
この隙を逃す俺じゃない。
「シキ、援護なさい!」
俺はすかさずブラックオーガへと向けて駆け出す。
そんな俺の敵意を感じ取ったのか、苦悶の表情を浮かべながらも必死に立ち上がり、金棒を手にして構えるブラックオーガ。
腐ってもさすがはAランクだ。最後の最後まで大した精神力である。その根性、敵ながらアッパレ。
「――《爆手裏剣》!」
シキが放った手裏剣が、ブラックオーガの両腕に命中し、その腕を弾き飛ばす。
これで守る術がなくなったブラックオーガ。
俺は真っ直ぐ疾走しながら、剥き出しになっているコアに向かって刀を突き出す。
――バキィィィィッ!
刀が見事にコアを貫き、一瞬にしてガラスのように砕け散る。
同時にブラックオーガの身体もまた、光の粒子となってこの世から消失していく。
ブラックオーガが消えたあと、どうやらここは教室だったようで、ダンジョン化が解けた。
〝上級ダンジョン攻略達成 特別報酬・ダンジョンコアを入手しました〟
すると、初めて見る報せが目の前に飛び込んできた。
……上級ダンジョン攻略? ダンジョンコアを手に入れ……た?
とてつもなく気になるワードではあるが……。
「クソがぁぁぁぁぁぁっ!」
いきなり叫び出した流堂が、その場から窓を突き破って外へと逃亡を図った。
一瞬「は?」となったが、すぐに我に返る。
「崩原さん、奴は逃げるつもりよ!」
「逃がすかよっ、流堂ぉっ!」
すぐに俺たちも窓から外に出て、彼を追いかけて行く。
「こ、こんなはずじゃ! こんなはずじゃ! こんなはずじゃねえんだ! 俺は、俺は! 俺がこんなとこで終わるわけがねえだろうがぁっ!」
必死の形相で学校から離脱しようとする流堂だったが、前方に立ち塞がる人物を見て立ち止まる。
「おらぁっ、そこをどきやが……れ……っ!?」
しかしその人物の顔に視線を向けた直後、時が止まったかのように愕然とした表情で固まった。
そこへ俺たちも追いつき、崩原もまたその人物を見て信じられないといった面持ちを見せる。
そして静かに崩原が、その人物の名を口にする。
「何で…………何でそこにいるんだ――――――――――チャケ」
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