第22話 福沢家へ
車移動ということもあって、丈一郎さんの家にはすぐに辿り着いた。
例の巨大な門がゆっくりと開いていくと、その前方に車椅子に乗った少女と、その世話係らしき使用人の姿がある。
「パパ! お帰りなさい!」
車から出てきた丈一郎さんのもとへ笑顔で近寄っていく少女こそ、福沢環奈だ。
「わざわざ出迎えありがとうな」
「ううん! 部屋からパパの車が見えたから! でもお仕事は? 今日はお休みなの?」
「いいや。今日はとても大事なお客様を連れてきたんだよ」
「お客様?」
俺は運転手の佐々木という人にドアを開けてもらい、その場にいる者たち全員の注目を浴びながら外へと出る。
「福沢先生、その子が?」
「ああ、そうだ。環奈だよ。さあ環奈、挨拶できるね?」
「え? う、うん」
人見知りなのか、俺の顔を見て少し照れ臭そうに眼を泳がせているが、スッと頭を下げたあとに環奈が自己紹介をしてくる。
「は、初めまして。私は福沢環奈といいます。パパ……福沢丈一郎の娘です。どうぞよろしくお願い致します」
ちゃんと礼儀は教えられているらしい。好感が持てるしっかりした子だ。
「こちらこそ初めまして。俺は福沢先生の知人で、鳥本健太郎っていうんだ。よろしくね」
「は、はい! その……こちらこそです!」
「あはは、そう緊張しなくていいよ。俺は今日、君に会いに来たんだから」
「わ、私に……ですか?」
どういうこと? といった様子で丈一郎さんの顔を見やる環奈。
「とりあえず話は中でしよう。環奈、すまないが彼を客間に案内してくれないか? 私はママを連れてあとで向かうから」
「あ、うん! 任せて! えと……じゃあ鳥本さん、私についてきてください」
どうやらスイッチ一つで自動で動く車椅子のようで、環奈が先導して家の中へと入って行く。
俺はそのあとをついていき、まさしく豪邸と呼ぶべき屋敷の内装を見て思わず感嘆の溜息が零れ出る。
環奈のためにバリアフリーな内装にはなっているが、玄関だけで十畳ほどはあり天井も恐ろしく高い。一瞬旅館やホテルにでも来たかのような錯覚を受けた。
丈一郎さんは突き当たりにある階段を上っていき、俺は環奈と使用人とともに一階のだだっ広い廊下を歩く。
そして三つ目の扉の奥へを環奈が入って行き、その客間の広さにも圧倒された。
それこそまさにホテルの一室かのような美しく整った環境で、確実に俺の家の部屋の何倍も大きい。
テレビ、テーブル、本棚、ソファなどもシックな色合いで固められていて、雰囲気も俺好みな良い感じに仕上がっている。
「はぁ……広い家だね」
「よく言われます。でも掃除が大変ですよ?」
「はは、だろうね。俺だったら持て余してしまうよ」
一度くらいは豪邸に住みたいって思ったことがあるけど、実際に住むとなると逆に寂しいだろう。今の家でさえ俺には大き過ぎるのに。
「あ、あの、パパ……お父さんとはどんな関係なんですか?」
どうやらパパと呼んでいるところを見られるのは恥ずかしいようだ。ここらへんが思春期ってところだろうか。
「関係かぁ……今日初めて知り合ったって感じかな」
「えっ!? そ、そうだったんですか?」
「うん。福沢先生にあるお願いことを託されてね。それでここへ来ることになったってわけ」
「お願い……ごと」
そう呟く環奈の顔には陰りが浮かんだ。
「それって…………私のこと、ですよね?」
「そうだよ」
「私の……障害についてですよね?」
「……その通りだ」
「!? やっぱり……」
申し訳なさそうな、それでいて悲しそうな顔を浮かべる環奈を、心配そうに見つめる使用人の女性。
「……君のお父さんが君のために身を削っていることが嫌かい?」
「……! な、何で……!?」
「どうして分かったかって? 簡単だよ。福沢先生が君は優しくて良い子だって言ってたからさ」
「パ……お父さんが?」
「うん。君は……自分のせいでお父さんが疲れている姿を見るのが辛い。違うかな?」
「…………はい」
環奈が自分の膝の上で両手をギュッと握りしめる。
「お父さん……毎日毎日、私の足を治すために必死で。夜遅くまで調べ物をしたりしてるんです。お仕事だって大変なのに……それでも弱音とかまったく吐かずに」
「はは、そりゃそうさ。愛する娘の前で弱音なんて吐きたくないもんだよ、父親なんてのは」
俺の父親だってそうだった。仕事づくめで帰ってきて、疲れているはずなのに、それを俺の前では微塵も見せなかった。
「でもいつか過労で倒れちゃうんじゃないかって心配してるんだろ?」
コクリと環奈が力なく頷く。
「だよなぁ。俺も同じような経験があるから分かる。たとえ生活が苦しくても良い。周りの連中にバカにされたって良い。だから無理せずに、ずっと傍にいてほしい」
「!? ……はい」
子供にとって親は絶対で、誰よりも頼りになる存在だ。そして親は子供のためならどんなことだってできる。辛いことや痛いことがあっても、子供が笑ってくれるならと奮起させられるのだ。
しかしそれを子供は嬉しいと思う反面、申し訳なく思うのである。
だけど親は子供の前では、常に強くて頼りがいのある存在だと思わせたいのだ。だから無茶なことだってするし、自分が傷ついても構わないと思う。
子供にとって、そんな親を見ているのは辛いものなのだ。特に自分のせいともなれば、自分があまりにも無力だということを突きつけられて虚しさが込み上げてくる。
なので環奈の気持ちは痛いほど分かる。
「でも、子供にとって親が絶対のように、親にとっちゃ子供は――〝すべて〟なんだよ」
「すべて……?」
「そう。自分の命よりも大切な存在なんだ。だからどんなにしんどいことでも、我慢できるし頑張れる」
「それは…………でも、いつかパパが倒れちゃうんじゃないかって……顔色だって悪い時もあって……」
「うん。俺から見てもちょっと無理しちゃってるかな、先生は」
「ですよね! 私……毎日パパが無事に帰って来られるか本当に心配で……!」
だから車の走る音がしたら、いつも自室の窓の外から丈一郎さんの車がどうか確認し、一目散に門の方へと出向いているらしい。
誰よりも早く、丈一郎さんの無事な姿を見たいがために。
丈一郎さんも丈一郎さんだが、この子もこの子で健気だなぁ。
良い人からは良い人しか生まれないんじゃなかろうか。
「でも安心してくれていいよ」
「え?」
「今日からその心配は全部なくなるから」
「? ……ど、どういうことですか?」
「それは福沢先生が来てからすべて話してあげるよ」
するとタイミング良く、扉が開いて丈一郎さんとその奥さんらしき女性が姿を見せた。
「遅くなってすまない。鳥本くん、うちの家内の美奈子だ。美奈子、こちらが先程説明した鳥本健太郎くんだよ」
紹介を受け、丈一郎さんの妻が一歩前に出て一礼をしてくる。
俺も同様に頭を下げ、互いに簡単に自己紹介を済ませた。
「では……鳥本くん、お願いできるかな?」
「……ええ。ただ車の中でもお約束した通り」
「分かっている。今日のことは他言無用とする。お前たちも、これから起きることについては決して口外してはならんぞ?」
ここに来る前に美奈子さんは軽く説明を受けたのかすぐに了承したが、環奈と使用人は不思議そうに小首を傾げてしまっている。
しかし再度念を押すように丈一郎さんが言うと、二人も約束してくれた。
まあ……仮に口外されたとしても、その時はまた顔を変えればいいだけだがな。
「――さて、それじゃあ始めるとしましょうか」
俺は着用しているトレンチコートの中に手を入れ、そこから二十センチメートルほどのガラス瓶を取り出した。
その中にはキラキラとオーロラのように輝く液体が入っている。
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