エピソード 4ー1 知性を極めし者達

「なん、で……どういう、どういうことだよ!?」

 降りしきる雨の下、ずぶ濡れになったティナに詰め寄った。

「どうもこうも、先ほど申した通りです。クレア様はお見合に出席しろとの申し出を受け、昨日のうちに、王都に向けて出発なさいました」

「だから、どうしてクレアねぇがお見合いなんてするんだ!?」

 今のグランシェス家にはリゼルヘイムの国家予算に匹敵する資金があり、それを効率よく使ってえた人脈がある。たとえアルベルト殿下に求婚されたって、はねのけられるはずだ。

 それなのに、お見合いをするために王都に連れて行かれたなんて意味が判らない。だから重ねて、どうしてクレアねぇがお見合いなんてするんだと繰り返す。


「クレア様がお見合いをする理由については口止めされています。ですから、リオン様にお教えすることは出来ません」

「口止めって……クレアねぇに?」

「はい。ただ一つだけ、お見合いは強制されたモノではございません。クレア様が望んで、自らお受けすると仰ったのです」

「そんな馬鹿なことが――っ」

 それこそ、天地がひっくり返ったってありえない。そう口にした瞬間脳裏をよぎったのは、アリスから聞かされた言葉。


『クレアがいつまでも待ち続けるとは限らないんだよ』


 ……いやいやいや、そんなまさか。そんなことあるはずがない。

 あるはずがないけど……前世でも今世でも、あるはずがないと思っていたことが、何度も何度も当たり前のように起きた。

 だとしたら、クレアねぇの心変わりも――なんてな。

 そんなことは死んでも、そして生まれ変わってもありえない。少なくとも、もし心変わりがあったとしたら、クレアねぇは絶対に俺に打ち明ける。

 こんな風に、相談もなくいなくなるがずがない。


「ティナ。お見合いはいつか知っているか?」

「……それを聞いてどうなさるおつもりですか?」

「王都に到着してすぐお見合いなんてことはないよな?」

 ティナの問いには答えず、俺は重ねて問いかける。ティナはそんな俺の真意をたしかめるように見つめていたが、やがて小さく頷いた。

「向こうで準備もありますし、数日は余裕があります」

「そうか」

 だとすれば、間に合わないなんてことはない。そのことにひとまず安堵する。そして時間的余裕があるのなら――まずは出来ることから処理していこう。


「ティナ、盗賊を捕まえた話は聞いているな?」

「はい。護送の件なら、早朝に出発させましたよ。途中ですれ違いませんでしたか?」

「……あれ? すれ違ったっけ?」

 後ろにいるアリスやソフィアに視線を向けると、こくこくと頷かれた。どうやら俺が物思いにふけっていて気付かなかっただけらしい。

 なんにしても、そっちの件については任せて大丈夫だろう。次は――と、俺はずぶ濡れのティナをちらり。リアナへと視線を向けた。


「リアナ、お風呂の用意を頼む」

「えっと……はい、分かりました」

 リアナは一瞬迷うような素振りを見せたけど、俺が直前にティナを見たことで、その意図を汲み取ったようだ。すぐに準備しますと走り去って行った。


「それじゃ、ティナはまずお風呂に入っておいで」

 いつから雨に打たれていたのか、ティナはまるでバケツの水を被ったようにずぶ濡れだ。まだ十一月でそれほど寒くないとはいえ、体が冷え切っていてもおかしくはない。

 だから急いでお風呂に入らせようと思ったのだけど――

「……お風呂、ですか?」

 俺の申し出を聞いたティナは、不思議そうに小首をかしげる。


「――ティナちゃん、体が冷えてるでしょ」

 俺と同じことを考えたであろうアリスが進言してくれる。

「え、いえ、私は……」

「冷 え て る、でしょ。そんなにずぶ濡れになってるんだから、冷えてないはずがないよ。クレアが心配なのも分かるけど、無理をしちゃダメだよ」

「……あっ。そう、ですね。分かりました。リオン様、それで良いですか?」

「ああ。サロンにいるから、お風呂から上がったら来てくれ」


 ――という訳で、四半刻ほど後。サロンには俺とアリスとソフィア、それにティナの四人が集まっていた。

 ティナには色々と聞きたいことがあるんだけど……口止めされていると言っている以上、簡単には話してくれないだろう。

 ソフィアに心を読んでもらうという手段もあるけど、出来ればティナにそういった手段は使いたくない。はてさてどうしたものかと考えていると、おもむろにティナが口を開いた。


「……リオン様。これはクレア様のお見合いとはまるで関係のない話なんですが……お耳に入れたい情報があります」

「お見合いとは関係のない、話?」

 なぜこのタイミングでと首をかしげる。

「リゼルヘイムへ向けてレールを敷く作業ですが、中断することになるかもしれません」

「中断って……作業は順調に進んでるはずだろ?」

「実は、リゼルヘイム領にレールを敷く許可が下りないんです」

「……許可が下りない?」

 アルベルト殿下には街道の件で信頼を得ているし、なにもない街道の横にレールを設置するというだけの話。反対される理由はないはずだ。


「理由は判りませんが、許可を求めた書状に対する返事が、不許可だったのは事実です」

「……もしかして、誰かが工事をさせないようにしている?」

「可能性は高いです。とはいえ……ご心配には及びません」

「どういうことだ?」

「クレア様から伝言です。王都に行くついでに、許可を取ってくるので、心配しなくて良いとのことです」

「……それって」

 どう考えても、その許可とお見合いの件は無関係じゃないよな。ティナは最初に無関係だって言い切ってたけど、それが逆に怪しい。怪しすぎる。

 そう思って探るように見ると、露骨に視線を逸らされてしまった。

 ……凄く怪しい。


 お見合いに出席するのは、レールを敷く許可を得るため。そしてティナは、それを口止めされているから、そんな遠回しな言い方に――と考えると状況的にはしっくり来る。

 だけど……たとえフリだとしても、クレアねぇがほかの誰かとお見合いをするのは嫌だ。三人もの女の子に手を出してって言われるかもしれないけど、嫌なものは嫌なのだ。

 そんな俺の性格を、クレアねぇが理解してないとは思えない。それなのにお見合いに出席する。なにか、ほかに深い事情があるのか?

 分からない。分からないけど……一つだけ分かりきっていることがある。それは、俺がクレアねぇを誰にも渡したくないと言うこと。


「ティナ。お見合いの具体的な日取りは知ってるのか?」

「六日後、王都で定期的に開催されるお見合パーティーがあります。クレア様はそれに出席なさる予定です。……けど、それを聞いてどうなさるおつもりですか?」

「もちろん、連れ戻しに行くんだよ」

 キッパリと断言する。

 レールを設置するのはこの国を豊かにするため。そして豊かにする理由は、俺や大切なみんなが幸せに過ごせる環境を作るためだ。

 クレアねぇに犠牲を強いて得る繁栄なんて必要ない。


「クレア様が出発したのは昨日の朝。今から追いかけても、途中で追いつけはしませんよ?」

「だったら、王城に乗り込んでやるさ」

「……本気ですか?」

「本気も本気だよ。たとえリゼルヘイムに喧嘩を売る結果になったとしても、絶対にクレアねぇを連れ戻す」

 俺はこの国が、この国に住む人々が好きだ。だから、領民を護るために必要だと思うことは全力でする。罪人の首をはねたのだってそれが理由だ。

 だけど……俺にとってもっとも大切なのは、アリスやソフィアやクレアねぇ。次いで、シスターズや近しい人々。その誰かを犠牲にするという選択肢はありえない。

 たとえその逆はあり得ても、だ。

 とは言え――と、俺は少し緊張した面持ちのティナの頭を軽く撫でつけた。


「安心してくれ。むやみに喧嘩を売るつもりはないし、考えなく動くつもりもないよ。ただ、クレアねぇは絶対に助け出すってだけだから」

 最初に宣言した通り、グランシェス領のみんなも大切には変わりない。もし切り捨てるとしても、それは本当にどちらか片方しか救えないような悲惨な状況になったときだけ。

 そして、そんな自体にするつもりは断じてない。

 なので、クレアねぇを助けるのは決定。その上で、可能な限りみんなに被害が及ばないような手段を探すつもりだ。

 幸いなことに、王城に顔を出すだけなら、いくつか無難な方法があるからな。


「……それが、貴方の出した答えという訳ね」

 不意に別の声が割って入る。その声の主は金髪ツインテールのツンデレ少女。第一王女に仕える筆頭侍女のクラリーチェだった。


「……クラリィがなんでここに?」

「あら、あたしがいたらおかしいかしら?」

「だって、クレアねぇは王都に向かったんだぞ?」

 しばらく滞在してるのは知ってたけど、クラリィの目的はクレアねぇに会うこと。クレアねぇが王都に向かった以上、クラリィがここに残る理由はないはずだ。


「まぁ……そうなんだけどね。今ここにいるのはノエル姫殿下の思惑で、貴方がどう動くか確認するためよ」

「……それはつまり、お見合いがノエル姫殿下の立てた計画で、クラリィは俺が邪魔をしないように見張っているという訳か?」

 クラリィがノエル姫殿下からの手紙をクレアねぇに手渡した少し後、クレアねぇがお見合をするために王都へと向かった。それを無関係だと思うほど俺は暢気じゃない。


「クレアお姉様にお見合を勧めたのは、たしかにノエル姫殿下の意思よ。だけどあたしがここにいるのは、貴方の邪魔をするためじゃないわ。暴走しないように監視するためよ」

「……ええっと。それ、何処が違うんだ?」

「クレアお姉様が誰かのモノになるという結末は、あたしの望むところじゃない。だから貴方がお見合をむちゃくちゃにしてくれるのは望むところって訳ね」

「それは理解できるけど……じゃあ暴走しないようにっていうのは?」

「そんなの簡単よ。貴方になにかあれば、クレアお姉様が悲しむでしょ?」

 ……へえ。ちゃんとクレアねぇがどう思うかを考えてくれてるんだ。第一印象は自分勝手な印象だったけど、意外と思いやりのあるユリっ子なのな。


「クラリィのこと少し見直したよ」

「あたしはただ、クレアお姉様の幸せを願っているだけよ。だから、クレアお姉様の意思を尊重するのは当然じゃない」

「そっか。本当にクラリィを誤解してたみたいだ」

「ふふんっ、そうでしょ? だからクレアお姉様にもちゃんと伝えるのよ。後ついでに、クレアお姉様の胸を揉む権利をよこすと良いわ」

「……おい」

 まったくもって油断も隙もない。とはいえ……こういう、相手のことを考えた上で欲望に忠実なところ、嫌いなタイプではない。

 ……一応言っておくけど、クレアねぇの側にいる人材として、って意味だからな。


「聞かせて欲しいんだけど、ノエル姫殿下は一体どんな手を使って、クレアねぇをお見合の場に引きずり出したんだ?」

「ノエル姫殿下の筆頭侍女であるあたしが、それを貴方に教えると思う?」

「……なら、別の質問。クレアねぇをお見合させることで、ノエル姫殿下になにかメリットがあるのか?」

「それは簡単よ。仲人的な役目を果たせば、それが両者との繋がりになるでしょ?」

「それは……うちを敵に回してまでする価値があるのか?」

「さすがにそれはないわね。だから美しくて聡明な姫様は、そうならないようにちゃんと算段を立てているわよ」

「算段、ねぇ……」

 クレアねぇがどこかに嫁いだとして、それを俺が喜ぶなんてありえない。それなのに、一体どんな算段を立てたというのか……正直よく分からない。

 でも……俺とクレアねぇの関係を知らなければ、そう考えてもおかしくはない、か?


「なにはともあれ、ノエル姫殿下の目的は分かった。それで確認だけど、クラリィは俺の邪魔をするつもりはないんだな?」

「ええ。もちろんよ。欲を言えば、クレアお姉様の胸を揉む権利が欲しいところだけど」

「それは却下だ」

「え~どうしてよ。ここは『考えておく』くらい言う流れでしょ」

 なんか、本気でクレアねぇと話してる気分になってきた。ちゃんと気遣いが出来るのに、あえてそれを無視して理不尽ばっかり言うところとか特に。

 ……相手にするだけ無駄な気がする。

 さっさと話を切り上げて、リズのところへ向かおう。王城に入るのに妨害される可能性もあるし、王女であるリズの協力は得ておきたいからな。

 

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