エピソード 2ー8 話し合いの末に

「ソフィア、君を迎えに来たぞ!」

 突然部屋に現れた男は、ソフィアを見つけるとずかずかと歩み寄ってくる。それを見た瞬間ソフィアが身をすくめる。

 俺はソフィアを背中に庇うように立ち上がった。

「あんたは誰だ?」

「あぁ? お前こそ誰だよ」

「俺はリオン・グランシェスだよ」

「……ふんっ、お前がグランシェス家を継いだガキか。俺はパトリック。パトリック・ロードウェルだ」

 ……あぁ、こいつがソフィアに言いよってるロリコンか。外見といい態度といい、いかにも高慢そうな男だな。


 ロードウェルは子爵家だから、伯爵家のうちより格下のはずなんだけどな。

 グランシェス家の当主が子供に代替わりして衰退してると舐めているのか、侯爵家の分家であることを笠に着てるのか。

 前者の方は勘違いだと思い知らせれば良いだけだけど……後者の方は面倒だ。

 いくら技術に革命を起こしてるとは言え、現時点では権力的には何ら成果が上がっていない。今の時点でグランプ侯爵家と争うハメになったら確実に面倒になるだろう。

 ……仕方ない。取り敢えずは穏便に対応するか。


「それで、パトリックさんが俺になんの用だ?」

「お前なんかに用があるものか。俺はソフィアを迎えに来ただけだ」

 パトリックは俺の背後にいるソフィアに向かって手を伸ばそうとした。

 まぁ、させないけどな。


「……おい、なんのつもりだ?」

「そっちこそなんのつもりだ。ソフィアは俺の義妹だぞ」

「はっ義妹だと? 俺は知ってるんだぞ、お前がいかがわしい目的で村娘を集めてる事実をな! そんな奴のところにソフィアを置いておけるかっ!」

 ああああああぁっ、こんなところにも誤解をしてる奴が!?


「……ええっと、その件についてはこっちに落ち度があるから訂正しておくぞ。村の子供を集めたのは農業とかの知識を与える為で、いかがわしい目的じゃないから」

「少女ばかり集めておいて、よくそんな言い訳が出来るな!」

「いや、それはただの偶然」

「――そんな偶然があるかっ!」

 やべぇ反論出来ねぇ……


「あの、リオン様の言ってることは本当ですよ?」

 おもむろにティナが声を上げた。

「なんだお前は? 何処の貴族だ」

「わ、私はただの平民ですが」

「平民だと!? 平民の娘ごときが俺に意見するのかっ!」

「――ひっ」

 パトリックがティナに詰め寄るとするのを見て慌てて間に入る。

「おい、うちの客人を脅さないでくれないか。それとティナ、それにリアナも。大丈夫だから、大人しくしててくれ」

 俺は二人の手綱を握っておいてくれとアリスに目配せをする。二人の気持ちはありがたいけど、二人がパトリックに噛みつくのは危険すぎる。


「やはり村娘をいかがわしい目的で集めていたのは事実だったようだな」

「違うって言ってるだろ。なにを根拠に言ってるんだ?」

「その娘は平民だと名乗った。つまり、その娘に農業を教えているというのだろう?」

「そうだけど?」

「はっ、ぼろが出たな! 農業を教えるのに美しく着飾らせる必要が何処にある! どうせ、妾にする為の教育を施しているんだろう!」

「いや、これは制服って言って、農業をする為の作業服みたいなモノなんだけど」

「ドレスで農作業させる奴がこの世界の何処にいる!」

 残念だったなっ! この世界に居なくとも異世界には――いやゴメン。地球にもたぶんいないわ。誰だよ、制服をミニスカートにしたの。……あ、俺か。

 こほん。


 とにかく、だ。人の話を聞かなかったり、平民だからと見下したり、性格は気に入らないけど、こいつが怒っている理由は判る。

 俺だって、そんな噂がある男のところに、ソフィアがいると知ったらいてもたってもいられなくなると思う。

 だから――と、俺は真っ直ぐにパトリックを見た。


「誤解させたのは本当に申し訳ないと思う。でも、グランシェス家の名誉に掛けて、俺は断じていかがわしい行為はしてないよ」

「はっ、そんな戯言が信じられるか! もしそれが事実だというなら、今すぐソフィアを引き渡せ!」

「は? その理屈はおかしいだろ?」

「あぁそうかもな。だがそれがどうした。お前にやましいことが在ろうと無かろうと、ソフィアは俺が連れて帰る」

 あぁ……こいつは結局、ソフィアを連れて帰る口実が欲しかっただけか。


「断るって言ったら?」

「グランプ侯爵家にお前の悪行を伝え、それ相応の報いを受けてもらう」

「……判った。そこまで言うなら、ソフィアの引き渡しを考えよう」


「「――リオン様!?」」

「リオンお兄ちゃん?」


 ティナとリアナが非難の声を上げ、ソフィアが不安げに俺の腕を掴む。だから俺はソフィアを安心させるように続ける。

「――ただし、引き渡しに応じるのは、本人が了承したら、だ。ソフィアが嫌がるなら絶対に連れて行かせない」

「良いだろう。ならばソフィアに聞いてみるが良い。どうせ、ソフィアは俺と来たいというに決まっているがな!」

 だから、その自信はどこから来るんだよ……と、ため息を一つ。俺は意思を確認する為にソフィアへと向き直った。


「ソフィアはどうしたい? 彼について行きたいか?」

「……ソフィアがここにいるのは迷惑?」

「そんなはずないだろ。ソフィアが好きなようにして良いんだ」

「だったらソフィアは……ソフィアはリオンお兄ちゃんと一緒が良い。あの人についていくのは絶対にイヤだよ!」

「……判った。ごめんな、不安にさせるようなことを聞いて」

 俺はソフィアの頭を軽く撫でつけてから、ソフィアはこう言ってるぞ――とパトリックに視線を向ける。パトリックは信じられないとばかりに目を見開いていた。

 ちょっと酷いことをしちゃったけど、これでパトリックも理解してくれるだろう。


「――貴様っ、ソフィアを洗脳したのか!?」

「なんでだよ!? どう考えてもあんたが避けられてるだけだろ!」

「そんな馬鹿なことがあるか。お前がなにか吹き込んだに決まってる! でなければ、ソフィアが俺を避けるはずがない!」

 うわああぁ、話が通じない人だ。ちょっとブレイク兄さんを思いだして懐かし……くはないけど、同じタイプの人間だな。


「とにかく、ソフィアが嫌がってるから帰ってくれ」

「なっ、ふざけるな! そんな茶番に付き合ってられるか!」

「茶番? ソフィアはちゃんと自分の意思を伝えただろ? とにかく今日は帰ってくれ」

「お、お前、俺に命令するのか! どうなるか判ってるんだろうな!?」

「判らないね。何をするつもりなんだ?」

「グランプ侯爵に訴えると言っただろう!」

「ふぅん。グランシェス伯爵家に無断で押し入り、嫌がるソフィアを連れ去ろうとして阻止されたって報告するつもりか?」

「――なっ。き、貴様……っ」

 悪魔の証明って言葉があるように、やってないことを証明するのは難しい。だから、俺にやましいことがあると報告されたら、非常に面倒なことになる。

 けど、ソフィアが嫌がってるのは明らかな事実。パトリックがどんな嘘を報告しても、ソフィアが嫌がってるから拒絶したという一点は確実に証明が可能だ。


「さぁ、どうするんだ? そっちが報告するって言うなら、こっちもそちらの行動を問題にさせて貰うけど?」

「……くっ、良いだろう。ソフィアを今この場で連れて帰るのは勘弁してやる。その代わり、お前の言う学校とやらに俺も入学させて貰おう!」

 勝ったと思った瞬間、訳のわからないカウンターを喰らった。

 

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