「人それぞれ、どのような人生で、どのように金銭を手に入れようと、それはその方の自由。私が何かを言うべきことではない。そうでしょう?」

「なら、私が何処でどんな格好をしていても自由よね」

「えぇ、それは勿論。それが身の丈にあったものであれば。人というのは誰であろうと、もて囃される事は気持ちの良いものだと感じます。当然です、褒められれば喜ぶ、至極普通の成り行き。それは認めましょう。しかし、問題なのは己のどの部分で誰に褒められているのかということ。貴女の場合はご自分の魅力でもて囃されているわけではない」

「そんなこと、無いわ」

 女はマスターの言葉にというよりも、自分に言い聞かせるように言ったが、マスターはすぐさま間髪を入れずに「いいえ、今の貴女に魅力は一切ありません」と吐き捨てた。

「すごいわね、一切ないっていうの?」

「えぇ、小さな塵屑ほどもありません」

「それじゃぁ、私がもてはやされる私の理由は……」

 女は肩を落としぶつりと小声で呟くように入ったが、マスターがそれを聞き逃すわけも無く、小さな笑いを含んで女に言う。

「分かっているのに質問してくるとは、なんとも味なことをなさいますね。貴女の魅力、ここまで言えば分かるでしょう。そう、お金ですよ。お金と言うのは凄い。それこそ魔力があるようなそんなものだ。あぁ、それは、貴女が一番ご存知でしたね」

 今まではぼかすように、回り道をして正解にたどり着いていたはずなのに、今回に限っては女が何の言葉も挟まないうちに正解を言ったマスター。

「今までに無くはっきりといっちゃうのね。答えを」

 答えを言われるまでも無く、自分でも薄々感じていたこと。

 ただ、今まではそれでいいと思っていた。金こそが全てであり、それがある自分だからこうしていられるのだと。

 恐らく影では同じように言われていることだろう。

 女同士など特にそういった陰口は大好物のはず。それでも負け惜しみ無く女は今までは何も思ってこなかった。

 なのに、今日、たった僅かな時間で女はそのことを考え胸の中で苛立ちや悔しさ、悲しさを混ぜこぜにされているような気がする。

 口元に浮かべた笑みと、静かで冷ややかな眼差しで自分を見つめるマスターに、女は小さなため息を吐いた後、白い歯で下唇をかみ締め大きく息を吸い込んだ。

「もう沢山だわ」

 突然の女の言葉にマスターは首をかしげて「何がでしょう? 」とわざとらしく言う。

「それだけ言えば満足でしょう? 私を散々馬鹿にして、返す言葉も無い私を笑っているんでしょう。もう沢山よ」

「貴女を馬鹿に? いいえ、私は嘲しているだけです」

 マスターの態度に女は一度深く瞼を閉じる。

 感情を押し殺しているようにも見えるその態度をマスターは黙って見守っていた。

 暫くして、ゆらりと立ち上がった女はマスターのほうを見ることなく真っ直ぐ出口に向かって歩き出す。

「代金は払わないわよ。それだけ言えば十分でしょ。帰るわ」

「どうぞご自由に。ただ、一つだけ」

「……まだあるって言うの?」

「答えをお教えしてなかったでしょう? マルガリータとは、ある女性の名前です。諸説ありますが、どれも作ったバーテンダーが愛する女性を想って作ったカクテルです。中には不幸な事故でなくなった恋人を想い作ったバーテンダーの話もあります。そして、マルガリータと言えばレモンが使われるのが大抵ですが、レモンの花言葉を知っていますか?」

 マスターに背を向けたまま立ち止まってマスターの話を聞いていた女だったが、花言葉を問われ、少し頭を傾かせ、横目でマスターの姿を視界に捉えながら首を振った。

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