「グラスのふちに雪の結晶のようにつけられたスノースタイル。湖の上に落ちた霞のように涼しく澄んだ色をたたえるマルガリータ。マルガリータがマルガリータである意味。マルガリータとは何の名前か知っていますか?」

 自分に喋らせないかのように畳み込んで言われた言葉に、仕方なく自分の怒鳴り声を飲み込んで女は大きく息を吸って首をかしげマスターに答える。

「マルガリータの名前って、何の関係があるのよ。貴方の方がずっとお馬鹿さんなんじゃないの? 私はね、レモンが似合わないといわれた意味が知りたいのよ」

「せっかちな方ですね。ですから、こうして丁寧に教えて差し上げているんですよ」

「マルガリータが何の名前かなんて、興味を持ったことすらないから知らないわ。それがどうかした?」

「いくつかの説はありますが、行き当たる所は一つです。少し考えて見ませんか?」

「ふん、考えたところでわかるわけないでしょ。どうせ私はレモンが似合わないという理由も分からないんですから」

 女は不貞腐れるように腕を胸の前で組み、マスターを睨みつけてはき捨てる。

「おやおや、楽しくも何とも無い、捻くればかりの方ですね」

「誰がそうさせているのかしらね」

 マスターは深い溜息を女に見せ付けるようにつき、それに対して女は更に眉根を寄せて同じよう大きなため息で返した。

「まるで私がそうしているかのような口ぶりと態度ですね」

「あら、違うって言うの?」

「違うに決まっているじゃないですか。私が貴女を育てた親ならそうかもしれませんが、貴女の捻くれて楽しくもなんとも無い部分は私のせいではないでしょう?」

 一見、正しく真っ当な言い分のように聞こえるが、貴女と居ると楽しい、そうちやほやされ続けてきた女にとって、神経に障る言葉。

 女の機嫌が悪くなればなるほど、顔が歪めば歪むほど、マスターの口角はじんわりと瞳のほうへと引き上げられ、女の醜い顔を楽しんでいるように見えた。

「ここで答えを言っても怒りの感情に飲み込まれてしまいそうですね。ではヒントを差し上げましょう」

「ヒント?」

「ヒントは貴女に、このお酒は似合わないと言うところですね。素晴らしいヒントでしょう? 己のことを一番知っているのは己自身、自らを振り返ればすぐにお分かりになります」

 言葉の端々にちりばめられた嫌味を感じた女は大きく息を吸い込んで、マスターを睨み上げる。

「おや、お考えにならないのですか? それではいつまでたっても答えが出ませんよ」

「間違った答えを言ったら、また貴方の嫌味を聞かなきゃいけないんでしょ。そんなのごめんよ。今だって、これ以上なく我慢しているっていうのに」

「我慢? 一体何にでしょう?」

「わからないの? 言っとくけど私はお客よ。貴方が店主で、私が客。誰が商品の代金を支払うと思っているの? 客にそんな態度とって良いわけ?」

「お客様、ね。では、お客様らしくこの店の主人である私の言う事に従ったらどうです?」

「何言ってんのよ。客に尽くすのが店主でしょ?」

 女の何気ない一言にマスターの笑顔は消え、鋭く冷たい視線を女に浴びせた。

 凍えるように冷え切った瞳に怒りの色は見えない。しかし、その視線から発せられる鋭い力に女は一瞬にして凍りつき、マスターの瞳から目を逸らす事ができなくなってしまった。

「人に対して使う尽くす。それは献身的にその人に対して行動を起こし、努力をすると言う事」

「そうね、その通りよ。私は客で貴方はこの店の主人。合っているじゃない」

「しかし……」

 無表情のまま、マスターはカウンターに置かれた女のグラスを手に取り、そっとグラスを傾けて半分ほど残っていたマルガリータを流し台の中へと落とす。

 細い一線が店の照明に照らされてきらきらと輝きながら、一滴残らず流れ落ち、最後にぼとりと鈍い音を立ててライムが落下した。

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