マルガリータとドリーム

 柱時計が、あと三十分ほどで日付が変更されるその時間を店の柱時計が重厚な鐘の音で知らせ終わったその瞬間、自動ドアが開いて一人の女がやってきた。

「いらっしゃいませ」

 いつも通りの挨拶をしたマスターの目に、眩しいほどの色合いの洋服を着た女が映りこむ。

 暫し瞼を何度が開閉させて見間違い出ないことを確認した後、やれやれといった表情を浮かべた。

 マイクロミニのスカート、着ている洋服全て原色、夜道を危なくないようにと蛍光塗料でも塗り捲ったのだろうかという色まであって、一見すれば若い派手な洋服。しかし、恐らく本当に年齢の若い者たちはその服に身を包まないだろうという服装だった。

 腰に左手をあて、トンボの目玉かと思うほどに大きなサングラスを右手ではずした女はちらりとマスターを見て艶やかに、微笑み腰をしならせながら歩み寄る。

「ここ、良いかしら?」

 女の問いかけにマスターはいつもの笑顔で頷き、女はカウンターの真ん中から少し右に、マスターの視線が斜めになる位置に腰を下ろす。

 マイクロミニのスカートから伸びる細い足にその脚線美をより際立たせる為か、はたまた隠せない年齢を隠すためか、人差し指が入るほどの大きさの穴の網ストッキングを穿いている。

 マスターにとって女がどんなであろうと全く関係は無かったが、女は違ったようで、己のその足を見せ付けるように組み、頬杖を突いて上目使いで妖艶に視線を流した。

 もちろんマスターはそんな女の視線を無視して無感情のまま、ただ言葉を発する。

「何になさいますか?」

 女はそっけなく返されたことが不服の様に少し機嫌を悪くして、ため息をつきながらも胸の谷間を強調して上目遣いで注文した。

「……そうね、マルガリータを頂こうかしら?」

「承知いたしました」

 マスターは女に注文された通りに、カクテルグラスの縁に塩をつけ、スノースタイルにしたマルガリータを女の目の前のカウンターに出す。ガラスのふちにくっついた塩がきらきらと店の光を反射させエレガントという言葉そのものの雰囲気をかもし出していた。

 しかし女は視線をマスターからカクテルに向けて言う。

「あら? 私はマルガリータを頼んだのよ?」

「えぇ、ですからスノースタイルのマルガリータをお出ししております」

「いいえ、違うわ。だって、私がいつも行くBARのマルガリータにはレモンが付いているんだもの。レモンは黄色、これは緑、レモンじゃないわ」

「黄色がレモンという発想はどうかと思いますが、確かにそちらはレモンではございません。ライムです。マルガリータは店によってレモンを使用する場合とライムの場合があります」

 初めて知った事柄に女は感心しながらライムを見つめ、「ふぅん、この店はライムなのね」とまるで自分は知っていましたといわんばかりの口調で良い、なかなかいいんじゃないと瞳を半分伏せて、己の艶やかさを演出する。

 だが、そんな女の言葉にマスターは首を横に振った。

「いえ、当店では両方どちらでもご希望の方でお作りしますが、今回はライムを選ばせていただきました。レモンは貴女に似合いませんからね」

「そうね。私には豪華なほうが良いわ。安っぽい黄色よりずっとこっちの方がステキだもの」

「ほぉ、左様で」

 マスターは女の言葉に思わず嘲笑を漏らし、馬鹿にしたような視線を送った。

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