第3話 頭脳都市/情報統制

頭脳都市。


すべてにおいて例外的な場所。

この社会のすべてを管理している中枢都市。


そこに僕の母がいる。


そこは地方とはまったく勝手が違う。

そこにいる人たちは、この社会システムのために働いている。


この世界に民間企業はほとんどない。だからここにいる人たちは、たいていが(あなたたちの世界の)官僚のような仕事をしている。


各地のステーションから拾い上げたデータや、オンライン上の情報を元に、配給する生活物資の調整をしたり、今のシステムをより最適化するために、新たなテクノロジーの導入を検討したり。そんな仕事をしている。


もうひとつ重要な仕事がある。情報統制。


そう聞いて、表現や言論の弾圧をイメージするかもしれない。

しかし実際はどちらかというとその逆で、自分たち(政府)が発するメッセージを適切にコントロールしている。


なぜそんなことをするか。


あなたたちの時代にSNSが発達して以降、僕たちの時代まで、大衆心理は研究しつくされた。


どんなメッセージを発すれば、市民からどんな反応が返ってくるか。

パターンごとに、市民からのネガティブな反応とポジティブな反応の割合はいくらになるか。

ネガティブな反応が大きくなった場合、次にどのようなメッセージを発すれば、それをポジティブに上書きできるか。

また、ポジティブに上書きされるまでのタイムラグ(つまり、大衆が以前の出来事やメッセージを忘れるまでの時間)はどれくらいか。


ネガティブな反応を無視し続けることも、場合によっては効果があるとわかっている。新しい情報はつねにやってきて、人々の古い記憶を押し流す。


ネガティブを無視し続けることの効能については、また他の方法でも説明できるけど、それについてはいずれまた説明することがあると思う。


ともかく、すべてはマニュアル化されている。


特にSARS-CoV-2の発生時の大衆の反応は、この情報統制マニュアルの作成に役立った。(実際は、ある土地で大きな地震と原発事故が起こったときに研究が始まったようだけど。)


そのマニュアルに沿って発信されるメッセージを受け、僕たちは政府を信用する。いや、僕たちはもはや「疑う」という概念さえ忘れかけているので、信用ですらないかもしれない。政府というものをほとんど意識することなく、平穏の中を生きている。頭脳都市の人々を除いて。


安寧を維持するための、もうひとつの秘密がある。

配給される物資、特に食糧。これらさえも適切にコントロールされている。フィジカルとメンタル、その両面で。


物資の配給制が始まった頃、食糧の味は極端に薄味だった。


あなたたちの世界には、旨みと油分と塩分を極端に凝縮させたスープの中に、紐状の小麦粉を泳がせた食品があるでしょう?旨み成分の粉末をふりかけた、薄切りイモの揚げ物とか。


配給制の最初の一年は、そういった味付けのものが段階的に減らされた。なるべく気づかれないように。抵抗感を生まないように。たんぱく質も、必要とされる最小ラインで提供された。


もちろん不満を言う人は一定数いたけど、配給制の開始とともに労働の必要性も減り、食べることでストレスを発散する必要もない世界では、みんな上手くその味に慣らされていった。


なぜそんなことをしたのか。

それは、極端な悦びを与えるものは、極端な不足感ももたらす、という理由からだった。中毒性、依存性と言い換えることができるかもしれない。


不足感は精神のアンバランスのきっかけとなる。アンバランスは、外への不満を生む。外への不満は、人によってはいずれ政府にむかう。


そんな理由で、政府は労働の縮小と交換に、大衆の口にするもの、身に着けるものにまで上手く介入した。

(本当はもっと科学的なやり方で食品の成分をコントロールしてるという噂もあるけど……。)


配給品の衣類や生活用品についても、食糧と同じ理由で、また資源やコストの理由で、装飾性はほとんどない。

(もちろん今は、個人間取引のオンラインマーケットに、個人が装飾した物品がたくさん並んでいる。)


このような方法で、政府は人々から“不足感”を取り除くことに成功した。


“不足感がない”。

この状態がベースとなった僕たちの社会では、多少のアルコールや装飾品が、大衆の精神に決定的なアンバランスを引き起こすことはない。だから今は、それら付加的な価値を持つものも、特に規制されることはない。規制されてないからといって過剰になることもない。人々は適度にそれらを楽しんでいる。


つまり僕たちは、抵抗感を感じることなく、完璧に管理されている。


ディストピアは楽園。

楽園はディストピア。


この世界線では、その二つの単語は同じものを指している。


SARS-CoV-2は、あらゆる面で社会の再構築をもたらした。


交通、情報、分配。もちろん、オンラインは大前提だ。

当然のことながら、子どもから大人まで、学習はオンラインがベースだ。


SARS-CoV-2によって一極集中の危険を目の当たりにした政府は、ウイルス拡大の阻止と、都市機能の安定化の両面で、国中の都市や居住区の分布を完璧なかたちで再構成した(ミラー都市、あるいはミラーリング都市計画と呼ばれる)。


それまで人が、望んでもできなかった改革。捨てることのできなかった過去の遺産。習慣。しがらみ。


発想の転換?パラダイムシフト?

それらのお題目が、いかに自分たちの発想の枠の中でしか唱えられていなかったかを教えてくれたのは、科学ではなく、SARS-CoV-2という偶然だった。


それは、最初は恐怖というかたちで人々の前に姿を現し、やがて社会だけはなく、人々の精神の在り方、それさえも変えてしまった。


再構築された世界を統括する場所、頭脳都市。

本当はちゃんとした名前があるのだけど、人々は日常の中で、わかりやすいこの呼び名を採用している。

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