禍後の楽園から

まんでるぶろぼっと

序章

第1話 最適化されたシステム

あの災禍のあと、僕たちの社会は随分変わった。

そう、今あなたたちが渦中にある災いだ。


あれから鉄道は人を運ばなくなった。そのかわり、モノを運ぶようになった。資源も限られているので、生活物資は基本的に配給制だ。


レールに乗って各ハブ拠点に到着した物資は、さらに各地の配給所に配られる。住民は、役所から配られたクーポンと交換して、生活物資を得る。


一部の地域では、ドローンを使ったり、各家庭に直通の地下レールを引くなどの試みもあるようだけど、技術的には可能でも、手間と、そこまでする根拠が不足していて、あんまり進んでない。

ほとんどの地域は、住民が最寄りの配給所に取りに行く。


それらの配給所は、元はコンビニだったり、ドラッグストアと呼ばれる施設だったようだ。


鉄道が人を運ばなくなったかわりに、車が人を運ぶようになった。


車は今も人を運んでるじゃないか?

その通りだけど、少し違う。


ここでは車は完全に公共交通になった。誰も車を所有していない。自動走行車が自由な観覧車のように、国じゅうを回っている。車好きの人は残念に思うかもしれないけど。


ネットワーク技術で完全に制御された自動走行車は、一定の車間距離、一定のスピードで、車道を巡回している。


住民は自宅から、今で言うスマートフォンのような端末で、利用区間を指定し、最寄りの停留所で乗り合わせる。


もちろん、運転手はいない。

それに乗っているのは、予約した住人とその家族、友人だけだ。


利用者を目的地へ運び終えた後は、車内の換気と消毒が行われる。


人が移動する道と、自動走行車が走る道は、完全に分けられている。

あなたたちの世界のように、人や自転車のすぐ横を、車が走り抜けるような野蛮なことはもうない。人命と利便性が両立するよう、合理的に整備されている。


これを聞いて、あなたはディストピだと思うかもしれないし、理想的な未来だと思うかもしれない。


実際のところ、僕たちのほとんどは満ち足りている。


たしかに生活物資は配給制だし、完全にこの国の中枢機関によって管理されている。人もモノも。


だけどこのような太い「木の幹」の部分以外、枝葉の部分では、かなり自由が許されている。


例えば……、今のあなたたちにピンとくる例でいえば……。


僕たちの世界でも、ウイルス対策や防砂等の理由でマスクが配給されることがある。それは機能性とコストだけを追求した、何の装飾もない、シンプルなものだ。


それを各々がアレンジする。

染め直したり、より使いやすいよう、縫い直したり。


(これは今のあなたたちの世界でも行われてることだから、かなり想像しやすいと思う。)


そしてそれは、しばしば個人間取引が可能なオンライン市場で流通する。


気に入ったデザインがあれは、自分が持ってるモノや通貨と交換できる。もちろんマスクだけじゃなく、服、装飾品、家具、食器……、それらも同じように、政府が供給する“素材”がアレンジされて流通する。すべてにおいてそんな感じ。


最低限の機能だけを持ったモノが政府から支給され、そしてそれを、個人個人がアレンジし、オンライン上に流通させ、購入者は先の配給所でそれを受け取ることができる。


人々はそうやって、限られた資源を使って、自分のクリエイティビティを発揮することに時間を費やす。そして、あなたたちの社会のベースとなっている労働というものはほとんどない。


生活のために望まない作業を強いられることはほとんどない。これまで紹介したように、配給や合理的な物流で、過不足なく生活物資は分配されるから。


ただしこのシステムを管理維持するために、月のうち数日、地域のステーションに駆り出されることはある。


と言っても、メンテナンスはほとんど自動化されてるので、人間がやることと言えば、それが問題なく作動しているかを見守ることくらい。


実際は見守るというより、それらのシステムがロストテクノロジーになることを防ぐために、市民にその稼働現場を見せ、記憶に焼き付けることにあるような気もする。


それを見たところで、ほとんどの人はそのテクノロジーを理解できるとは思えない。ほとんどそれは、過去の労働を儀式化してると言って良いかもしれない。


そんな感じで、人々は時間を持て余している。少なくとも、あなたたちの目にはそう映るかもしれない。


しかし僕たちは、何かを強いられることのない豊かな時間の中で、1秒たりとも退屈していない。もしかしたらあなたたちの目には、不思議に映るかもしれないけど。

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