第3話 ヒロインアカネ、悪の首領役として公園デビュー

私はクズなのだから…。


私、キザキ・アカネは、正義の味方の自分と、一般人との自分のバランスをとるために「クズになる!」と決意をし、冷蔵庫から取り出したビール缶のリングプルを引き上げて一気に呑み下した。


目は血走って憔悴していたが、クズになる決意は固かった…。




決意は固かったけれど、うまくクズをやれているか全くわからなかった…。


私は、戦隊ヒロインとして、日常をクズみたいに生きるんだ。


そう思うのだが、うまくやれているかわからない。




それは、比較対象が無いのが理由のはず。


外に出れば、比較できる…。


クズの基準がわかるはずなのだ。




外には、お仕事をしながら、家庭を守り、捨てられたワンコとか拾ってよしよししている人がいるはずだ。


そんな素敵な人々を見ながら、十時に起床し(たふりをし)てビールを飲んで、ほろ酔い加減でご機嫌(風に)目的もなく出歩いているクズなんて、いないはず。




私以外の人たちは、十二時になれば、会社の休み時間に微かな憩いを求めて談笑しながら労をねぎらいながら、束の間の楽しい時を過ごす勤勉な善男善女たちなのだ。ああ、なんと素敵な日常だ!




そんな日常を撃ち壊すかのように、私はクズだから目的もなく漂うのだ。


『目的もなく』と言っているが、私のクズスケジュールでは、パチンコ屋へ行くことになっていた。


賭け事に投資する、クズっぽい金額は三万円。




出玉とかがしょぼくて、時間が潰せるアタリが少ない台を前日に調べて午後から夕方、もしくは八時くらいまで無為に時間を過ごすことに決めている。


三万円で最長八時まで粘って、生産性のない時間を過ごすのだ。




綿密なスケジュールを手帳に記していたから、迷うことはない。


クズとして時間を消費することに抜かりはない。




yahoo!知恵袋とかで、クズな生活ってどんなですか?と書き込みをしてみたけれど、”おまえのいまやってる生活のことだよ”とか”クズだと相手を思ったら、すぐに別れましょう”だとか”悩みがあったら相談に乗りますよ、ぜひご連絡を”とか…実際に納得できる回答は来なかったので、ネット検索を繰り返した。




人間のクズとは、そもそも「低劣な人間」を表す言葉のことです。


では、低劣な人間とはいったいどういった人物を指すのか。


それは、人格が卑しい人であったり、品性や風格のない人のことを指します。




と書いてあった…。


さらに




①社会的地位が低かったり、劣る(昔なら、低い身分のこと)

②高貴でない

③道徳的に非難されるべき、堕落した




入社一年目だし、社会的地位は、多分低いはず…。

高貴でもないなぁ…。

道徳的には…、かろうじて非難されない…。

堕落は…したくないと思って生きてきたので、多分していない…。




では、『堕落』して『道徳的に非難される』ことをやるのだ。

というコンセプトで、スケジュールを組んだ。




朝、遅く起きてお風呂にも入らない。(お母さんがお風呂に入らないと怒るから、多分これは堕落)


そして、朝からビールを飲む。


パチンコでせっかく稼いだお金を無駄に浪費して大負けする。


その憂さ晴らしに、居酒屋へ行ってクダを巻くように酔い潰れる。


そして、飲み過ぎてふらふらになりながら帰宅、コートも脱がずにベッドに転がり込んで朝まで化粧も落とさずに眠りこける…。




完璧なプランだった。




クズは、襟を立てた薄手のグレイッシュなコートを羽織るはずというイメージを持っていたため、前日に同僚の友達から、くたびれたコートを安価で譲ってもらった。声をかけた時間が、夜も遅かったので何事かと問い詰められたが、ニヒルと呼ばれている笑顔も身に付けていたので、ワケアリでね…と応えてその場を取り繕った。




その友達がかけてきた電話の着信回数が一番多かった。


心配してるんだろうなぁ…と、絶望的な気持ちになったが、しょうがない…。




しょうがないんだ!




そう歯を食いしばりながら、扉にぶつかるように外に出て、あまりの勢いのために大きな音を立ててしまったことに自分でびっくりしてあたりを見回し、ドアを労わるように撫で回してみた。




空は晴れていた。


青空は爽やかで、人通りは少ない。




ここはビジネス街ではない。


通常であれば静かな公園で、なにか、大きな声で罵ったり凄んだりする声がする。


何かを叩きつける音のようなものも…。




ふと、そちらへ視線を送ると、つい三週間前くらいに戦隊の仲間で滅したはずの『わるもん』の量産型ミュータント(液状型)が大学生くらいの若者に囲まれていた。




『わるもん』は、集団で行動するときは手がつけられないが、単体になると弱い。


ある程度、格闘技を身に付けた人間であればタイマンが張れると、教官が言っていた。




今目の前に展開されているのは『わるもん』量産型一個体に対して、五人の柄の悪い若者。


男性四人にケバケバしい女の子がキャーキャー言いながら、殴る蹴るを繰り返している。




「俺Redだからな」


「バカ、お前は一番弱っちいGreenだろ?」


「じゃあんた、デブだからYellowね!」




そんな、役柄の取り合いをしながら、暴力的な正義に酔っている。




私は、カウンセラーのオオヌキさんとの会話を思い出していた。



「幼稚園の頃、正義の味方ごっこ、やりませんでしたか」

「やらないですよ…」

「なぜやらないんですか」

「だって…」

「そういうことですよ」


そういうと、大貫さんは呆れたように笑っていた…。




そうだ…正義の味方ごっこをやるときに、一番いい役、つまり主役のヒーローの役を奪い取るのは、一番『わるもん』がお似合いの、大っ嫌いな乱暴な子で、一番優しい気の弱い子が、一番悪い悪の首領役だった…。




私が初めて参加した正義の味方ごっこは、公園で年上の男の子に声をかけられて、怖くて泣きながら、引きずられるようにして参加したやつ。




全然楽しくなくって、強引に私を引きずっていった上級生の男の子は、私に対して「『わるもん』に捕まった、助けてと言え」とセリフまで考えて私にそれを言わせようとしたし、pink役の正義の味方役だった私は、捕虜になった分仕返ししないといけないと言われて『わるもん』役の子を叩け…と強要してきた。




私は、泣きながら拒んだけど、yellow役の太った男の子が、私の手を掴んで殴っているように振舞わせた。


みんな、単なるごっこ遊びだと思っていただろうけど。


遊んでいると思っているのは、戦隊モノの主人公リーダー役をやってる乱暴な男の子だけだった。




(小学生の世界は、どんな悪の組織だよ)




そんなことを思いながら、クズは、無視して通り過ぎるのが定番なのだ。


定番なのだけど…。と、考えを弄んでいた。




私は、昔の弱い女の子でもないし、泣くこともなくなったし…。


正義の味方の役割を、今やっているわけではないし…。


通り過ぎようとしたけれど、今は、クズになる強化週間だし…。




クズは、『わるもん』を助けるのもありなんだよな…。


と、考えながら、その五人の大学生に向けて「首領役、いないね…おねえさんやってあげようか?」と訊いた。




一瞬彼らは、きょとんとして、何を提案されているのかわからない顔をしてたけれど、私の眼光と酒の匂いを嗅いだのと、擦り切れた薄手のコートと、ボサボサの髪の毛を見て…。




①社会的地位が低かったり、劣る(昔なら、低い身分のこと)


これに当たるクズだと思ったのだろう。

ニヤニヤしながら、近づいてきた。




「ねぇ、おねえさん、なんか用ですか」


そう言ったのは、リーダー格のredになり切ろうとしていた男の子で、自分の楽しみを取り上げようとしているのが、小さな体の小汚いアル中娘だと思った瞬間に、頭頂の髪の毛を掴むようにして凄んできた。




私は「それ、秘密結社対策機関に引き渡しなよ、一般人が処理していい案件じゃないんだよ」と言うと、彼らは、その言葉を嘲笑い「大丈夫だよ、俺らつえぇし、こいつよええじゃん、お姉さん何びびってんの」と問い返した。




「よええから、お前らが虐めていい相手じゃないだろ、こいつ、誰にも倒せる”雑魚キャラオブザイヤー”じゃんかよ、弱いものいじめすんな、かっこわりい…」




私は、頭頂の頭髪を掴まれたまま相手を睨み据えて言う。


「あ”?」と、凄みながら顔を近づけてくる子に、瞬間的に頭突き。




血が吹き出した。


相手の血かと思ったけど、自分の血だった。




見えないくらいのスピードで一瞬のうちに、打ち付けた私の額が割れて、男の子が握りしめた頭髪がブチブチと音を立てて千切れた。


どれだけ強く握っとるんや!と、苦々しく思うが、しょうがない。




相手は、吹き飛んでるし、私は髪の毛を千切られて血を吹き出している。ハゲができてなかったらいいけど…。


Red役の男の子は…立ち上がって、二、三度頭を振った。


手に巻きついている私の髪の毛を眺めて、忌々しいものを振り払うように手のひらを上下に勢いよく振った。




相手が立ち上がってしまえば、外見上には私が圧倒的な不利状態に見えているはずなのに、なぜか私は相手に「まだやるの?」と、呆れ顔で訊いていて、秘密結社対策機関の電話番号を押そうと、携帯を出していた。




五人は、毒気を抜かれた顔をしながら、顔を見合わせながら額の横で、指をくるくると回していた。


私を気が触れた女扱いしていた…。




だよなぁ…。正義の味方なんて、気が触れたやつがなる商売だよねぇと、うんざりした気持ちで考えていた。


そして「じゃぁ、悪の首領役、もうすこし気合入れてやってみようかね…もちょっと遊ぶ?」と凄んでみた。

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