日常・ヒロイン
もりさん
第1話 電車で席とかゆずるの、マジ無理!
私は正義を守る変身ヒーロー戦隊の中のひとりの『変身ヒロイン』キザキ・アカネ(稀崎明音)。今回は、戦隊の保健室の先生的な(オオヌキ・トシエ大貫寿恵)さんと喫茶店で悩み事カウンセリング中。
そもそも、なぜ日曜日の夕方に、こんなところにいるのかというところから始めるのだけれど…。
電車で、そこそこの乗車率の時の話。
座っている座席の前に押し出されてきたのは、おばあちゃんだった。
すごく四角い顔をしてて、口をへの字に結んだ、めっちゃ怖そうなおばあちゃん。
顔を真っ赤にして、ふーふー言ってる。
これって、席を譲らない私に対して怒ってるんだろうか…でも、もしかしたら機嫌が悪くって席を譲ったらすごい勢いで怒られそう…ばかにするなって…。
こんな人がいっぱいいるところで、怒られたら嫌だなぁ…。
今、私は席を譲るか、譲らないかで悩んでるけど、私が立って譲ろうとした瞬間に他の人が譲るかもしれない…。
そう思いながら、俯き加減で目線だけでキョロキョロとあたりを見渡してみたけれど、おばあちゃんに気づいている人はいない…。
みんなスマホ見てる…。
私も、みんなと一緒にスマホを見ることにしたけれど、スマホを見ようとしたらおばあちゃんの怖い顔がスマホに写って、びくっとした。
スマホが汗でドロドロになっていく…。
あと二駅だ。
席を譲るのは我慢しよう…。
私が、席を立ったら、その席におばあちゃんは座るだろう…。
そう思ったら、私が降りる一駅前でおばあちゃんは、ふらふらしながら降りて行った。
疲れてたんだ…。
あの赤い顔も、怒ったような顔も…。
私は、何をしてるんだろう…。
自分がやっていること全て、全部、なんか違う気がしてしょうがない…。
それでも、多分、私に取っては席を譲らない方が正解だったはず…。
なぜなら、私は正義を守る変身ヒーロー戦隊の中のひとりの『女性ヒロイン』だから。
正義の味方だと身バレしないように、変身ヒロインになる前の一般社会人だった私と同じ行動をとらなければいけないから…。
今の私は、変身ヒーロー戦隊に入る前から全然変わっていない…。
正義の味方でない私の普段の行動は、こんな時に恥ずかしくて席など譲れない。
こんな衆人監視の中で、目立った行動をするのは恥ずかしい!
身もすくむ思いだ…。
何一つ成長していない。
一般人の私が、何一つ成長していないと言うことは、きっとうまく正体を隠していると言うことだ。
だから、席を譲らなくって正解だったのだと思ったんだ。
正義の味方であればこそ、認められる正義の行使も、日常の私には恐ろしい目立つ行為だ。
匿名性を維持する変身マスクをつけるのだ。
マスクをつければ正義はやり放題!貪欲に正義を追求できる。
でも、今は一般人。
冴えない気の弱い一般人のもっさりとした社会人一年目の稀崎明音だ。
だから…
私は席を譲らないのだ…。
でも、もしかしたら、その恥ずかしさを超えて席を譲った方がいいかもしれない…。
ぎゅっと握った掌には、爪が食い込み夏でもないのに手汗が滲んでいた。
そんな堂々巡りの葛藤と戦いながら、ヘトヘトになりながら脂汗をかきながら、電車を降りた。迷いを含んだ正義を為さぬ行為、は恐ろしく体力を削る。
なんだか、ギラギラの日差しを見ると泣きそうになった。
喫茶店に入り、待ち合わせの相手を探す。
ヒーローカウンセラーの大貫さんだ。
大貫さんは、私を認めると、自分の長い髪の毛をぐいと後ろでバレッタでまとめた。
「疲れてますね…まだお昼ですよ?」
そう言うと、オオヌキさんは店員に小倉トーストを注文する。
トーストの上に小倉の小豆餡が乗っているおそろしく甘ったるいやつ。
生クリーム増量でと、オーダーを伝えている…。
飲み物のオーダーはミルク。
お砂糖をスプーンに五杯はつぎ込んでいて、ミルク自体がドロドロの水飴になりそうな勢いだと思ったが、実は私にとってはそんなことはどうでもよかった。
席につくなり、ぐったりとテーブルに頭をのせた。
頭の重ささえ私の負担になるくらいの悩みだと言えば、笑われるだろうか…。
大貫さんが言う。
「稀崎明音さん、テーブルにファンデーションがつきますよ」
私は、オオヌキ先生が言ったようにキザキ・アカネ 稀崎明音という。
正義のヒロイン一年目で、おばあちゃんに席を譲れなかったことを悩んでテーブルに重力に任せた頬ずりをしている。
「おばあちゃんに席を…ゆずらないという選択をしました。普段の私は、衆人監視の中で席などゆずりませんので…」
オオヌキトシエ・大貫寿恵さんは、カウンセラーの顔をして、ほう…と感心したように呟くと、独り言のように三億円強奪したスーパーリッチマンの犯人が足がつかないように一枚さえ紙幣を使えないみたいですね…と言った。
「私は、正義の味方に向いていません」
気が抜けた声で大貫さんに頭をテーブルの上でゴロゴロさせながら、縋るように言った。
「正義の味方に向いていると言う判断をとる人は、そもそも正義の味方には向いていません」
そう、大貫さんが呆れたように言う。
納得できないというように、頬をテーブルに接地させたまま、目線だけを向ける。
「幼稚園の頃、正義の味方ごっこ、やりませんでしたか」
「やらないですよ…」
「なぜやらないんですか」
「だって…」
「そういうことですよ」
そういうと、大貫さんは呆れたように笑った。
「向いてないと思ってる人が一番向いてると言う、二律背反、パラドックスです。面白いですよね」
そう言うと、大貫さんは甘すぎるミルクを飲み干して、上唇についた白いひげみたいになったものを舌で舐めとって満面の笑みを浮かべ「甘くて美味しいですよ」と言った。
「虫歯になりそうですね、そのセット…」
という私の言葉を無視して、ニコニコしながら大貫さんは「人は、バランスが必要なのです」と言った。
そして、テーブルに乗ってるカップを高々と掲げて、呼び鈴があるのに、声を張って「おかわりくださーい」と叫んだ。
「声を出すのは、大事です。声を出すだけでストレス発散になりますので、私は呼び鈴を使わないというポリシーを持っています」と事務的に言った。
そんなことを言うオオヌキさんに微塵も共感できずに
「人にはバランスが、必要?私はバランスなんかとれそうにないです…」
と、話を戻したくて、オウム返しにため息まじりに聞いた。少し、涙目になっていたかもしれない。
「そうですよ。バランスは必要ですよね…
例えば…ですけど、ネットで炎上騒ぎってあるじゃないですか…。
炎上が、炎上を呼んで火達磨みたいになってる人いますよね」
「はい…」
「二万人に対するアンケートで、炎上騒ぎを起こすのは、『年収が高く』『SNSをよく利用し』『インターネット上で嫌な思いをしたことがあり』『インターネット上で非難しあってもいいと思っている』…そんな『若い世代の子持ちの男性』というプロフィールがあるんです。
年収がそこそこあって、優しくて倫理観がありそうなお父さんほど、炎上に参加しやすいって、面白くないですか?なんか、オレすごいだろ?やられたらやり返す!っていう半沢みたいな『ドヤ感覚』を露悪的に噴出させる場所が必要なんだと思います。彼らには」
「へぇ…私そんな気持ち、わからないなぁ…」
「で…肝心なあなたの場合…その逆。」
「逆?」
「はい、あなたは正義を行使するので、仮の正義の味方の時の姿の時には、称賛を得ています。正義の味方の時の自分と、一般市民の時の自分とで、正義の価値観の基準が違っていて…日常の自分を非常にダメな人間だと感じています…感じながらダメだとも思いたくない」
「難しいです…」
「思いたくないというか、ダメでいいのかどうかの迷いが、恐ろしくアカネさんを消耗させています」
「ではどうしたらいいんですか?」
「はい、あなたは正体が正義なので、バランスをとるために日常でクズを演じるのです」
「はぁ?どういうことでしょ?」
「日常の一般人のあなたは、自らすすんでクズになることで、正義の価値基準から解放されるんですよ!」
オオヌキさんは、キラキラする目でそう言った。
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