10/2(金) 穂積音和⑪


┛┛┛




「ありがたい話だけれど、それは無理だよ……」



 自動販売機前で俺たちは、おじさんに『未成年の主張』に出ようと説得した。

 けれど、そもそもおじさんは引っ込み思案で、おとなしくて、しゃべるのもうまくない。



「あんなところに立っても、ただ、音和に恥をかかせるだけだから」



 頭を落とし、はっきりと拒絶する。



「じゃあおじさんはいつ、音和に本音を伝えるんですか。家で言える?」

「それは……」



 俺が聞くと、おじさんは気まずそうに唇を噛んだ。



「話そうとは思っても、結局は話していない。いつも先伸ばしにして放置する。それに、おじさんは少し話したって言ってるけど、音和には何も届いてないよ」

「え!? な、なにも?」

「おじさんが話したつもりでも、伝わってないよ。それだと、何も言ってないのと同じなんだ」



 おじさんは絶望したように俺を見上げた。

 かわいそうに。きっと、おじさんなりに頑張ったんだろうけど。


 少しのニュアンスで相手に伝わるのは、心が通っているからこそだ。おじさんはそのプロセスを飛ばして、楽をして。それで伝わると思っているならすげえおこがましいよ、言わないけど。



「別にいいんですよ、こんなところで言わなくても。ただ、おじさんは自分が思っている以上に、心を開かないといけない。大人だから、親だから。そういうプライドを捨てないと、もうあいつには届かないよ。あいつがどれだけ心を閉ざしているのか。あれがもとからの性格だったか。思い出してよ、昔、3人暮らしだったころの音和を」



 おじさんの目が見開かれる。

 大人にもえぐられたくない傷はある。いや、大人だからこそ。長く生きている分、俺たちよりも多く抱えてしまうのかもしれない。


 抱えすぎると人は潰れる。見ないふりをして、心を保ったりする。

 だけどそれに慣れてしまうと、心が鈍感になる。そして普段から逃げ癖がつく。

 それで向き合うべきときに向き合えなくなったら、大切な人は支えられない。



「おばさんがいたとき、音和は人懐っこい子でしたよ。うちにだけじゃなく、近所の人にも、子どもにも、犬にも……」



 うう。とおじさんが呻く。両手で顔を覆って。



「……そうだ。有希子さんも……そういう人だった……」



 音和のお母さん。歌手をしていて、町でもスナックに呼ばれて人気者だった。いつも笑っていた。美しい人だった。



「……また伝わらなくて、音和に嫌われないだろうか」

「真剣な人の話は、音和ちゃんは絶対に聞きます!」

「こんな僕が表に出ることを、恥だと思わないだろうか」

「あいつは人をツラで見ません」



 いちごと野中が答える。



「即答してくれるんだね。あの子にこんな友だちがいたなんて、僕はなんにも知らなかったよ。僕も、君たちのようになれるなら……」



 おじさんは顔を覆っていた手をゆっくりとおろし、



「知実くん。僕は今日、朝陽ヶ浜でいちばんカッコ悪いおじさんになるよ」



 拳を強く強く、握りしめるのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る